村事変 ― 僕の生まれ育った村がえらいことになったんだけど……この話、興味ある?

月芝

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003 円地三姉弟

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 村へと続く山道は車一台半分ぐらいの幅しかなく、右へ左へとしきりにうねっている。
 ガードレールもなく落ちたらシャレにならない箇所もちらほら、整備も甘いので路面がでこぼこしている。
 そのため、不意にバイクの車体がぴょこんと上下する。
 瞬間、背後から腰へと回された腕に力がこもり、グッと押しつけられるのはふたつの膨らみ。
 バイク乗りの男ならば、誰もが憧れるドキドキのシチュエーション。
 なのに嬉しさよりも、緊張の方が遥かに勝っている。
 原因はうしろに乗せている女のせいだ。
 どうして僕が女とふたり乗りをしているのかというと……

 倒木のせいで立ち往生をしていたジープ。
 女ひとりに男ふたり、見るからにヤバそうな三人組。
 でも、じつは姉弟にて。
 僕に声をかけてきたのが長女の円地日向子(えんじひなこ)、神経質そうなのが次男の裕次(ゆうじ)、巨漢が三男の恒平(こうへい)と名乗る。
 便利屋家業を営んでいるという姉弟たち。
 依頼が完了したので、雇い主が待つ村へと報告に向かっている途中で足止めを喰らってしまう。
 さて、どうしたものかと難儀していたところに、僕の運転するオフロードバイクがたまたま行き合った。
 これ幸いと日向子から「すまないねえ。ごらんの通り、ちょいと困ってるんだ。ひとっ走り、あたいを村まで連れてってくれないかい?」と頼まれてしまう。
 姉だけ先に村へと向かい、雇い主に報告がてら救助要請をするつもりとのこと。
 これに弟ふたりが「だったら俺が」「姉ちゃんだけズルい」とブーブー文句を垂れるも、そこは姉が強権を発動、「やかましい。あんまりピーチクうるせえと、また埋めるぞ!」と黙らせた。

 聞こえてきた物騒なやりとりに、僕はギョッ。
 だって『埋められてえのか!』じゃなくて『埋めるぞ!』
 しかも『また』ということは、たんなる脅しじゃなくて、すでに経験済みということ。
 それを肯定するかのように、弟たちは途端に口をつぐんだ。
 見るからに堅気じゃない弟たち、それを一喝して黙らせる姉に僕は冷や汗たらり。
 たぶん――というよりも、ほぼ確実にこの女が一番ヤバい!
 なので相乗りの件は丁重にお断りしたかった。
 客商売で培った勘が、ガンガン警鐘を鳴らしている。
 こいつらには関わるべきじゃないし、関わりたくもない。
 が、どうにも断りづらいこの状況……
 というか、山中でのことである。
 周囲に人の目はナシ、すべては藪の中なんてこともありうる。
 こんなところに埋められたくない。
 僕は顔を引きつらせつつ、しぶしぶながらうなづいたという次第であった。

  ◇

 タンデムにて風を切る。
 というほど速度は出していない。
 路面状態があまりよくないし、いちおう女性の身を預かってので運転は慎重に行う。
 すると、そんなこちらの気も知らずに、うしろの日向子が気さくに話しかけてきた。

「いやぁ、悪いねえ助かったよ、お兄さん。さすがにあそこから村まで歩くのはちょっとダルくってねえ」
「ハハッ……ですよね。それよりも、村のどこへ向かえばいいんですか? やっぱり郡家ですか?」

 ぱっと思いついたのは村で一番裕福な衛の所。わざわざ外部の人間に何かを頼むのなんて彼の家ぐらいだろう。
 しかし日向子は「ちがう」と首を振る。

「あー、時計塔のある洋館ってわかるかな? 村に洋館はひとつしかないから、すぐにわかるって聞いてたんだけど」
「えっ、洋館って……もしかして閑古鳥の館ですか! 本当に? だってあそこはほとんど廃墟みたいなもので」

 僕はびっくりしたひょうしにハンドル操作を誤りそうになる。
 村はずれの山の斜面に立つ、ぽつんと一軒家。
 あの建物はとても古く、敷地内は草ぼうぼう。
 戦前にどこぞの酔狂な外国人の金持ちが、別荘としてわざわざ移築したものの、ほとんど利用されることはなかったという。
 長らく放置されてひさしく、雨風に晒されすっかり朽ちてボロボロ。
 辛うじて原型は留めているけれども、いつ倒壊してもおかしくないとうありさまで、カラスや狸たちですら寄りつかない。

「本当に危ないんだ。だから絶対にあそこには近づくなよ」

 僕も小さい頃から周囲の大人たちより、口を酸っぱくして注意されたものである。
 なお村の古老によれば、自分がまだほんのハナ洟垂れ小僧の頃に、まるでお伽噺に出てくるお姫さまのような、綺麗な外国の娘さんを一度だけ館で見かけたことがあるというが……
 時計塔もすっかり錆びついており、動いているところを見たことがない。
 あまりの寂れ具合にて、いつの頃からか誰云うともなく「閑古鳥の館」と呼ぶようになった。

 そんな場所で待ち合わせ?
 あ、怪し過ぎる……
 頼まれるままに送っているが、本当に連れて行ってしまっていいのだろうか。
 いっそ引き留めるべきか。
 僕はひそかに煩悶するも、当の日向子はどこ吹く風にて。

「おっ、そうだ。お兄さんもアメちゃんいるかい?」

 なんぞと棒つきキャンディを差し出してきた。
 丸いアメ玉に白い棒がついた品、勤め先の店舗でも扱いのある定番のキャンディ、なにげにレジ横で一番の売れ筋商品だったりする。
 つい「あ、どうも」と受け取ったものの、パッケージには「カメレオン味」との表記があった。

 え~と……カメレオン味って何?


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