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015 鵺鳥の啼く森で
しおりを挟むひょうひょうひょう……
夜更けの暗い森の中、闇の彼方より聞こえてくるのは、薄気味悪いか細い声。
トラツグミ――鵺鳥の啼き声だ。
体長三十センチほど、黄褐色で黒い鱗状の斑模様をしている小鳥。
地上で繰り広げられている血みどろの争いを、木の上から円らな瞳にて不思議そうに眺めている。
ザザザ、ザザザ……
落ち葉を踏みしめ泥を跳ね、懸命に足を動かしては夜の森を駆ける。
足元に横たわる木の根に気をつけつつ、木々の間をすり抜け進む。
暗闇の中、ときおりギラリと光るのはナイフの刃だ。
迫る追っ手たち。
追われる者と追う者らと。
命懸けの鬼ごっこ。
息せき切って走っていると、不意に視界の右隅がブレた。
がさりと繁みが揺れたとおもったら、なかから飛び出した人影。
敵だ、回り込まれた!
とっさに銃口を向けようとするも間に合わない。
横合いから体当たりを喰らう。
怒号とともに強い衝撃を受け、押し倒されてしまう。
もつれあいながら転がるふたり。
気づいた時には、地面に背を押し付けられてマウントをとられていた。
顔へと目がけて容赦なく振り下ろされるナイフ。
そいつを首を捻ることでギリギリ躱す。
頬を切っ先がかすめた。
ズブリッ!
力むあまりナイフが地面へと深くめり込む。
一瞬、敵の動きが停まった。
その隙に僕は相手のナイフを持つ腕へとかみつく。
こちらも必死だ。加減なんてしている余裕はない。おもいきガブリといった。
とたんに口の中に不快な鉄の味が広がる。
痛みで相手は悲鳴をあげてのけ反ったが、それでも馬乗りのまま。
依然、ピンチは続くも――
銃声とともにいきなり相手の頭部が吹き飛び、僕は窮地を脱する。
助けてくれたのはタケさんであった。
ぐにゃりと倒れてきた骸を押しのけ、僕は立ち上がる。
ついでに口の中にあった生肉をペッと吐き出す。
血塗れの口元を袖で拭う僕に、「……ふぅ、あらかた片付いたようだな。どうやら傀儡ばかりで、眷属はいなかったようだ。たかが老いぼれひとり、これで十分と考えたか。やれやれ儂もずいぶんと侮られたもんよ。にしても酷い面だなアキ坊、それじゃあどっちが吸血鬼かわからんな」とタケさんがにやり。
僕はしかめっ面にて、なおもペッペッと唾を吐きながら。
「口の中がぬるぬるして気持ち悪い。あー、念のために訊いておくけど、吸血鬼って、ちょっと血を舐めたぐらいで感染ったりしないよね? 僕、いま慢性的に口内炎があるんだけど」
ホームセンターでの業務は過酷だ。
客商売は日々ストレスとの戦いである。
残念なことにいい人、心優しいまともな神経の持ち主ほど、疲弊していく。
いえいえ、めっそうもない。
お客様は神様ですよ。
ただし、ちょいちょい疫病神が混じっているだけ。
というお話です。
「……大丈夫だ、安心しろ。人魚じゃあるまいし、血肉を食ったところでどうにもなりやせんよ」
「そいつはよかった……っていうか、人魚って本当にいるの?」
「……あぁ、いるぞ。ただし、お伽噺みたいなべっぴんさんじゃないがな。どちらかといえば、気色の悪い魚人って感じだ。聞いた話だと、肉はクサくてクソまずいだけでなく、激烈に腹を下して、逆に寿命が縮むんだとか」
「おっふ、夢も希望もありゃしない」
「……怪異なんてのはしょせんそんなもんだ。なまじ見てくれがいい奴ほど逆に性質が悪いぞ。なにせそれは人間を欺くための擬態だからな」
「もしかしてヴァンパイアもそうなの?」
「……そうだ。たいていは美形だな。より悪質な奴になると子どもの姿をしていやがる。それでみなコロリと騙される」
ハニートラップはヴァンパイアの十八番。
ホイホイ騙される人間は老若男女を問わず、後を絶たない。
そんな話をしながら、タケさんと僕は村の方へと向かっていたのだけれども……
「……待て、アキ坊」
急に立ち止まったタケさんが、すぐさま猟銃を構えた。
それに僕も倣う。
すると前方の暗がりから、シュコー、シュコー、シュコー……
奇妙な音が近づいてきた。
とおもったら、いきなり横からドンっと突き飛ばされた。
タケさんの仕業であった。
それと同時にタケさんは反対側へと転がっている。
何事かとおもえば、ついさっきまで僕たちが立っていたところを、数条の銀閃が通過した。
カカカカッ――
小気味よい音が鳴り響く。
うしろの木の幹に突き刺さっていたのは、四本のナイフ。
一般的な物ではない。投擲に適するように工夫された形状を持つ、専用のスローイングナイフだ。
いかに膨大なアイテム数を誇るうちの店舗とはいえ、さすがにこれは扱っていない。
なのにどうして知っているのかといえば、以前に客から問い合わせがあったから。
まぁ、それはさておき。
あらわれたのは男の二人組。
山には不釣り合いなスーツ姿と、ある意味、山にとてもフィットしているジーンズにシャツ姿の大入道。
便利屋の円地三姉弟、次男の裕次と末弟の恒平であった。
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