290 / 298
290 いつもの風景
しおりを挟む日が昇り、カーテンの隙間から差し込む陽の光にて、むくりと起きる。
枕元に置いてあるベルを鳴らそうと手をのばすが、鳴らせた試しがない。
鬼メイドのアルバが姿をあらわす方が早いから。
わたしはアルバの手にかかり、身だしなみを整えてもらう。メイド道を極めんとするアルバのお世話は日を追うごとに、細に密にと行き届いている。
はて、最後に自分で髪をとかしたのはいつであったか……。
わたしの朝は、早くもなければ遅くもない。
予定なんぞあってないようなモノだからだ。
なのに極力、きちんと起きるようにしているのは、リリアちゃんと朝食をともにするためである。
仮にも相手は王族の姫君。居候風情がなんと不敬な! なんて無粋な小言を口にする輩はリスターナ城内にはいない。それにこれは双方が望んで行っていることは周知の事実。
なにせリリアちゃんは学業に政務にと忙しいご身分。ヘタをすると何日もすれちがい。同じ城内にいても姿を見かけないなんてこともある。
これをリリアちゃんがたいそう嘆いた。「リンネお姉さまと会えないのがさみしい」なんてかわいいことを口にする。
わたしとしても癒し要素の欠乏、マイシスター成分不足に苦しむ。
この難問を解決するための朝食会なのである。
今朝の朝食会は、竹林庭園の方でと事前に連絡があったので、そちらに向かう。
すると先に着いていたリリアちゃんとマロンちゃんの姿があった。
早朝にエタンセルさんの剣の指導があると、鍛錬後にマロンちゃんが朝食会に参加することもある。
マイシスターたちがそろい踏みにて、みるみる成分補給。おかげでわたしの中のシスターメーターがぐんぐん上昇。
竹女童の給仕にて優雅に食事をとる。今朝のメニューは竹の葉茶粥膳であった。
和気藹々と朝のひとときを過ごし、やさしい風味に胃とココロをほっこり満たされたところで、リリアちゃんとマロンちゃんは学園へ。
彼女たちを見送ってから、わたしは竹女童から握り飯の竹包みを受け取り、執務室へと足を向ける。
扉をノックして中に入ると、すでに半数ほどの机が埋まっており、職務に精を出している役人たち。
多脚砲台に乗ってシャカシャカとマシンアームを動かしては、書類仕事を手伝っている魔導書とテュルファングの姿もあった。
彼らの向こうにモランくんの顔を見つけて、わたしは「おはよう」と声をかけ、竹包みを手渡す。
ここのところ艶々黒髪の美少年は、よく食べ、よく寝て、よく働き、よく鍛錬している。
心身ともに健やかにて成長期に突入しつつある。食べても食べても、やたらとお腹が空いてしょうがない状態。それゆえの差し入れ。
「ありがとうございます。リンネさま」
うーん。向けられる笑顔がまぶしいぜ。
母親のユーリスさんのお腹も目立ってきており、じきに産まれてくる弟か妹のためにもと、一層の精進を見せるモランくん。おかげで成長著しく将来がますます楽しみ。そろそろ巷に分散している大小のファンクラブを一つにまとめる頃合いかもしれない。
でも、ちょっと困った問題も起こっている。
義父にてリスターナの将軍であるゴードンさん。
師匠にてリスターナの宰相であるダイクさん。
この二人がモランくんの進路を巡って、バチバチ対立。
天から愛されまくって、文武の才が溢れまくっている主人公体質のモランくん。
事務方として政務に携わり国を支える人物として、いずれは自分の後継を託したいとさえ考えている宰相のダイクさん。
剣の才を磨き、立派な騎士となり、ゆくゆくは軍部を担い国を支える人物として、いずれは自分の後継を託したいとさえ考えている将軍のゴードンさん。
とはいえ、どの道に進むのかという選択権はあくまでモランくんにある。
二人もそれは重々承知しているらしく、愛と期待を込めて厳しく指導しつつも、なんとか自陣営に引き込もうと、しのぎを削っているというわけ。
ちょっと想像してみて欲しい。
いい歳をしたジジイどもが、ネコ撫で声にて「こっちへおいでよー」と美少年を誘っている姿を。
どうだい? なかなかにキツイものがあるだろう。
そんなジジイどもは、シルト王や他のえらい人たちと朝から会議中。
優秀であるがゆえに若くしていらぬ苦労を背負い込んだモランくん。その肩をポンと叩き「強く生きろよ。少年」と告げてから、わたしは颯爽と執務室を去る。
そのまま自室へと戻ろうとするも、考えなおして城外へと向かうことにした。
だって下手に大人たちと顔を会わせたら、面倒ごとを押し付けられるかもしれないから。
城を出て街中を散策。
先の狂神との一件の影響はほとんど受けていないので、こちらはとっくにいつも通りの活気を取り戻している。
屋台で串焼きを買っていたら、一匹のカネコがふらふら近寄ってきた。「いい匂いがするにゃあ」
デカい図体をしているネコ型種族の彼らは、本能に従順忠実。恥じも外聞もなく年齢性別関係なしに「欲しいモノは欲しいにゃー」と駄々をこねる特技を持っている。
無法なマネはしないが、グレーゾーンギリギリを突いてくるしたたかさにて、こいつに目をつけられたが最後、逃れるのは至難の業。むしろわずかな身銭を惜しんでグズグズしていたら、気づいたらたくさんのカネコどもに囲まれていた、なんとことも。
しようがないのでわたしは屋台の店主に「そこのカネコにも一本やってくれ」と追加注文。
指ではじかれたコインが宙を舞う。
これを見事にキャッチしたオヤジは「まいどあり」とニカっと笑った。
1
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる