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016 ぼくらの宇宙船地球号

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 青白い顔をして、ひょろりと痩身の裕次。
 右手には投げナイフ――四本ものナイフを指の間に挟み器用に持つ。
 そして左手には………………点鼻薬?

「あー、ダルい。頭がぼーっとする。ったく、何が『余計なことはするな、おまえたちの出番はない』だよ。自信満々で乗り込んだくせに、あっさり返り討ちにされやがって。バッカじゃねえの。シュコー、シュコー」

 点鼻薬のスプレーを鼻の穴にさしながら、裕次はぶつくさ。
 聞こえていた奇妙な音の正体は、これであったか。

「うぅ、くそ、鼻がズルズルで超辛え。目もムズ痒い! 花粉症持ちにここはキツすぎる。昼と夜で寒暖差もあるし最悪だ。こんなところで暮らしている奴らの気がしれねえ。
 ちっ、役立たずの負け犬どもめ。どうせ火をつけるんならボロ小屋だけじゃなくて、山ごと燃やしちまえば良かったものを。
 杉とヒノキども、マジでくたばれ、絶滅しろ!
 ……って、おやおやおや?
 ターゲットはくたばり損ないのジジイひとりってきいてたんだがなぁ。余計なオマケが付いていやがる。こいつは追加料金を請求しねえとなぁ。
 にしても、せっかく姉ちゃんが見逃してやったってのに、とことんツイてねえ兄ちゃんだぜ。
 はは~ん、これは、もうアレだな。
 是が非でも、死んどけっていう神さまのご意志だな。うんうん、きっとそうだ、そうにちがいない」

 独りごちている裕次は、重度の花粉症のようだ。
 が、そんなこと、いまの僕にとっては心底どうでもいい情報である。
 ちらりと視線を横に動かせば、ピーキーな兄貴の隣にて、ぬぼーっと立っている巨漢の弟。
 筋骨隆々な恒平は赤い斧の二刀流――手にしているのは、刃の反対側にピッケル状の尖った台が付いた消防斧と呼ばれるモノ。消火活動の時に、窓を割ったり障害物を排除するのに適しており、それゆえにとても頑強だ。
 素人目にもわかるほど、斧はかなり使い込まれている。
 これまで何を散々に断々してきたのかは、ちょっと想像したくない。
 おしゃべりな兄と違い弟の恒平は余計な口は一切開かず。
 目もやや虚ろにて薄ぼんやりしており、何を考えているのかわからない。
 これはこれで不気味である。

 一難去ってまた一難だが、こうなったらもうしょうがない。
 いきなり猟銃をぶっ放して、先手必勝といきたいところ。
 だが、頼りのタケさんは動かない。
 いや、動けないのだ。僕もまたしかり。
 一見すると饒舌で隙だらけのように見えて、裕次は如才なく。表情や態度こそはふざけているものの、目の奥はちっとも笑っていない。
 もしもこちらが軽率な行動をとったら即、手にしたナイフが放たれることであろう。
 狙いあやまたず、流星のごとく飛来するナイフたち。
 タケさんならばともかく、僕はきっとろくに対応できない。
 だからタケさんも動けずにいるのだ。

「さてと、それじゃあ、俺がジジイを片づけるから、恒平はそっちのツイてない兄ちゃんをとっとと刻んじまいな」
「……うん、わかった」

 さっそく始めようとするふたり。
 しかし僕は「ちょ、ちょっとタンマ!」
 ダメ元で待ったをかける。
 なぜなら彼らの首筋にはそれらしい傷跡がなかったから。
 吸血鬼の毒牙にかかっていない、真人間である。
 だったらまだ交渉の余地があるのではなかろうか、と考えたのだけれども。

「あ、あんたたちの雇い主って、閑古鳥の館の女主人だよな? え~と、プレギエーラ・アル・サレスだっけか。
 あいつの正体は吸血鬼だ、バケモンだぞ!
 それなのにどうしてそんな奴の言うことをホイホイきいているんだよ」

 懸命に訴えるも、兄弟はきょとん。
 じきにくつくつ肩を震わせたのは裕次であった。

「どうしてかって……そりゃあもちろん、金払いがいい上客だからに決まっているじゃねえか」

 自分たち三姉弟の営んでいる便利屋は、客を選り好みしたりしない。
 相手が吸血鬼だろうが、人間だろうが、河童だろうが、宇宙人だろうが、下衆だろうが善人だろうが、払うものさえきちんと払ってくれれば、大切なお客様として扱う。
 なぜなら自分たちはみんな、宇宙船地球号の乗組員だから。
 呉越同舟、相見互い、職業に貴賤なし、差別反対!
 そのようにおおらかな営業方針ゆえか、わりと依頼はひっきりなし。
 光あるところに影あり。
 というか、光がなくとも闇は存在する。
 世の中、需要と供給で成り立っており、それだけ自分たちが社会に必要とされているという証左でもある。
 たとえ世間様から後ろ指をさされようとも、誰かの助けになっている。
 これぞ献身、サービス精神旺盛にて、なんと素晴らしきかな。

 ……それっぽいことをつらつら並べているけれども、ようは金次第ということ。
 労働の対価として支払われる報酬=お金を確固とした主軸に据えている、円地三姉弟たちは揺るがない。
 まったくもって、清々しいぐらいの外道であった。

 僕は……ハッ! 危うく裕次の言葉にウンウンうなづきそうになる。
 いかんいかん、説得を試みたのに、逆に言いくるめられてしまうところであった。
 手強い相手だ。接客業で鍛えたセールストークがまるで通じない。
 というか、話を聞いているうちに、まじめにコツコツ働いている自分がバカらしくなってきたぞ。

 ところで、知っているかい?
 会社員の給料からは、所得税に住民税に社会保険料などなどの名目で、ごっそり三割近くも抜かれているんだぜ。それに加えて、ガソリン税やら消費税に物価高まで重なって、銀行預金の利息は雀の涙以下ときたもんだ。
 挙句の果てには、年金からもさらに天引きにてむしり取られ、手取り額に愕然とする。
 二重取りどころの話じゃない!
 何重にも搾取されているボッタクリ、それがこの国の現状なのさ。
 社会人として初めて給与明細を受け取ったときの喜び。
 中の数字に目を通したときの「税金、エグっ!」という衝撃を、僕はいまでも鮮明に覚えている。

 マジメに生きている者ばかりが損をして、好き勝手やっている奴らが得をする。
 宇宙船地球号はとんだポンコツだ。
 いくら三等客室の雑魚寝客とて、この扱いはひど過ぎる。
 ムカつく。いっそのこと沈んでしまえ。
 ふつふつと怒りが湧いてくる、ばかりかグツグツ煮え滾ってきた。

(よし、とりあえずこいつらをぶっ殺そう!)

 僕は決めた。
 神さま……っぽいのはたしかに見かけたけど、ロクなもんじゃなかったし、ましてや運命なんぞクソくらえ!
 誰がおとなしくやられてなんてやるものか!


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