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018 しゃくれでドン!
しおりを挟むツンと天狗の鼻のように突き出した岩場。
その先では、じゃばじゃばじゃば……
勢いよく水が滝壺へと流れ落ちている。
冷たい飛沫が頬を打つ。
僕は濡れた前髪を邪険に払いのける。
すぐに先端へと到達した。
これ以上はもう進めない。
ふり返れば、巨漢の入道頭が仁王立ち。「もう逃がさない」とばかりに岩場の入り口にて立ち塞がっている。
追いかけるついでに投げた斧を回収したらしく、恒平は二刀流に戻っていた。
無言のまま、恒平はずいと前へ。
僕はそれから少しでも逃れようと、じりりと後退する。
恒平がさらにもう一歩。
僕はすぐに崖際へと追い込まれて、行き場を失った。
「く、来るな! それ以上近づいたら撃つぞ!」
声が震えている。
たどたどしく狙いを定めようとする僕に対して、恒平はさらに歩みを進めながら右の斧を振り上げた。投げるつもりだ。
その動作にビクリとした僕は「あっ」
怯えるあまり足下がずるりと滑り、大きくバランスを崩す。
一瞬にして僕は岩場から落下した。
「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ」
悲鳴はすぐに滝の音にかき消された。
……
…………
………………
ようやく追い詰めたとおもったら、獲物が勝手に落ちて自滅した。
とんだ尻すぼみ、しょうもない結末である。
手持ち無沙汰になった恒平は、斧をぶらぶらさせながら岩場の突端へと近づいていく。
いちおう見届けておこうと思い立つ。
とはいえ、さすがに下まで降りて確認するのは億劫なので、上から滝壺を覗き込むだけだ。
しかしおもいのほか水量と高さがある。
夜間ということもあって暗く、底の方がよく見えない。
だから、もう少し身を乗り出そうとしたのだけれども。
――ドンッ!
不意に胸元に強い衝撃を受けて、カッと灼けるように熱くなった。
喉の奥よりゴボリとこみ上げてくる不快なものがある。
何かとおもえば血反吐であった。
至近距離で撃たれたと気づいた時には、もう体が前へと大きく傾いていた。踏ん張れずにそのまま頭から落ちていく。
逆さまに落ちていく恒平は、岩場のすぐ下に潜んでいた僕を見つけて、大きく目を見開いた。
じつはこの岩場、一見すると天狗の鼻のように見えて、じつはそうじゃない。
先端下部がわずかに分かれており、しゃくれたような出っ張りがあって、まるで太刀魚の口のようになっていたのである。
このことは地元の人間でもほとんど知らないだろう。
僕はタケさんから教わった。そのことをたまたまた憶えていたので、この地形を利用して逆転の一手を狙う。
まんまと策がハマった!
おもわぬ反撃にて恒平は滝壺へと消えた。
まともに散弾を喰らった上に、この高さから落ちたのだ。
さしもの巨漢の入道も一巻の終わりであろう。
「や、やったぞ! ざまぁみろ。でも、危なかった。勝つには勝ったけど……」
くの字に折れ曲がった銃身を前にして、僕はゴクリ。
やったのは恒平だ。
落ちていく奴と目が合った刹那のことである、斧をぶん投げやがった。
たまさか抱えていた散弾銃が盾となってくれたおかげで助かったが、わずかにでもズレていたら首筋を斬り裂かれていただろう。
まったくもってとんでもない野郎であった。
「銃がダメになったのはイタいけど、代わりに斧が手に入ったから良しとしよう」
でも、そこから先が大変であった。
いざ、上へとよじ登ろうとするも濡れた岩肌がヌルヌル滑る。
手や足をかけられる場所はほとんどなく、僕の身体能力ではちょっと厳しい。
それをどうにか出来たのは、恒平の斧であった。
登山のピッケルの要領で刃を打ち込み引っかけることで、うんとこどっこいしょ、どうにか這いあがることに成功する。
「ふぃ~、危うくドジって詰んじゃうところだった」
どっと疲れた。
濡れそぼったままで大の字に寝転び、胸を上下させては、ハァハァハァ。
そんな僕の耳にかすかに聞こえたのは、ガサリという落ち葉を踏みしめる音。
慌ててガバっと立ち上がる。
しかし近づいてきた相手の姿を目にしたとたんに、「な~んだ」と全身から力が抜けた。
タケさんであった。
ヴァンパイアハンターと裏の便利屋との戦い。
どうやら軍配は老狩人にあがったようである。
ただし、こちらも辛勝であったらしく、タケさんはあちこち傷を負っていた。
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