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030 外道

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 仲間の非業な最後? の姿を目にしたせいか、黒服二号は容赦ない。
 生きたまま捕まえるつもりなんてさらさらなくて、最初っから僕を仕留めにかかる。
 本気になった眷属、僕に出来ることは必死に逃げ惑うことだけ。
 だが、闇雲に逃げていたわけじゃない。
 向かっていたのはタケさんがいる方だ。
 あわよくば助けてもらおうと目論む。
 けっしてなすりつけ行為なんぞではない。あくまで不可抗力である。
 しかしこれは賭けでもあった。
 もしもタケさんが冥土の頼子に負けていたら、それまでである。
 その時は僕も潔く……頼子に土下座して、負けを認めよう。そして幼馴染みのよしみにて許しを乞うのだ。
 客商売は頭を下げてナンボ。
 僕は職業柄、媚びへつらうのはけっこう得意だ。
 卑屈な態度にも定評があり、理不尽なクレーマーからは「なんだかアンタがあんまりにも情けなすぎて、マジメに怒っているこっちがバカらしくなってくる」ともっぱらの評判である。
 というわけで「タケさ~ん、ヘルプ・ミー!」

 いまさらだが僕の体育の成績は並である。
 運動会の百メートル走で一位になったこともなければ、クラス対抗リレーの選手に選ばれたこともないし、マラソン大会で上位に食い込んだこともない。
 いちおう祖父とタケさんに仕込まれたから山歩きはできる。
 が、それとてもカジった程度なので、狩猟の腕も半端ならば知識も半端、ハイカーに毛が生えたような実力しかない。
 ちなみにハイカーとはハイキングを楽しむ人のことである。

 なので、ついに黒服二号に追い詰められてしまった。
 うしろには燃える屋敷の壁、前には黒服二号。互いの距離は三メートルもないだろう。
 右と左、どちらに駆け出してもすぐに追いつかれる。
 散弾銃は弾切れにて、装填する余裕はない。
 いちおうナイフも持っているが、高い再生力を持つ眷属相手ではクソの役にも立たないだろう。

「ずいぶんと手間取らせてくれたな。あんなふざけた真似をしやがって、楽に死ねるとおもうなよ」
「くっ、この僕をどうするつもりだ? 外道め」
「だぁれが外道だ! 館に火をつけるわ、仲間を串刺しにするわ、やりたい放題のおまえにだけは言われたくねえ!」
「………………人違いです」
「嘘つけっ!」

 あわよくば誤魔化せるかとおもったけどダメだった。
 僕はチッと舌打ちする。
 でも、その時のことであった。

「……しゃがめっ、アキ坊!」

 突然聞こえてきたのはタケさんの声。
 ヒーローは遅れてやってくる。僕はその場にかかんで丸くなった。
 一方で黒服二号は声がした背後をふり返ろうとするも、途中でその動きが止まる。
 ドンっと体ごとぶつかってきたのはメイドさん。
 冥土の頼子であった。
 ただし左腕が根元から失せており、右腕も手首から先が見当たらず、両目が切り裂かれた状態にて。

「おい、その姿はどうし……ガハッ」

 黒服二号は急に咳き込み喀血。
 それを招いたのは、小ぶりの細剣であった。
 頼子の心臓付近に深く突き刺さった剣が、黒服二号の脇腹から胸元へとかけて貫く。
 一本の剣がふたりを縫い留めている。
 ただの剣じゃない。吸血鬼に効く銀製品の武器だ。
 やったのはタケさんであった。

 タケさんはそのままさらにふたりをズンズン押す。
 頼子と黒服二号は抗えず、千鳥足にて押されるままにこちらへと近づいてきたかとおもったら、丸まっている僕にけつまずく。
 ゴロンと転がったふたりは、そのまま燃え盛る炎の中へと――
 直後に耳をつんざく絶叫がするも、それもすぐに聞こえなくなった。
 さしもの眷属も銀製品に貫かれ弱体化した状態で、高熱の炎に炙られてはひとたまりもなかったらしい。

 僕は恐るおそる顔をあげ、タケさんに礼を述べようとするも、はっと息を呑む。
 タケさんの左腕が肘のあたりでもげており、顔にも向こう傷を受けており右目の辺りが縦に切り裂かれている。
 隻眼隻手の老狩人。
 その姿が、いかに頼子との戦いが凄まじかったのかを如実に物語っていた。

 ――さすがにこれ以上はもう無理だろう。
 だから僕はタケさんに戦略的撤退を提案しようとするも、それを遮るかのようにして鳴り響いたのはガラ~ン、ゴロ~ン、ガラ~ン、という間延びした鐘の音。
 焼け落ちかけている時計塔が四時を告げた。
 刹那のことである。
 いきなりピンっと一帯の空気が張り詰めて、全身の肌が粟立ち、僕は異様な緊張感に包まれた。
 刻が凍る。
 けっして大袈裟などではなくて、たしかにそう感じた。
 それは僕だけではなかったようで、この場に居合わせた全員の動きも止まる。あのめくりさまでさえ、だ。
 タケさんが無事な方の目をカッと大きく見開き、時計塔の屋根の方をにらんでいた。
 みんなもそちらを見ていた。僕もそれに倣う。
 すると、そこには人影が……


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