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273 死地

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 光翼が穴だらけとなり、なかばにて千切れてもげた。
 それを成したのはわたしの中指式マシンガンによる銃撃。
 これで残りは五翔。
 常に余裕にて、圧倒的高みから相手を見下ろす立場だったゼニス。かつて経験したことがない状況に追い込まれて、焦りを隠しきれない。
 上空へと舞い上がり、いったん距離をとろうとしたのは怯えか本能か。
 が、それは下策。
 カラダが宙に浮き上昇を開始。意識が上へと向いた一瞬の隙をついて急接近。わたしの右手がゼニスの左足首をガッチリ掴む。
 振り払おうと身をよじったゼニス。拍子にわたしの手首がスポンと抜ける。
 自分の足にしがみついている小娘の手首に、ゼニスがギョッとなったのと同時に発生する閃光。
 爆発の規模こそはたいしたことがないものの、それでも人体を破壊するには十分な威力。
 ちなみにわたしの四肢から作り出される爆発物は、指一本で車を吹き飛ばし、手首から先で標準的一戸建て、前腕部分でホテルやビルのワンフロア、腕一本だとご町内が丸っとぐらいの威力。
 足とかにもなれば威力はさらに跳ね上がる。ようは取り分ける部位が大きくなるほどに威力も上がるということ。
 手首式爆弾によって、下半身を吹き飛ばされたゼニス。すぐさま光の翼による回復をはかり元通りとなるも、代わりに翼が一枚消失。残り四翔となってしまう。
 よほどお怒りらしく「ギリリ」と奥歯を噛みしめる音が、地上にいるこっちにまで聞こえてきた。

 宙より身を翻して、ゼニスが加速。
 わたしを中心とした円を描くように大きく飛ぶ。速度がずんずんと増し、やがて光の流星となりて突っ込んでくる。
 これまでのように光の翼を伸ばしての攻撃とかでは、逆に破壊されるばかり。かといって遠距離はこちらに分がある。だから「信仰」の能力で強化された肉体でじかにと考えたのだろう。
 勢い、まとうチカラ、もたらすであろう破壊……。
 すべてが女神の眷属を名乗るにふさわしいのは確か。
 必殺の一撃にて、こちらを月まで吹き飛ばさんかのよう。
 この局面でわたしが選んだのは、右肘に仕込まれた電磁網。
 びゅんびゅん飛び回る小鳥を捕縛するのに、これほど適した武器もあるまい。
 突如として前方に展開された電磁網に、自ら飛び込む形となったゼニス。が、流星はなおも突き進む。「こんなもので止められるものかっ!」と猛り吠える。
 だからわたしは言ってやったんだ。「こっちだってその程度で止められるなんて、はなから考えちゃいないよ」と。
 次々と展開されていく電磁網。
 その数、全部で六。
「一人ではダメだけど三人ならばイケるぜ!」と息子に語った戦国武将パパがいたという。
 このパパさんの話を歴史の授業で聞いた時、わたしは思った。「だったら倍いればイケイケゴーゴーじゃん」
 六重の電磁網。強度も威力もそれに比例しており、ついでに網目も重なって視界もほとんど利かなくなる。
 これに完全に囚われたゼニス、ついに失速。
 ほどよい速度で近づいてきたところを、わたしは掴んで「えいや!」と一本背負い。
 直進する相手のチカラを利用しての投げ技が炸裂。
 ゼニスが網ごと大地にビタンと激突。衝撃の反動にて高く跳ねた。
 そして落ちてきたところに、大きく振りかぶった右足にて、叩きつけるかのごとく渾身のスコーピオン断罪トゥーキック。
 つま先に伝わる感触からして、上か下、どちらかの大事な口にめり込んだ模様。
 網越しにゼニスの声にならない悲鳴が聞こえたような気がした。
 電磁網の簀巻きが飛んで、落ちて、地面をゴロゴロ。
 でもわたしは、そいつを見届けることなく片足立ちにてケンケンパ。一目散にその場から逃走を図る。なにせ蹴り飛ばしたついでに、右足を外してプレゼントしておいたもので。
 が、慣れないことはするもんじゃないね。
 すぐにつまづきポテンとコケた。
 そして付近一帯がゼニスと逃げ遅れたわたしをも巻き込んで盛大に爆ぜる。
 うぎゃあぁー。



 ……予定が狂った。
 やっておいてなんだけど、自爆系は精神衛生上よろしくないね。今後は慎むとしよう。
 灰色の爆煙の中で寝転がりつつ反省。
 ポケットに手を突っ込んで、チョコバーを探したのだが見つからない。
 よくよく見れば穴があいて底が抜けていた。反対側のポケットは丸ごと紛失。服はボロボロにてどこも似たようなあり様。おかげでストックが切れた。
 うーん。これは困ったと思っていたら、横からひょっこり小さなお人形さんの手がのびてきて、わたしの口にチョコバーを突っ込んでは、すぐに消えてしまった。
 亜空間経由にてルーシーが差し入れをしてくれたらしい。
 寝ながら手も使わず、これを器用にモグモグごっくん。
 一般人ならば糖尿病一直線になるような高カロリーを摂取し、欠けていた右足をジャキンと復活させてから、わたしはむくりと起きた。
 ゆっくりと立ち上がり、カラダについた砂を払う。
 一度、深呼吸をしてから左人差し指式マグナムを向けたのは、煙の向こうでぼんやりと光っている場所。
 ゼニスの翼が放つ光。こんな視界が満足に利かない状況下でも居場所が丸わかり。神々しいのも時と場合によりけりだね。
 一発放つと煙の向こうでドサリと音がした。でもどうなったのかは確認することなく反転。駆け出し爆煙の外へと向かう。
 煙の中から飛び出す。
 少し離れたところで足を止めると、ふり返って今度は右薬指式ライフルを構える。
 目に意識を集中。煙の中から今にも飛び出してくるであろうゼニスをじっと待つ。
 先ほど自分の足元もおぼつかないというのに的確な射撃を受けたヤツは、すぐに自身の光翼のせいで居場所がこちらに筒抜けだと気づいたはず。
 それがわかって、なおもあそこに留まり続けるのはムズカシイ。すぐに逃げ出したいという心理が働く。
 いまとなってはアイツの考えが、わたしには手にとるようによくわかる。
 ここまで戦ってわかった。
 ゼニスもわたしと同じ。
 分不相応なチカラを手に入れてしまったがゆえに、強くなるために必要なプロセスの大部分を、ごっそりと忘れてきてしまっている。
 まぁ、わたしの場合はそのことに気づかせてくれて、ビシバシ指導してくれる頼れる仲間たちがいたけれども、ゼニスにはいなかった。

 緊張を維持しながら待つ時間は、やたらとゆっくりに感じられる。
 やがて爆煙の中より一筋の煙が空へと飛び立つ。
 同時にわたしの右腕が素早く動き、ライフルが火を噴く。
 獲物はゆっくりと落ちていき、やがて地面にぶつかり最期の翼が砕けて消えた。


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