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031 プレギエーラ・アル・サレス

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 燃える白亜の洋館、その時計塔の頂に立つひとりの女。
 煌々とした紅蓮に照らされているのは、黒いベールで顔を隠した喪服姿の貴婦人であった。
 びょうびょうと吹く風で、長いスカートの裾が優雅に揺れている。
 圧倒的存在感に釘付けになる。
 ひと目でわかった。
 いや、否応なしにガツンとわからされたと言うべきか。
 あの女こそがアルカ・ファミリア財団の首領にして、新生・閑古鳥の館の主人、円地三姉弟の雇い主であり、衛や啓介らをたぶらかしては村での対立と騒動を煽り、社を穢してめくりさまを復活させたり……
 数多の傀儡や眷属を率いる吸血鬼プレギエーラ・アル・サレス。
 村に混沌と災禍をもたらす者。
 劫火の中、堂々と佇むその姿が異常にして異様、だがとても絵になっている。
 けど……

「ん? どうしてスイカなんて持ってるんだ」

 おもわず僕は首を傾げた。
 サレスが手から下げていたのは持ち運び用のメッシュネット、なかには中玉サイズのスイカが入っている。
 斬新すぎるコーディネートで、驚くほどミスマッチ。
 あの格好ならば、普通はこじゃれたハンドバックとかなのではなかろうか? それとも僕が遅れているだけで、世の女性たちの間では、スイカを持ち歩くのがトレンドだったりする?
 あー、ポタポタと汁が滴っているじゃないか。
 どうやらスイカは割れてしまっているようだ。
 うっかりどこかにぶつけてしまったのだろう。スイカはあれがあるから油断ならないんだよねえ。

 なんぞと考えていた時のことである。
 周囲の火の揺らめき加減により、照らし出されたのは驚愕の真実!
 スイカに見えていたモノは、じつはスイカなんぞではなかった。
 その正体は人間の頭部である。
 垂れていたのは赤い血。
 そしてメッシュネットは、長くのびた髪の毛。
 艶のある濡れ羽色の見事な髪。

 ……僕はその黒髪を知っている、見覚えがある。

 六人の同級生のうちのひとり、村では郡家に次ぐ家柄である柳沢家の娘にして、郡家衛の婚約者でもあった柳沢鏡花――の生首。
 冥土の頼子から、すでに亡くなっているとは聞いていたが、よもやの姿での再会となった。
 村一番の器量よしもこうなっては形無しだ。
 僕は心の中で手を合わせ、南無南無。

 では、サレスがどうしてそんな生首をわざわざ手に提げていたのかというと、理由はほどなくして判明した。

 ガリッ、バリッ、ゴリゴリ、モグモグモグ、ごっくん。

 豪快に頭部へと喰らいつく。見え隠れしている口元の牙が、たやすく硬いはずの頭蓋骨を噛み砕き、咀嚼し、味わいながら呑み込み、腹へと入れる。
 サレスは鏡花の生首を齧っていた。
 それもさくさくとスナック感覚で!
 どうやらサレスにとって鏡花の首はちょっとした夜のオヤツであったらしい。

 タケさんの言っていたことは本当であった。

「吸血鬼に与した者は人類共通の敵」なのだと。

 その言葉の意味を、僕は今更ながらに思い知った。
 吸血鬼にとって僕たちなんてこんなもの、器まで食べられる血液タンク、たんなるエサに過ぎない。
 それ以上でもそれ以下でもないのだ。
 たしかに言葉は通じるのだろう。意志の疎通は図れる。互いの立場を理解する知能もある。ゆえに歩み寄ることは可能。
 だが、しょせんは捕食する側とされる側だ。
 人が子豚を愛玩動物として可愛がる一方で、揚げたてのトンカツを「ウマウマ」と頬張るようなもの。豚からすれば、「ふざけんなっ!」であろう。
 それと同じこと。
 人間と吸血鬼、両者の間にはどうしても埋められない溝がある。
 それも日本海溝どころかマリアナ海溝よりもなお深い溝が……

 ズルズルズルズルズルズル……、ちゅるん。

 啜る音がする。
 サレスが鏡花の自慢であった黒髪を、まるで蕎麦のごとく食している。
 麺類を食べるときのズルズル音。
 外国の方はこれを「下品だ! ヌードハラスメントだ!」なんぞと嫌っては「不快だから慎むべし」と主張しているというが、サレスはちゃんとわかっているようだ。麺はズルズル食うのがウマいということを。

 サレスは鏡花の生首をぺろりと平らげた。
 唇についた血を舐める仕草がとってもセクシー。
 こうなると俄然気になるのがベールの下に隠されているご尊顔。僕としては色っぽい美熟女系なのではなかろうかと、にらんでいるのだけれども……

 そんなサレス、空になった手を無造作に振ったもので、僕はてっきりついていた血でも払ったのかとおもった。
 でも違った。
 直後のことである。

「がぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーっ」

 突如、響き渡ったのは苦悶の声。
 騒いでいたのはめくりさまであった。
 その胸元に深々と刺さっていたのは………………時計の長針? 時計台のものだ!
 あの位置からどうやったのかはわからないけれども、文字盤からもぎ取りいきなり投げつけたのである。
 時計の長針はめくりさまを刺し貫き、先端がうしろの地面にめり込んでいた。
 白無垢がみるみる赤くなっていく。


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