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296 蟲毒な女
しおりを挟む一つの穴に様々な生き物を解き放ち、互いに共喰いをさせて、最後に生き残ったモノを殺す。するとその身からは、とてつもない呪力を秘めた「蟲毒」が抽出される。
そんな気味の悪い話を、突然語りだした女神イースクロア。
《どうだ? この状況、何かに似ていると思わないか》
問われて、わたしの脳裏にはすぐにあることが浮かぶ。
数多の異世界渡りの勇者たち。
ギフトとスキルというダブルチート持ちにて、それらは紛れもない超人兵器。
世に平和をもたらす光ともなり、世に混乱をもたらす闇ともなりうる存在。
各国に景気よくばら撒かれた彼らと、裏で暗躍する聖騎士たちによって、ノットガルドは未曾有の戦乱の時代を迎えるはずであった。
それこそ共食いの状況へと陥ることに。
数多の血が流れ、命が散り、生き残ったのが希望を担う者か、絶望を掲げる者か。
どちらにしろ最終的には、降臨した狂神によってすべてを滅せられる。
これが女神イースクロアが画策した当初の計画。
しかしその目論見は、わたしことリンネというイレギュラー、一番最後に彼の地へと降り立った女勇者によって、ことごとく失敗に終わる。
すべては偶然なのか、必然か、はたまた何者かの意図が介在していたのかはわからない。
だが結果としてわたしは勝利を納めて、ついには狂神をも倒し、ここまで来た。
でも、それもまた結局は同じ……。
《そういうことだ。ノットガルドにとってアマノリンネという存在は、蟲毒そのもの》
計画がいかに変遷し、どのような経路を辿ろうとも、最後に生き残った者は世界にとって突出した存在となる。
まさしく濃縮された蟲毒そのもの。
そういった意味では、わたしは蟲毒な女。言葉の響きがなんかイヤ。
とはいえ「ソレがどうした?」と思わなくもない。だって、わたしが自身を律していればよいだけのことなんだもの。なにより根が小市民にて、支配欲とか征服欲とかに乏しい。立身出世も望まないし、名声もいらない。義務とか責任なんて言葉もちょっと苦手。愛とお金はつぎ込むよりも、むしろ一方的に注いで存分に甘やかしておくれ。好きな言葉は怠惰。座右の銘は無為徒食。ちなみに意味は「ごろごろ過ごすこと」である。
そんな小娘に世界滅亡の鍵となる、蟲毒女の役割を期待されても困る。
なのにわたしの想いなんて丸っとムシして、女神イースクロアの語りは続く。
《この世に不滅のモノなんぞありはしない。神とても、いずれは必ず朽ちて死ぬ。赤子の純粋であったココロも成長するとともに曇り、崇高な志は半ばで折れ曲がり歪む。信仰とて薄汚れすり切れ、愛ですらもが熟れた果実のように腐って堕ちる。その先に待つのは破滅のみ。生まれた瞬間から、すべてが滅びへと向かう。この流れだけは、いかに神々やその上にいる御方らとて止められない不変の真理。だがその真理を揺るがす存在があらわれた。それがアマノリンネ、お前だ! 健康スキルなんぞという、ふざけたチカラで身に降りかかる不条理を健康ゆえにとねじ伏せ、ことごとく跳ね除ける者。身は健全なはずなのに、存在そのものが世界にとって不健全という矛盾の塊》
散々な言われようである。あと話が長い。内容もどんどんと小難しくなって、仰々しくなってきた。
朝礼時の校長先生の無駄話に付き合わされている生徒の気分。
ものすごく大切な話をしていることは重々承知しているのだが、あいにくと集中力が切れつつある。なによりわたしにシリアスやハードボイルドは似合わない。ぶっちゃけ飽きた。早く結論を言え。
欠伸が出そうになるのをガマンしつつ、退屈を紛らわせようと視線を動かしたら、あるシーンを目撃してしまった。
それは亜空間より出現したルーシーの分体が、こっそりとベッドの下に何やら仕込んでいる姿。小さな手で「うんしょうんしょ」と押し込めているのは、見覚えのあるラッピングが施された箱。
ベッドの上にいる女神イースクロアや、反対側の枕元にて侍っている従者の黒髪の女性からは死角となる位置にてモゾモゾ。
わたしはすぐ隣にて殊勝な態度を装い、シレっと真摯に女神の話に耳を傾けているフリをしている、青い目をしたお人形さんに戦慄を禁じ得ない。
なにやら妙におとなしいと思っていたら。なんてこったい! ルーシーは、はなから殺る気だったんだ……。
おかげで眠気も吹っ飛び、わたしは女神の言葉にふたたび集中。
《健康スキルというチカラを持ったお前は、特異な存在となった。だからとてやはり不変不滅ではいられない。病気もケガも老いすらも退けるとて、ココロは絶えず痛みを感じ続ける。悲鳴をあげ続ける。愛する者を失い、次々と親しい者らに先立たれ、ときには信じた者から裏切られ、想いを踏みにじられ、心血を注いで築いたモノが壊される。虚しさに打ちひしがれ、ついには涙も枯れ果てることであろう。長い時を経てゆっくりと、だが確実にココロは蝕まれてゆく。だから神の名に誓って断言してやる。アマノリンネよ、貴様はいずれ必ず狂う。その時こそノットガルドは蟲毒の呪によって滅ぶのだ。ハハハハハハ》
長い話をようやく終えた女神イースクロアが笑う。
喜色を浮かべる瞳には狂気が妖しく光る。その姿は壊れたオモチャのようであり、とても痛ましく、憐れですらもあった。
女神さまの話を要約すると「我が事成れり。自分の勝ちだ」
けたたましく脳裏に響き続けるのは、女神イースクロアの嘲笑。自身の勝ちを信じ切って微塵も疑ってはいない。
対するわたしのココロは、おどろくほどに平静であった。
理由は簡単。
だって、わたしには頼りになる仲間たちがいるんだもの。
もしもわたしがおかしくなっても、ルーシー、たまさぶろう、富士丸、その他のリンネ組の面々が全力で止めてくれる。確信がある。たとえボケてもしっかり面倒を見てもらえるので、老後が安心。微塵も心配しちゃいない。
そのことを女神イースクロアに告げようかと思ったけれども、止めた。
話も終わったみたいだから、わたしたちは従者の黒髪の女性に辞去する旨を伝え、女神イースクロアの御前をあとにすることにした。
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