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011 めくりさま
しおりを挟む「なぁ、ケイスケ。どうしてこんなことを? ミヨ婆も『祟りじゃ~』って喚いていたし、本当にバチがあたっても知らねえぞ」
「ぷっ、くくくく、バチだぁ? ケッ、そんなもん、あたるかよ。もしもあるんだったら、ここで佐奈と逢引していた連中こそが、まっ先にどうにかなってねえとおかしいじゃないか」
「まぁ、たしかにそうだけど……でも、やっぱり」
「それにこれは大事なお勤めなんだ。サレスさまからお願いされたんだよ。ここをちょびちょび嬲(なぶ)れってな。だから今年は奉納祭もやってねえ」
何を祀っているのかもわからない。
空っぽの小さな祠しかない社。
そんな境内を穢すことが大事なお勤め?
わざわざやらせる意味がわからないし、言われるままに従っている啓介もおかしい。
もしも土着の信仰を否定することが目的なのだとしたら、いよいよもってカルトっぽいのだけれども、それならば真っ先にお寺の方が狙われそうなものなのに。
サレスという女は、いったい何をしたいのか。
さっぱりわからん。
「ふ~ん、奉納祭をサボったねえ……にしても、よく村のジジババどもが許したな」
「へへへ、そりゃそうさ。何せ連中、自分たちの尻に火がついて、いまはそれどころじゃねえからな」
「尻に火がついた?」
「あぁ、いま村はほぼ真っ二つに割れちまってる状態だからよぉ」
サレスを中心とした新参者らと、この流れを歓迎し変革を支持する若者たちからなるリベラル派。
郡家や柳沢家など……村でも有力な家が中心となり、余所者に自分たちの村を好き勝手にされてたまるかと、急激な変化を拒む保守派。
それからどっちつかずの中立派が少々。
このため見た目こそは平穏な村だがそれはあくまで表向きだけのこと、裏ではピリピリのギスギス、一触即発状態がずっと続いているとのこと。
まさか自分の知らぬ間に、生まれ故郷がそんなことになっていようとは……
僕は愕然となる。
◇
宵闇の中で。
啓介がブツブツつぶやきながら大鉈を振り回しては、お勤めとやらに夢中になっている。
いまのうちだ……僕はそろりそろりと後退る。
どいつもこいつもまともじゃない、村全体がイカれてやがる。こっちまで頭がおかしくなりそうだ。
これ以上はもう付き合っていられない。
だから、とっととおいとますることにする。
ふぅ、どうにかバレないで鳥居のところまではこれた。
あとはいっきに石段を駆けおり、バイクにまたがるのみ。
もういい加減、うんざりだ。
そのまま村を出よう。
実家のことは気になるが、なんといっても僕は我が身が可愛い。
「というわけで、じゃあなアディオス、アミーゴ」
別れの言葉を口にし、いざ鳥居をくぐろうとしたところで――
「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
背後から聞こえてきたのは野太い絶叫。
啓介の声だ。
何事かと驚きふり返った僕は、世にもおぞましい光景を目の当たりにして「ひぃっ」と悲鳴をあげた。
汚れてくすんだ白無垢姿の女が、背後から啓介へと抱きつき襲いかかっている。
暴れて必死に抵抗する啓介だが、すでにふたつの眼(まなこ)を抉られ、片耳をもがれていた。
大柄な男が枯れ木のような女の細腕を振りほどけない。
どころか、掴まれたはしから、ボキリ、メキャリと音がする。
山仕事で鍛えられた筋肉がたやすくひしゃげ、骨が折れ砕けた。
みるみるうちに人体が破壊されていく。
無惨であった。
だが、それよりも僕を戦慄させたのは、白無垢姿の女の顔。
――佐奈!
冥穴へと落ちて死んだはずの彼女が蘇った。
ただし、首があらぬ方向にひん曲がっており、くたりとぶら下がっている。
くりくりと愛嬌のある瞳は失われており、ふたつの虚ろな眼窩(がんか)が洞のよう。
低い唸り声をあげている口元からは、おもいのほかに長い舌がだらりと垂れさがっている。
袖や裾からのぞく手足は痩せ細りミイラのようで土気色をしていた。
かつて佐奈であったもの。
骸が花嫁衣裳をまとっている。
そのバケモノの正体は、ほどなくして判明した。
手足どころか、体中の骨を粉砕されて、瀕死の芋虫のようになった啓介。なおも逃れようとずりずり這いもがく。
その背に白無垢姿の佐奈が馬乗りとなり、やにわに啓介の口へと手を突っ込んでは、バリバリバリバリ……
口の両端が裂けた。
上顎と下顎が分かれたとおもったら、そのままひといきにベロンとめくられたのは皮膚。
とたんにその下に隠されていた赤身があらわとなった。
だがそれだけに留まらない。
頭から足の爪先まで、全身を覆っていた皮がまとめて引っぺがされる。
人体が裏返る。
皮剥ぎだ!
うちは祖父が趣味で狩猟をたしなんでおり、仲のいい猟師もいる。
その関係で、僕も野鳥の首を絞めたり、野兎や鹿、猪などの解体作業を手伝わされたことが何度かあった。
だからこそ、わかるのだ。
ありえない! ありえない! ありえない! ありえない!
人の皮をこんな風に剥ぐことなんて不可能だ。
なのにそんなことをあっさりやってのける者があらわれた。
いまさらながらに僕は社の名前の由来を理解する。
目玉をくり抜き、皮膚を剥がすからめくりさまであったのだ。
僕はまろび転びつ、泡を喰って逃げ出す。
でも慌てるあまりすぐに足がもつれて「あっ」
某舞台の階段落ちも真っ青、麓まで派手に転げ落ちてしまった。
全身打ち身にすり傷だらけ、それでも気を失わなかったのは恐怖ゆえか。
(あんな、あんな最期……。ケイスケみたいになるのだけは絶対にイヤだ!)
僕は歯を食いしばって立ち上がりると、痛む足を引きずり停めてあったバイクのところへと向かう。
だがしかし……
「くそっ、ケイスケの仕業だな。余計なことをしやがって」
バイクは無事であったが、タイヤがふたつとも切り裂かれていた。
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