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286 とっておきその三

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 各地にてみんなががんばっている頃。
 第四の亜空間内での狂神ラーダクロアとの戦いは、新たな局面を迎えていた。
 丘陵部では黒銀のクモがわらわらにて、戦車隊を前面に押し出したルーシーズらが銃器を手に激しく応戦。わたしもここに混じって、バンバン撃ちまくり。
 空では宇宙戦艦「たまさぶろう」が目のない黒銀の大蛇と取っ組み合いを演じ、盆地の中央では富士丸とラーダクロアが激しい乱打戦を繰り広げている。
 拳と拳が、蹴りと蹴りが、ぶつかり合うたびに「ドン!」と轟く。苛烈な戦いにて、勇壮な太鼓のリズムにも似た大音が亜空間内に響き渡る。大気が震え、風が荒れる。
 一発で軽く山が消し飛び、地殻がヤバいことになりそうな拳や蹴りの応酬。
 右腕一本を失っているというのに、ハンデをものともしないラーダクロア。
 攻撃の回転がとにかく速い。ときには富士丸をも手数で上回り圧倒することも。挙句にようやくダメージを与えても、黒血が飛び散れば黒銀のクモとなり、それを潰すとヘンテコな異形となったりもする。肉体を大きく破損したら、巨大なモンスターが新たに出現。
 まるでマトリョーシカのように、次から次へと姿を変えては増える。
 さらにをそれを潰したら、ときには残骸が手近なヤツとくっつき、ぐにゃぐにゃ混ざり合い、別の何かに変わってしまうことさえも。
 とどのつまり「キリがねーっ!」である。

「外にもラーダクロアの分身があらわれてるんだよね? みんなは大丈夫なの?」

 爆音と怒号が渦まく戦場にて、肘式ロケットランチャーを撃ちまくりながら、わたしはかたわらのルーシーに声を張り上げた。

「きっと大丈夫ですよ。エアフォースの部隊を各地に派遣していますから。それに報告ではあっちのは一度倒したらおしまいみたいです。こちらとは少々仕様がちがうみたいですよ」

 ガトリング砲をぶっ放しながら「心配するな」とルーシーが答える。「というか他所の心配をしている余裕なんてありませんよ」

 外部に出現したのはラーダクロアの千切れた指先が変じたモノ。
 元がちんまいので、そこから派生する異形の量や質もそれに準ずる。
 しかしこちらは本体から直接垂れ流されたモノ。内包されてあるチカラが桁ちがいにて、それこそ何度も何度も冥途送りにしてやって、すり潰して、ようやく消える。
 倒し切るペースより増えるペースの方が明らかに速くて、わたしたちはちょっと押され気味。ジリジリと後退を余儀なくされている状況。
 富士丸もたまさぶろうも手一杯にて、援軍は期待できない。
 そこでルーシーは三枚目のカードを切る決断を下す。

「こうなってはしかたがありません。できればコレだけは使いたくなかったのですが……」

 ルーシーの指示によって、用意されたのは八つの球体。
 直径三メートルほどにて、色は赤青黄緑黒白オレンジ紫。
 半透明にて中が透けて見えており、質感はスーパーボールっぽい。

「リンネさまは何色がお好きですか?」

 たずねられて、おもわず「やっぱり悠久の空の蒼かな」なんて気取って答えたら、わたしの身は分体たちにワッショイ担がれて、青色の球の中へと押し込められた。
 八つの球体は一斉に放たれ、斜面を勢いよく転がり落ちる。
 中のわたしはもちろん、ひっちゃかめっちゃか。目がまーわーるー。
 敵を吹き飛ばし、踏みつぶしながら、勢いのままに球が向かう先はラーダクロア。
 ある程度まで近寄ったところで、球がピョンと跳ねては、次々と狂神のカラダにピタっと張り付き密着。
 とたんに球と球を繋ぐごつい光の鎖が出現。
 ラーダクロアをがんじ絡めにして、自由を奪う。
 これ幸いと隙だらけの柴犬頭にワンパンチをくれてから、富士丸が背中のロケットを全開にして、緊急離脱。
 たまさぶろうもまた、自分にまとわりついていた巨大ヘビを引っぺがし、こちらに投げつけては急速反転。
 地上に展開していたルーシーズたちも、あわてて遠ざかっていく。
 わたしはこの一部始終を青い球の中から見ていた。
 やがて球が明滅を始める。さながらクリスマスのイルミネーションのごとく、ラーダクロアの身を華やかに彩り始めた。
 球のかがやきがどんどんと増していき、明滅が激しくなっていく。
 かつてないほどに急速に膨れ上がる魔力。付近の空間が波打ち、視界が陽炎のようにゆらめく。
 うーん。
 スーパーの詰め放題サービスにて、ギュッギュッと袋の中に商品をムリヤリ詰め込むかのような、この感覚。
 これって魔導砲を撃つ際のエネルギーを充填しているときに酷似。
 ということは……。

 なにやらヤバイ気配を感じたのだろう。
 ラーダクロアも必死になって抜け出そうとあがくも、光の鎖がカラダに喰い込むばかり。適当に捕縛したようにみえて、しっかり間接やら筋肉の動きを邪魔するイヤらしいポイントを押さえてある。
 ジタバタもがく柴犬頭と球の中にいるわたしの目が合った。
 潰れていない右の円らな瞳をうるませながら「マジか?」と問われたような気がしたので、わたしは黙ってコクンと頷く。
 それを見てラーダクロアはいっそう激しく暴れ出したが、やはり拘束はほどけない。
 そこで狂神は自分の肉体から分離した子らを呼び集めて、どうにかさせようとした。
 しかしそれこそがルーシーの狙いだったのである。
 盆地中央にぞろぞろと敵勢が寄せ集まったところで、八つの球がいっそう強く光りかがやく。
 濃縮に濃縮を重ねたエネルギーが更に極小な点へと集約。臨界点を突破。一瞬にして膨張。点が面となり立体となって全方位へと超拡散。それこそ小宇宙でも誕生しそうなほどの、シャレにならない現象が発生。しかもそれが八箇所、まったくの同じタイミングにて。
 まず世界がすべて光に包まれた。
 次にすべてが闇に塗り替えられた。
 空と大地が消えた。
 風が死んだ。
 音も死んだ。
 破壊ではない。爆発でもない。
 それは喪失。
 世界が虚無に満ち、あらゆる存在を否定した。

 すべてを無かったことにしてしまう。
 そんな悲劇をもたらしたのは、対女神戦のために用意された、とっておきその三「滅びのリンネネックレス」
 八つの球が数珠つなぎとなり敵を拘束。その後、内部にしこたま貯め込まれたリンネの魔力が暴走。派手に爆ぜて敵を屠る。身に着けた相手を死へと誘う呪いの首飾り。


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