26 / 55
026 一番嫌いな顔
しおりを挟む「キャハハハハ」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
冥土さんは駄犬もとい屍食鬼の調教に忙しいご様子。
だから僕とタケさんは、こっそり先へと向かおうとしたのだけれども――
バシッ! バンッ!
鞭がしなり打ったのは、僕のすぐ前の地面だ。
間髪入れずに翻った鞭が、タケさんの出足をも止める。
逃亡失敗!
鞭が当たったところの芝がごっそり、冗談みたいに抉れていた。
トンデモナイ威力と速度、女性の力じゃない。いや、それどころか人間を凌駕しているからこそ、成せる技であろう。
そしてこの態度や逆転した立場からもわかるように、頼子はおそらく眷属に成れたのだ。
なんという運命の悪戯であろう。あれほどサレスのことを慕っていた衛が失敗して、頼子だけが成功するだなんて……
「あら、ダメよ。サレス様からお客様を丁重におもてなしするようにと言われているの」
やはり見逃してはくれない、か。
タケさんが目配せ、素早く指を動かし『同時に仕掛けるぞ』とのハンドサインを送る。
僕は小さくうなづく。
でも、そんな矢先のことであった。
何を考えてか、冥土の頼子がいきなりボキリ、ベキリ、ブチリと引き千切ったのは屍食鬼の手足である。
「ギィヤャアァァァァァァァ」
絶叫。
濁った黒い血と泥のような黒い涙を流す。
痛みに身悶える屍食鬼だが、冥土さんは止まらない。
一本抜き、二本抜き……みるみる数が減っていく。
ついには二本の足に三本の腕のみを残すばかりとなったところで、ようやく凶行は終わった。
挙句の果てに言うことにゃあ。
「ふぅ、ずいぶんとスッキリしたわね。ほら、これで動きやすくなったでしょう。さぁ、お行きなさい。夜更けに押しかけてくるような、礼儀知らずどもをこらしめてやるのよ」
ペシっと尻を鞭で叩かれ、屍食鬼が向かったのは――僕の方!
どうやら本能で、タケさんと僕とではどちらがより狩りやすいかを察したらしい。
あー、そうだった。衛は昔からこういう奴だった。
どれだけ姿形が変わろうとも、人間の本質は変わらないようである。
でも、そっちがそのつもりならば、僕も容赦はしない。
遠慮せずにぶっ放してやるぜ!
と意気揚々、散弾銃の銃口を向けるも、屍食鬼は二足歩行にてシュタタタタ。
機動性が増した屍食鬼の動きは、先ほどまでとは段違い。まるで野山を駆け回るリスのようだ。
あまりにも機敏にて僕の腕では、その姿を捉えきれない。残像を追うのがやっとだ。
(あっ、これはちょっとヤバいかも)
次の瞬間には、もう屍食鬼は宙を舞っており、僕へと躍りかかっていた。
くわっと大きく開かれた口、牙が僕の喉笛めがけて迫る。
噛まれる寸前、危ういところを助けてくれたのは、タケさんが放った銃弾だ。
背に受けて屍食鬼は「キャイン!」
ライフル銃の威力は散弾銃の比ではない。
じつは一般的なライフル銃の弾速はジェット戦闘機と同じくらいもある。マッハ2を越え、音速にて発砲から1秒以内に着弾する。二百メートル離れた場所からでも、獲物の頭を打ち抜けるようなシロモノ。
それを至近距離からまともに喰らったのだ。
衝撃により屍食鬼の身が大きく吹き飛ぶ。黒い血をまき散らしながら僕の頭上を越えてゆく。
でも、それで終わりではなかった。
タケさんが叫ぶ。
「……まだだアキ坊! あの野郎、とっさに急所を躱しやがった。すぐに追いかけて頭と心臓を潰せ、いや、挽肉になるまで攻撃の手を緩めるな。しっかりトドメを――」
老狩人からの指示はそこで途切れる。
冥土の頼子がタケさんへと襲いかかり、それへの対応を迫られたからだ。
熟練のヴァンパイアハンターでも眷属の相手は難儀するという。
素人が下手に介入すれば、かえってタケさんの足を引っ張ることになるだろう。
だから僕は自分がやるべきことに集中する。
すぐさまきびすを返し、倒れている屍食鬼へと向かう。
「マモル、往生せいやっ!」
近づきながら、散弾銃をぶっ放す。
二発撃ったら、すぐさま再装填し、ダン! ダン!
さらに再装填して撃つを繰り返すこと、三度。
瞬く間に蜂の巣となっていく屍食鬼。
じきに動かなくなったが、僕はなおも用心しつつ、そろそろと時計回りに移動する。
体は存分に壊したが、肝心の頭部が残っている。
頭と心臓、両方潰しておかないと安心できない。眷属になれば、それでも復活するという。さすがに成り損ないの屍食鬼ではそこまでの再生能力はないだろうが、油断はしない。
屍食鬼はうずくまるようにして倒れている。
横合いから覗き込んで状態を確認しようとした僕は、とっさに後方へと跳んだ。
胸の下にあった衛の顔、その口元がニィと笑っていたのが、ちらりと見えたから。
――僕のその表情を知っている。
自分の目論み通りに事が運んだ時にだけ見せる、衛の得意げな顔にて。
僕が一番嫌いな顔だ。
何度、この笑みに煮え湯を飲まされたことか!
案の定であった。
倒れていた屍食鬼がいきなり跳ね起きる。
死んだフリにて、こちらが近づいてくるのを待っていたのだ。
だが、最後の最後で奴はポカをやらかす。
もしも人間のままの衛であったら、きっと素知らぬフリにて本心を隠し、まんまとやり遂げていただろう。
不意打ちに失敗した屍食鬼、その鼻づらへと僕は銃口を押し付ける。
「あばよマモル、おまえのことは昔っから虫が好かなかった」
ずっと言いたかったことを吐露し、僕は引き金をひいた。
1
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。

終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる