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279 とっておきその一

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 ラーダクロアが急に前かがみとなり、柴犬頭をこちらに向けた。
 そしてイヌのごとく地を這うように駆け出す。
 圧倒的質量にて、それ自体が脅威。
 あんなモノにまともに突っ込まれたら、こっちがボーリングのピンよろしく跳ね飛ばされてしまう。
 しかしその突進を止めた者がいた。
 亜空間より飛び出した富士丸くんである。
 飛び蹴りの姿勢にて、宙より躍り出た鋼の巨人。
 蹴りを容赦なくケモノ頭に向けて放つ。相手がモフモフ系でも一切躊躇しない富士丸。とってもステキ!
 前傾姿勢であったラーダクロア。急制動にて立ち上がり腕をクロスにかまえ、蹴りを正面から受けとめる。反応がいい。
 衝撃にて両者の距離がいったん離れる。
 ラーダクロアは降臨地点付近まで後退。富士丸はずんぐり巨体だというのにクルクル器用に回転しながら、アクロバティックな着地を決めた。
 上空より宇宙戦艦「たまさぶろう」も姿をあらわす。

「ウンガー!」富士丸の雄叫び。

 これに「ハッ」となったハイボ・ロードたち。すぐさま動揺から立ち直ると行動を開始。いざというときにはどう動くべきかは、すでにシュミレーション済み。対女神戦線にて共闘関係にある関係各所にも、すぐさま「狂神降臨」の報を一斉送信。
 いつもの調子を取り戻したみんなの姿を見届けてから、わたしとルーシーも戦いに赴くために歩きだす。

「リンネお姉さま」「リンネ」

 背後から声をかけてきたのはリリアちゃんとマロンちゃん。

「きっと、きっと無事に帰って来て下さいね」
「負けたら承知しないからな。絶対に生きて帰ってこいよ」

 マイシスターたちからの激励に、わたしとルーシーはふり返ることなく拳を天に突きあげ応えた。
 気合を入れ、主従そろって駆け出す。



 たまさぶろうが砲撃にてラーダクロアを牽制。
 その隙に富士丸が亜空間より招来したのは一本の剣。
 その名も「擬装神剣リンネカイザー」
 説明しよう。
 擬装神剣リンネカイザーとは、神殺しの剣テュルファングと勇者アキラのギフト「光の剣」を研究開発することで生まれた、富士丸専用の超決戦兵器である。
 神鋼に限りなく近い素材で造られた刀身は、魔力を変換することでとてつもない切れ味を発揮する。
 西洋の甲冑が似合いそうな、無骨だけど頼もしい両手剣。
 地味な見た目は、一切の虚飾を廃し、実用性のみを突き詰めた証。
 剣の腹の部分中央に人型のくぼみがあり、そこにカチンと大の字にてはめ込まれているのが、わたしことアマノリンネ。
 マイシスターたちとカッコウよく分かれた直後。
 ルーシーは自分の亜空間に引っ込んで計画の次の段階の準備に着手。
 わたしは富士丸くんにひょいと摘まみ上げられてからの、この状況。あれ?
 なにやらとっておきを用意してあるとは聞いていたけれども、よもやこんな形で参戦するとは誰が予想しえたであろうか。
 剣と我が身が一体となっているので、当然ながら富士丸くんががんばるほどに、わたしもブンブン。
 対するラーダクロアは両手のツメをジャキンと伸ばして、これと激しく打ち合い、斬り結ぶ。
 大気をふるわす剣戟の応酬。
 ある意味、戦いの最前線にいるわたし。あまりの扱いのヒドさにちょっとシクシクしちゃう。だって女の子だもの。
 乙女の涙に呼応するかのようにして擬装神剣リンネカイザーがいっそうの輝きを放つ。
 いや、実際には情け容赦なく魔力を搾取しているからだけどね。

 富士丸と殺り合いながらも、次々と飛来するたまさぶろうからの援護射撃を巧みな体さばきにて処理するラーダクロア。
 破壊神の名を冠するのは伊達ではない。
 序盤こそはややケモノじみた動きで大雑把だったのが、途中から利に適った武芸に近いモノへと変化。まるで少しずつかつての勘を取り戻しているかのよう。
 二対一にもかかわらず、こちらがじょじょに押し返されている。
 どうにかこれを押しとどめようと、富士丸が踏ん張る。
 剣とツメにて鍔迫り合い。
 ギリリとイヤな音がして、チカラが拮抗。しばしの硬直状態。
 先にこの状況を崩したのはラーダクロア。
 狂った神は、この局面で何を考えたのか、いきなり大口を開けてガブリと噛みつき攻撃。
 少しは理知的になったと思ったら、今度は一転して野生味が爆発。
 迫る柴犬の牙。これを剣を盾にすることで防いだ富士丸。
 骨にむしゃぶりつくイヌのごとく、剣をカジカジするラーダクロア。

「ってか、かすってる! さっきからわたしのカラダに牙がかすってるから。アーっ!」

 見た目が柴犬でも、サイズがサイズなので立派な猛獣。
 バウバウ吠えて、超怖え! あと息がケモノ臭い!
 わたしの叫びが戦場に木霊し、見かねて、たまさぶろうが上空より極太レーザーを発射。
 脳天に突き刺さろうとする直前に、ラーダクロアは素早く飛び退る。
 しかしその動きに合わせてレーザーも急角度にて軌道を変化、自動追尾へと移行。
 迫る光線。器用に後ろ駆けにて逃げるラーダクロア。その身が一段と跳ねて、距離を稼いだところで足を止める。
 ギラリと銀爪がきらめき、両腕が振るわれた。
 格子状に放たれた十の斬撃。それがレーザーを細切れに切り裂く。
 砕けた光の粒子が夜空にパッとはじけて散った。

 そのタイミングで「今です」と声をあげたのはルーシー。
 合図を受けて突進した富士丸。擬装神剣リンネカイザーを野球のバットのように構えると、これを思いっきり振り抜く。
 どうにかこいつを防いだラーダクロアであったが、勢いは殺し切れずに更に後退。
 と、急にその身がグラリとして体勢が崩れた。
 いつの間にやら地面に姿をあらわしていた巨大な穴に片足をとられたせいである。
 ポッカリ開いたこの穴こそがルーシーが準備していた次なる一手。今回の決戦に際して、事前に用意しておいた特別な空間への入り口。
 あわてた狂神が落ちまいと踏ん張るも、そこに踊りかかったのは擬装神剣リンネカイザーを高らかに振りかぶった富士丸。

「ウンガー!」と気合一閃。わたしもいっしょに「どりゃー!」と叫んで魔力をドバドバ注入。
 渾身の一撃を前にして、ラーダクロアがとっさに右腕をかざして、どうにかコレを受けようとする。
 ツメの表面を刀身が滑り火花が走る。
 刃が喰い込み、勢いのままにラーダクロアの四本の指が刎ね飛んだ。
 痛みのあまり柴犬頭が「ぎゃん」と鳴き、狂神の身は穴の底へと落ちてく。
 すかさず富士丸とたまさぶろうもこれに続く。
 そして穴はすぐに閉じられた。


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