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001 みんなのオマケ
しおりを挟む突然だが、僕は自分の生まれ育った場所があまり好きではない。
山間部の僻地、二百戸ほどの村。携帯電話の電波もろくに届かない。最寄りのバス停までは徒歩で三十分以上かかる。しかもバスの本数は二時間に一本だけ、夕方の六時が最終便だ。コンビニどころか自動販売機や信号機さえもありゃしない。
ケチのつけようがないほどのド田舎。
なかば閉じた小さな社会で、家ぐるみどころか村ぐるみの付き合い。
べったりねっとり、胸やけしそうなほどに濃厚な人間関係。
それが何世代にも渡って続いており、いまなお継続中だ。
でも、僕がもっとも厭だったのは、そこじゃない。
僕を含めて、たった七人しかいない同級生たち。
男四女三という組み合わせ――物心つく頃には、もう三組のカップルが成立していた。
あぶれたのが、僕。
ちょっと想像してみて欲しい。
周囲がすべて仲睦まじいカップルという状況を。
学校でもプライベートでもいちゃいちゃ青春(あおはる)、僕は完全にお邪魔虫だ。
だったらいっそのこと、いない者として放っておいてくれたらいいものを、お節介な同級生たちはやたらとかまってくる。
彼、彼女らからすれば「ひとりだけ仲間ハズレにするだなんて……」という想いがあったのだろう。
たしかに仲間ハズレはよくない。
うん、よくない。至極真っ当な考えだ。
親切で善良な友人たち。
でもそんな彼、彼女らの正しさが、優しが、思いやりが、僕の心を激しくかき乱す。
ちっぽけな自尊心は踏みにじられ、よりいっそう惨めな気分にさせられる。
とんだひねくれ者。
モテない男の僻みは醜い、見られたものじゃないよ。
……そんなことは自分でもわかっている。
だから僕だってどうにかしようと足掻いたこともあった。
けれども、どうにもならなかった。
なにせ狭い村でのことである。
同級生たちから距離をとろうとすればするほどに、逆に詰められる。
一対六の鬼ごっこ、はなから分が悪い。
同級生包囲網からは逃げられない。
「もう僕に構うなよ、おまえたちなんて本当は大嫌いなんだっ!」
いっそ本心をぶちまけられたら、どれだけ楽であったことか。
だがそんな勇気、僕には欠片もなかった。
みんなのオマケ。
僕はつねに愛想笑いを浮かべ、場の空気を読んで、みんなの邪魔にならないよう、グループの隅で肩をすぼめているしかなかった。
町の高校へと進学したのを機に、いやおうなしに広がる世界と交友関係。
これでようやく解放されるかと期待したが、ダメであった。
むしろグループ内の結びつきがより強固となる。
周囲からもひとくくりに見られ、ますます抜け出せなくなる。
いい加減、もうガマンの限界であった。
だから僕は高校を卒業後、地元の大学へと揃って進学するという同級生らから離れ、ひとり就職する道を選んだ。
村を出て、新天地の都会へと。
いや、都会といってもあくまで自分が産まれ育った村に比べたら、という話。
実態は人口二十万ほど。地方の中核市に区分される場所であったのだが、それでも村とは雲泥の差である。
初めてのひとり暮らし。
馴れない環境と仕事に四苦八苦しているうちに、気がつけば五年もの歳月が流れ、僕は二十三歳になっていた。
運よく二部上場企業のホームセンターに就職できた僕は、ようやく手に入れたボッチ生活を謳歌しつつ、わりと充実した日々を過ごしている。
村での暮らしで身ついた知識や経験は、ホームセンターでの業務と相性が良く、役に立っているのだから、ちょっと皮肉な話ではある。
◇
午後三時過ぎ、客足がまばらになる時間帯。
勤務先のホームセンターにて――
「小休憩、入りまーす」
同僚に声をかけてから、缶コーヒーを持って僕は店舗の裏手へと。
ここは表から死角になっており、従業員らの休憩スペースとなっている。
ひっくり返したコンテナケースをイス代わりにして、腰を降ろし「ふぅ」
僕はコーヒーをすすりながら、スマートフォンの着信履歴をチェックする。
(……とはいっても、かかってくるのはもっぱら実家か、同級生ぐらいなんだけど)
村を出たからとて、べつに縁を切ったわけではない。
盆や正月は……さすがに客商売なので難しい。だから休みをズラして、いちおう実家には顔を見せに戻っている。
もっとも、それも年に一二回、滞在時間は長くて二日程度で、しかも平日だ。
学生と社会人とでは生活サイクルが違うこともあってか、同級生たちとは疎遠になりつつある。
最後に七人揃って顔を合わせたのは、いつであったか……
村を出た当初こそは、六人から頻繁に連絡があったものの、それも次第に減っていった。
なんだかんだで、みんな忙しい。
目の前の日常にかまけているうちに、ぼやけて希薄になる過去の人間関係。
仲間だ、幼馴染みだといったところで、しょせんはこんなもの。すべてが風化していく。
ようやく解放された。
清々している。
が、ほんの少しガッカリしている自分もいて、その身勝手さに我ながら呆れている。
なんてことを考えていたら、不意に手の中のスマートフォンが震えた。
――着信。
誰かとおもえば、ハタからであった。
ハタというのは渾名で、本名を細畠章太郎(ほそはたしょうたろう)という。
眼鏡をかけた文学青年、同級生のうちのひとり。
本好きが高じ、ついには自分でも文章を書くようになり、地方紙主催のコンテストながらも短編小説で賞をとったことがある。
あいにくと僕はマンガ専門なので活字はさっぱり。ハタの作品に目を通したことはないけれど、いまは実家のシイタケ栽培を手伝いつつ、小説家デビューを目指してがんばっているらしい。
(にしてもこんな時間に、向こうから連絡してくるだなんて珍しい)
……
…………
………………
電話に出るも無言のまま。
ウンともスンとも言いやしない。
いや、よくよく聞き耳を立ててみると、かすかな息づかいにガサゴソという音がしている?
「もしもし? どうした? おーい」
呼びかけるも応答はナシ。
訝しんでいるうちに、電話はふつりと切れた。
わけがわからん。
「ったく、なんなんだよ」
かけ間違いでもしたのだろうか。
それならそれで、ひとこと詫びがあってしかるべし。
すぐに折り返して、文句のひとつでも言ってやろうかとおもったが、やっぱり止めた。
めんどうくさい。
どうせ大事な用ならばまたかけ直してくるだろう。
僕は缶コーヒーを飲み干し、よっこらせと重い腰をあげる。
そろそろ十五分経つ。
休憩時間は終わりだ。
さぁ、がんばろう。
今日は日付が変わる前に帰れたらいいな。
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