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004 閑古鳥の館

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 外界と村を隔てるようにして横たわるのは、Vの字のように抉れた地形。
 幅は五メートルほどにて、谷というほど深くはない。それでも下までは三メートルほどもあって、内側の斜面は猿すべりと云われるほどにツルツル、落ちたら自力で這いあがるのは難しい。
 天然の堀、溝のような川。
 底にはちょろちょろ水が流れている。雪解けのシーズンともなれば、それなりに水位や勢いも増すが、ふだんは年寄りの小便みたいなものだ。
 そこにかけられた石橋を渡れば、村となる。

 石橋を渡るのは約一年ぶりぐらいになるのだが、僕は村へと入るなり目を見開いた。
 何に驚いたのかといえば人にである。
 家族連れらしきものがいた。知らぬ顔だ。
 バイクで通り過ぎるこちらへと、軽く会釈までしてくるではないか。
 えっ、それがどうした?
 とんでもない!
 なにせここは二百戸ほどの山奥の寒村にて、住人の数よりも猪やら鹿の方が多いのではなかろうかという地域にて。
 奥へと向けて段々に縦へとのびた形をしている村、もっとも家が集まっている場所でも、歩いていて誰かとすれ違うことなんぞは稀。
 ましてや、こんな外縁部ともなればなおさらだ。
 いきなり遭遇するだなんてありえない。

(……ひょっとして移住者かな? もしかしてマモルたちの取り組みが成果をあげているのか。いや、しかし)

 都会の喧騒を離れ、田舎でのんびりスローライフ。
 自然豊かな環境での子育て、各種補助制度に助成金もアリ。
 山を持って、自由で優雅なソロキャンプ。
 などという調子のいい宣伝文句に躍らせれて手を出したものの、田舎の実態を知って逃げ出す者が続出している。
 という話をホームセンター勤務という職業柄、僕はよく耳にしている。
 実際のところトラブルが多いのだ。

 にこにこ誘致したくせに、新参者への風当りはおもいのほか強い。
 村社会にはいろいろある。
 表向きにはわかりづらい家同士の格、上下関係が根強く存在している。
 他所ではありえないローカルルールもあり、いまどき小首を傾げるような考えや慣習がまかり通っていたりもする。
 あと近所づきあいもわずらわしいし、余計な出費もバカにならない。
 たとえば農水路の補修費や寺社の修繕費、祭事の積立金の徴収とか。ときおり使途不明な怪しい寄付の集金も回ってくる。
 自分の家に関係がなくても払わされる。
 断ったら村八分……とまでは言わないが、拗れてかなり居心地が悪くなることは確か。
 山にしたってそうだ。
 比較的安価に買えるが、維持するには尋常ではない労力がかかる。
 慎ましやかな一戸建ての庭とは違う。ガーデニングとは完全に別物。山の管理は林業の範疇にて、素人がうかつに手を出していいものではない。

 ……にもかかわらず、他にも何組も散策している。
 どころか、村中へと進むほどにけっこうゾロゾロ見かけた。
 観光地でもなければ、霊験あらたかなパワースポットや、映えスポットがあるわけでもないというのに。
 ここは本当に自分が生まれ育った村であろうか?
 僕は内心で戸惑うばかり。

「へぇ、山奥のわりにはけっこう賑わってるじゃないか」

 なんぞと日向子は感心するも、正直、僕は違和感しかない。
 行き交う人々の態度や雰囲気がどこか空々しい。
 表面上はにこやかにて、とても楽しそうにしている。
 けれどもその笑顔が、談笑している姿がどこか作り物めいており不自然、ちょっと気持ちが悪い。
 というのは、あまりにも穿ったものの見方であろうか。
 でも……

 僕は漠然とした不安を抱えながらバイクを西へと走らせる。
 洋館は村の西のはずれ、山の斜面にある。
 じきに目的地が見えてきたものの、僕は「えっ」と我が目を疑った。
 記憶の中の光景とぜんぜん違う。

 そびえ立つ白亜の洋館。
 誰も近寄らぬ朽ちた廃屋が、まるで新築のごとく綺麗になっているではないか!
 のび放題になっていた雑草は、すべて刈り取られている。
 麓から館へと続く坂道もきちんとアスファルトが敷かれている。
 剣先が刺々しい、敷地を囲む漆黒のフェンスには錆ひとつなく、門扉もまたしかり。
 庭もきちんと手入れがされており、芝が敷かれ、赤白ピンクなど、彩とりどりの薔薇が咲き誇っている。
 ばかりか、ずっと停まっていた時計塔の針も動いていた。

 開け放たれたままの門を通り、敷地内へとゆっくり進入する。
 バイクを正面入り口、ホテルばりの豪奢な屋根のある玄関ポーチへと寄せて停車する。
 日向子が後部席より降りて「うーん」と背伸びをしたところで、ガチャリと開かれたのは館の大扉。
 出迎えにあらわれたのは執事姿の若い男性であったのだけれども、その顔を見るなり僕は「ん?」
 誰かとおもえば郡家衛であった。
 おもいもかけない場所で、僕は級友と再会した。


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