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007 鉈男
しおりを挟む「しっかし、マジでひでえな。むちゃくちゃじゃねえか」
なかばゴミ捨て場と化している境内に、僕は顔をしかめる。
僕はべつに神さまなんてこれっぽっちも信じちゃいないし、信仰心なんて欠片もない。
とはいえ、さすがにすすんで墓石を蹴倒したり、お地蔵様に小便をぶちまけたり、歴史のある寺社の建造物を傷つけようとはおもわない。
やっていいことと、ダメなことぐらいはわかる。
立派かどうかはさておき、いち社会人として、その程度の分別はついている。
だが、ここを荒らした者、もしくは者たちには、それがまったく備わっていないようだ。
「……さすがに村の人間の仕業じゃないよなぁ」
なんだかんだで代々祀ってきた場所、それなりに大切にもしてきた。
当番が面倒になって放置するのならばともかく、ここまで執拗に貶める必要はない。
「だとしたら新参者たちか? でも、それならそれで意味がわからん。こんなことをしたら、村の連中にケンカを売っているようなものだろうに。
かといって外部の人間がわざわざこんな僻地にまで、嫌がらせのためだけに来るともおもえないし、う~ん」
僕はしがないホームセンターの店員である。
こいつは素人探偵の手に余る。
というか、しょせんは他人事なので、僕は早々にここにきた用件をすませて立ち去ろうとするも、その時のことであった。
「お~い、アキ~」
麓の方から自分を呼ぶ声がする。
「お~い、アキ~、そこにいるんだろう~」
声がどんどん近づいてくる。
石段をあがってきているようだ。
僕は上からのぞきこむ。
男がひとり――誰かとおもえばケイスケであった。
ケイスケこと脇田啓介(わきたけいすけ)は、同級生のうちのひとり。
大柄で体躯に恵まれており、いつもにこにこしている。
学生時代にはいろんな運動部から勧誘を受けるも、すべて断っていたのは、じつはあまり要領がよくないから。
あれこれ同時に考えながら動けるタイプではない。球技の類もからっきし。
いかにも運動が出来そうで、じつは出来ない男。
それを知る者からは「ウドの大木」なんぞと陰口を叩かれていたが、気の優しい力持ちの典型にて、他の同級生たちみたいに余計なことをしないので、僕は彼のことはわりと好いていた。
だが僕には、そんな啓介に秘密にしていることがある……
相手が啓介だったもので、僕は手を振り応じようとするも、寸前で止めた。
なぜなら啓介の手に物騒なシロモノが握られていたから。
ギラリと光るのは、刃渡り五十センチ以上もあろうかという大きな鉈。
それを抜き身でぶらぶらさせており、全身から殺伐とした気配を漂わせている。
ここからでは逆光になっており表情まではわからない。
でも、とても厭な感じがする。
動くたびにゆらりゆらりと左右に揺れる広い肩、影法師然としたシルエットが、とても不吉なもののように見えた。
(……あ、あれは僕の知っているケイスケなんかじゃない!)
――身の毛がよだつ!
考えるよりも先に体が動いていた。
僕は付近の物陰へと飛び込び身を潜め、縮こまる。
自分の口元に手をあて息を殺す。
待つことしばし。
境内に啓介がやってきた。
その様子を盗み見た僕は我が目を疑う。
髪はのびるにまかせておりフケだらけ、無精ひげも生やしており、頬がこけ顔色がとにかく悪い、ギョロギョロ動く目が血走っている。
衛の執事姿にも驚かされたが、啓介はその比じゃない。
まるで何ヶ月も無人島でサバイバルをしていたかのような、風貌とやつれ具合。
生来のおおらかさは微塵も残っていなかった。
なんという荒みっぷり……いったい彼の身に何が起きたのか?
……いや、正直なところ彼がこうなる原因について、僕はひとつだけ心当たりがある。
もしかしたら、ついにあの秘密が露見したのかもしれない。
「おや、いない。いい歳をして、かくれんぼかいアキ? いいよぉ、お勤めのついでに付き合ってやるよぉ~。
さぁて、どこにかくれているのかなぁ~」
言うなり啓介が大鉈をブンブン振り回しては、そこかしこを滅多打ちし始めた。
ヘラヘラしながら狂ったように暴れる大男の姿に、僕は慄くばかり。
(こ、このままだとダメだ。すぐに見つかってしまう)
這う這うの体にて、すぐにその場から離れようとするも……
ペキッ。
ドジな僕はうっかり小枝を踏んでしまった。
慌ててふり返ったら啓介と目が合う。
完全にイッていた。
昔見た狂犬の目によく似ている――浮かぶのは憤怒の感情のみ。
もう、なりふりかまっちゃいられない。
僕はすぐさま立ち上がって逃げ出そうとする。
しかし背後からのびてきたたくましい腕にあっさり捕まった。
襟首をむんずと掴まれたとおもったら、そのままグイッと引かれて、ポイっ。
足が地面から離れ、ふわりと体が宙に浮く。
視界が回り、天地が目まぐるしく入れ替わる。
片手の一本釣りにて投げ飛ばされた!
そう気づいたときには、地面に背中をしたたかに打ちつけ「がはっ」
落ちた場所は半壊した祠の手前であった。
逃げるどころか、逆に境内の奥へと追い詰められてしまう。
痛みと絶望で半べそをかいている僕に、影法師の肩がぷるぷる愉快そうに上下する。
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