村事変 ― 僕の生まれ育った村がえらいことになったんだけど……この話、興味ある?

月芝

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025 屍食鬼と冥土さん

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「マ、マモル……。おまえ、その姿……」

 恐るおそる話しかけた僕に対して、返ってきたのは「グルルル」という獣じみた唸り声。
 途端に端整だった青年の青白い顔が醜く歪み、口の端からは牙がちらりとのぞく。
 そのくせ瞳には光がなく、白く濁ったそれは死人のもの。

「……無駄だアキ坊。こうなったら、もうしまいだ。それよりもボケっとすんな、来るぞっ!」

 タケさんが言い終わるやいなや、屍食鬼となった衛が飛びかかってきた。
 サッと華麗なステップにて脇へと避けるタケさん、年齢を感じさせない動き。
 でも僕はまろびころびつ、なんとか逃げるも「んん?」
 てっきりすぐに追撃がくるものとばかり……身構えていたのだけれども、ちっとも来ない。
 それどころか衛の奴、その場でやたらとバタバタしている。
 凶悪かつ、とても気持ち悪い風貌をした屍食鬼。
 いかにも強そうな見た目に反して、もしかしてあんまり強くない?
 その証拠に、不恰好ながら僕でも冷静になればわりと余裕で回避できている。
 僕が訝しんでいると、タケさんは「……まぁ、しょせんは出来損ないだからな」とぽつり。

 足が八本ある蜘蛛が器用に動けるのは、そういうふうに進化したから。
 それを昨日まで二足歩行していた人間が、いくら手足が増えたからって急に真似できるわけがない。たとえ勇者の剣を手に入れたとて、いきなり魔王と戦えるわけじゃないのと同じこと。
 屍食鬼は増えた手足同士が邪魔をしてうまく動けない、自分の体を持て余している。
 とんだマヌケにて、これなら楽勝ではなかろうか。
 フム、こうなったらしょうがない。顔見知りのよしみにて、スパッと僕が引導を渡してやろうではないかとおもいきや……

「あらあら、なんてみっともないのかしらマモルちゃん。これだから頭の悪い駄犬は困るのよねえ。手間がかかってしょうがないわ。まったく、お世話する方の身にもなってよね」

 そんな言葉が聞こえてきたとおもったら、いきなりヒュンと鋭い風切り音。
 闇を切り裂いたのは一本の鞭である。
 振るったのはメイド服の女性だ。
 格式高いヴィクトリアンロングスカート、装飾は少なくシンプル。
 だが、それがいい!
 いや、むしろ、それがいい!!
 どこからともなくあらわれたメイドさんが、鞭にて屍食鬼を容赦なく打つ。
 新手が登場した。
 が、その顔にまたもや見覚えがあった僕は「なっ?! ヨリコ」

 ヨリコこと那賀尾頼子(ながおよりこ)は、僕の六人にいる同級生のうちのひとりである。
 いかにも良家のお嬢様然としていた、柳沢鏡花。
 ボクっ娘にて猫のように奔放な、長谷部佐奈。
 個性的なふたりに比べると、影が薄く地味であったのが頼子だ。
 見た目は可もなく不可もなく。性格も控え目で、ほとんど自己主張はせず。
 女性陣の中にあって不動の三番手。ときおりぶつかるふたりの間に立っては、なだめたりする調整役兼緩衝材みたいな役割りでもあった。
 僕は彼女が声を荒げているところも、お腹を抱えて笑っているところも見た記憶がない。
 そんな頼子は、ハタこと細畠章太郎とずっと付き合っていた。
 賢しらなインテリ気質にて、他人を小馬鹿にしたような言動がちょいちょい鼻につく章太郎を相手にして、いつもおとなしくハイハイ言われるまま。

「おまえは黙って僕のいう通りにしていればいいんだ」

 みたいな台詞を彼女相手に、臆面もなく吐く章太郎。
 今風にいえばモラルハラスメント――略してモラハラ。
 そのためふたりのやり取りは、はたで見ているこっちが不快になることもしばしば。

 頼子が、屍食鬼となった衛を鞭でビシバシ、喜々としてしばいている。
 そんな彼女の首筋には、がっつり吸血鬼の噛み跡が残っていた。
 どうやら頼子もあっち側らしい。
 でもって、まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように、すっかりはっちゃけている。
 まぁ、気持ちはわからなくもない。

 僕の六人の同級生たち。
 リーダー格であった郡家衛はご覧の通りにて、那賀尾頼子に下剋上されている。
 細畠章太郎は長谷部佐奈との不適切な関係がバレて、脇田啓介の逆鱗に触れて脳天を鉈でかち割られた。
 長谷部佐奈は冥穴に落ちたとおもったら、めくりさまの依り代としてひょっこり舞い戻り、脇田啓介はベロンと裏返しにされてしまった。
 おそらく啓介は今頃、自身も動く骸となって被害者をせっせと量産していることであろう。
 揃いも揃ってロクなことになってない。
 ぶっちゃけ、僕は彼らのことがあまり好きじゃなかった。
 とはいえ、こうなると気になるのが残りひとりの行方である。
 そこのところ、どうなっているのか?
 僕が頼子に訊ねたら、彼女は鞭を振るう手を止め、にっこり笑ってこう言った。

「キョウカ? あぁ、あの子ならとっくにくたばってるわよ。まったくバカな女よね、何をとち狂ったのか『私のマモルを返して!』て、包丁片手に単身乗り込んでくるんだもの。
 髪を振り乱してはキーキーキーキー、やかましくって、みっともないったらありゃしない。
 嫉妬に狂ったヒステリー女なんて、とても見れたものじゃなかったわ。あれじゃあ百年の恋も冷めちゃうでしょうに。
 にしてもプークスクスクス……、思い出したらまたおかしくなってきちゃった。
 あーあ、アキくんにも見せてあげたかったなぁ。
 駄犬に喉を噛まれたときの、あの子のマヌケ面ったらなかったわよ。ぴゅうぴゅう血を流しちゃってさぁ」

 鏡花は駄犬に襲われて死んだ。
 それってつまりは……そういうことになるのであろう。
 僕とてかつては「失せろリア充どもめ。全員、爆ぜてしまえ」と彼、彼女らを呪ったことが一度ならず、ある。
 だがしかし、さすがにこの末路はむご過ぎるだろう。
 なのにとても楽しそうに語る頼子。
 メイドさんがふたたび鞭を振るっては、かつて同級生であったものを嬲る。
 その姿は、さながら亡者どもを苦しめる鬼のごとし。
 どうやら彼女はメイドはメイドでも、地獄の冥土さんであったようだ。


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