村事変 ― 僕の生まれ育った村がえらいことになったんだけど……この話、興味ある?

月芝

文字の大きさ
上 下
32 / 55

032 吸血鬼と怪異

しおりを挟む
 
 ――トンッ。

 サレスが跳ねる。
 長いスカートの端がふわり。
 喪服の貴婦人は自ら飛び降りた。
 軽やかなステップ、だが見た目とは裏腹にその一歩は重たいものであったらしく、足場にしていた屋根を踏み砕き、燃え落ちかけていた時計塔にトドメを刺す。
 大量の火の粉をまき散らしながら、時計塔はガラガラと瓦解していく。
 宙を舞う喪服の貴婦人、その手にはいつの間にか時計の短針が握られていた。
 元の文字盤のサイズが直系3メートルほどもあったので、短針とてちょっとした刀ほどもある。
 闇を纏い、サレスが弧を描き向かうはメインディッシュのところ。
 けれども、黙って殺られるようなめくりさまじゃない。

「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 地獄の底から絞り出したかのような唸り声をあげては、自身の胸を貫き、その身を地面に縫い留めている長針を強引に引きぬき、「上等だ! かかってこいやっ」とばかりに迎え討つ。

 短針と長針、互いに武器を手にした吸血鬼と怪異が、紆余曲折を経てここに邂逅する。
 サレスが両手にて掴んだ短針を無造作に振り下ろす。
 めくりさまが右手に持った長針を槍のごとく突き出す。

 ぐしゃりと短針がめり込んだのは、白無垢は頭頂部の綿帽子のど真ん中、脳天から下顎へとかけてひといきに貫く。
 ずぶりと長針が突き抜けたのは、黒い喪服の腹の部分、くびれたウエストのヘソよりちょい上ぐらい。臓物をぶちまける。
 いきなり壮絶な相討ち!
 が、そうではなかった。
 むしろここからが始まり。
 どちらも致命傷のような一撃を喰らったというのに止まらない。
 無造作に短針を引き抜いたサレスが、突く、殴る、突く。
 長針を力任せに薙いでは、胴体を半ば千切り、返す刀で殴る、払う、打つ。

「ハハハハハハハハハ」

 吸血鬼が笑っていた。血反吐を吐き、体を破壊されながらも喜々としている。

「あああああああああ」

 めくりさまが獣じみた咆哮をあげていた。こちらも骨肉がひしゃげ、血が飛び散るのもおかまいなしに、暴れている。
 互いに防御や回避行動は一切ナシ。
 ただ、ひたすら壊し合っている。
 なのにどちらも倒れない。

 サレスの再生力は眷属の比ではなかった。なにせ手足が千切れようが、頭が吹き飛ぼうが、瞬く間に元通りになっているのだから。
 対して、めくりさまの体は元が長谷部佐奈の骸である。とっくにくたばっているから、痛くもかゆくもない。
 けど着実に壊れていくので、このままゴリ押しを続けていたらじき動けなくなりそう。
 なんぞというのは杞憂であった。
 めくりさま、激しい応酬のさなかに、周囲にいた眷属をちょいちょいつまみ食いしては、瞬時に己の血肉とし超回復、エネルギーもチャージしては戦闘を継続しているではないか。
 吸血鬼が怪異を喰うことで強くなるように、その逆もまたしかり。
 かとおもえばサレスも同様に、まるでマラソンの走者が水分補給でもするかのごとく、近くにいた手下の者より血を奪っては、ゴクゴクゴクと喉を潤す。

 各々の膂力も尋常ではない。
 殴ったはしから地面が大きくへこんでクレーターが出現する。
 蹴れば、大地が割れ、塹壕のごとき溝がえぐれる。
 衝突の余波ではじかれた小石が、まるで大砲の玉のごとき勢いと威力を持ち、庭木を薙ぎ倒すばかりか、不運な者の身をも爆散する。
 空振りすらもが脅威となった。砂を巻き上げ暴風を起こし、ときにはかまいたち現象をも引き起こす。
 サレスとめくりさまを中心にして、破壊の嵐が吹き荒れていた。
 禍々しい妖気同士が激しくぶつかり合っては、混じり合い、より忌まわしい何かへと昇華していく。
 それを受けて、館を焼く炎までもがより一層猛り狂う。

 凄まじい……
 ただただ、凄まじく陰惨な光景であった。
 なんというむごたらしさ。
 簡単には死ねないということ、永遠に近い生を持つというのは、かくも醜く残酷なものなのか。
 命の冒涜以外の何者でもない。
 それをまざまざと見せつけられて、僕は戦慄を禁じ得ない。
 にしても両者の戦いはあんまりだろう、あんまりにも次元が違い過ぎる。
 こんなもの……とてもではないが人間の手に余る!
 というか、ヴァンパイアハンターたち……、よくもまぁ、こんなバケモノを相手にして、いままで戦い続けられたものである。
 僕はもう感心するやら呆れるやら。
 そんな僕にタケさんが、信じられないようなことを囁いた。

「……チャンスだ、アキ坊。サレスがあれにかまけているいまならば、きっとこいつを急所に当てられる」

 そう言ってタケさんが取り出したのは、シガーケースのような小箱。
 なかには白銀色の弾丸が二発入っていた。特別製の銃弾にて、対吸血鬼戦の切り札とのこと。
 この期及んでもまだ吸血鬼退治を諦めていない隻眼隻手の老狩人。
 なんという執念、その不撓不屈っぷりに僕は慄く。吸血鬼や怪異とはまた違った恐怖にも似た感情を抱かずにはいられない。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

海藤日本の怖い話。

海藤日本
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

とあるアプリで出題されたテーマから紡がれるストーリー

砂坂よつば
ホラー
「書く習慣」というアプリから出題されるお題に沿って、セリフや行動、感情などが入りストーリーが進む為予測不可能な物語。第1弾はホラー×脱出ゲーム風でお届け! 主人公のシュウ(19歳)は目が覚めるとそこは自分の部屋ではなかった。シュウは見事脱出するのことができるのだろうか!?彼の運命は出題されるお題が握るストーリーの幕開けです!

処理中です...