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006 土着信仰
しおりを挟む土着の信仰――
それは土地に古くから伝えられている神を信仰し尊ぶことである。
日本各地にていまなお根強く点在しており、この村にあるめくりさまもそのうちのひとつ。
だがしかし、肝心のめくりさまについては、誰もその正体を知らない。
小さいながらも祠があり、参道や境内も整えられているものの、ご神体とおぼしきものは存在せず。祠の中は空っぽ。
起縁にまつわる書物も逸話の類も伝わっていない。
ナゾの神さま。
それでも年に一度は祭壇を設けて、お供え物なんぞをして祀る。
ずっと昔から続いてきた村のしきたり。
おろそかにすると祟るらしい……
バイクを走らせていると、不意に道沿いの繁みから人影が飛び出してきた。
驚いた僕はブレーキレバーをギュッと握り絞める。
キキィイィィィィィィーッ!
かん高いブレーキ音。
後輪がわずかに滑るも、どうにか急停車する。
危うく轢くところであった。人身事故だなんて冗談じゃない。
まだ明るいうちでよかった。もしも夜だったらたぶん間に合っていない。
胸が苦しい、心臓がまだバクバクしている。
「――っ! バカ野郎、いきなり飛び出して来やがって、死にたいのか……って、なんだよ、ミヨ婆か」
カッとなって声を荒げるも、相手がわかったとたんに怒りは尻すぼみとなる。
四つん這いにて「ひぃひぃ」と情けない姿を晒しているのは、ボロをまとった汚い老婆。
村のみんなは彼女をミヨ婆と呼んでいるが、本当の名前は知らない。
これでも若い頃はけっこうなべっぴんさんであったそうだが、頭がおかしくなってからは見る影もなくなり醜く老いさらばえ、いまではしわくちゃなサルみたいになってしまっている。
そこいらで寝起きをし、ときおり奇声をあげては村を徘徊し、物乞いのようなことをして生計を立てている。
村の鼻つまみ者。
なのに追い出されることなく放置されているのは、彼女がそうなってしまった理由から。
なんでも、若い時分には将来を言い交わした相手がいたらしいのだが、その男好きのする容姿が仇となる。
先々代の郡家の当主に目をつけられ、乱暴されてしまったせいで、気が触れてしまったんだとか。
もちろん婚姻もダメになってしまった。
とはいえ、これはあくまで噂にて真偽は不明、なお郡家は否定している。
でも、当時の郡家当主の放蕩、好色ぶりは近在でも有名であったらしく、おそらくは本当のことだろうと村のみんなは信じている。
よって、ミヨ婆は憐れな被害者。
同情し、気の毒がりこそすれ、蔑み邪険にされるような対象ではない。
が、現在のような微妙な扱いを受けるようになったのには、他にも理由がある。
なかば閉じた小さな村にて、つねに嫁不足、女日照りという状況下。
そんな土地に気の触れた若い娘がいる。
飢えた狼の群れの中に、羊が一匹紛れ込んだようなもの。
……村の男たちの欲望の捌け口に使われ、よってたかって弄ばれたらしい。
いかに男尊女卑が酷い時代であったとしても、くそったれで反吐が出るような最低の話だ。
その罪滅ぼしのつもりであろうか。
老い先短い村の老人らは、ミヨ婆にこっそり施しをしているという。
僕はバイクを降り、ミヨ婆に駆け寄り「大丈夫か」と声をかける。
転んだひょうしに擦りむいたのか、ミヨ婆の膝の辺りが赤くにじんでいる。
怪我の状態を確かめようとするも、ミヨ婆はそれを嫌がり脱兎のごとく逃げ出した。
元気そうなので僕が安堵していると、ミヨ婆が不意にこちらをふり返って言った。
「祟りじゃ、めくりさまの祟りじゃ。めくりさまがたいそうお怒りじゃあ。しまいじゃ、しまいじゃ、けけけけけ」
弱々しい年寄りのものではなく、腹の底に響くドスの効いた声。
染みとしわだらけの顔、垂れた瞼をカッと見開き、爛々と光る老婆の双眸。
強い視線に射すくめられて、僕はひゅっと息を呑む。
……
…………
………………ハッ!
我に返った時、もうミヨ婆の姿はどこにもなかった。
まるで白昼夢でも見たかのよう。
さっきのあれはいったい……
◇
今回の帰郷はおかしい。
どうにも妙なことばかり続いている。
僕はやや困惑しつつ参道の石段をのぼるも、そこでもまた驚かされるハメになった。
「えっ、なんだこれ? どうしてこんなに荒れているんだよ」
ここには神主や宮司なんていう者はいない。
無人にて、世話は村人らが持ち回りで行っている。
とはいえ、やることといったら掃き掃除ぐらい。
祠の修繕などは、村の積立金で賄っている。
――はずなのだが、木の鳥居は倒れ、石灯籠も上半分が失せており、注連縄はだらりと千切れ垂れ、格子戸は開けっ放し、片側がはずれ落ち祠は半壊状態だ。
境内には落ち葉だけでなく、大量のゴミや廃材などが散乱している。
場の空気がどんより淀み、食べ物がすえた腐敗臭に、小便のアンモニア臭まで漂っているではないか。
吐き気をもよおし、胸のあたりがムカムカする。
たんに荒れたというのとは違う。
ヤンキーのたまり場になっているラブホテルの廃墟だって、もう少しマシだ。
これは信仰の拒絶……
明確な悪意の産物、何者かが意図して神域を穢したのだ。
耳の奥に先ほどのミヨ婆の嘲笑が甦る。
あまりの惨状に僕は呆然自失。
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