268 / 298
268 ガラスの大竪穴
しおりを挟む太陽の中心だけをもぎとったかのような、神々しいまでの光を放つ玉が浮かんでいた。
光の玉は巨大な竪穴の中を、地の底へと向かって、ゆっくりと降りていく。
岩肌が光を受けて、きらきらと虹のごとき輝きを放つ。
滅びの宴によって深く抉れた地形。あまりの高温により周辺すべての表層がガラスと化していたのだ。
圧倒的な破壊によって創り出された、幻想的な景色が地下深くへと続いている。
光の玉の動きがふいに止まった。
方向を変えて付近の岩の出っ張りへと向かう。
そこにあったのは黒ずんだ男の人体らしき残骸と、仰向けに倒れている第九の聖騎士グリューネ。
かつては数多の男どもを魅了し、振り向かせていたブルネットの髪はあらかた失われ、白磁のような肌も赤黒く焼けただれており、四肢の大半が炭化して崩れてしまっている。あれほどの美を誇った希代の悪女。その面影を残すのは右顔の目元付近のみ。彼女の蒼い目だけが闇の中に浮かんでいた。
かろうじてまだ息はあるものの、いつ命が尽きてもおかしくないような状態。
グリューネのすぐそばにて光の玉がはらりとほどけた。
中からゼニスが姿をあらわす。玉のように見えていたのは、彼の身を覆っていた背中の六枚の光翼。
「ジョアンが身を呈したか」
男の遺体を見つめながらゼニスがつぶやく。
第八の聖騎士ジョアンは不可視の盾を持ち、防御に秀でていた。おそらくは限界をはるかに越えるチカラを酷使して、せめてグリューネだけでも守ろうとしたのだろう。だが結果は……。
ゼニスは短い別れを済ますと、グリューネの身をそっと抱え上げる。
「苦しいだろうが、いま少しの辛抱ですよ」
グリューネの蒼い目から涙がこぼれ落ちた。口を動かそうとするもうまくいかず、「ひゅぅ」という音がして空気が首横の傷口から抜けた。
ふたたび降下を始めたゼニス。
やがて地の底にて見えてきたのは、無数の小さな渦が寄り集まって出来た巨大な黒いドーム。
ゼニスの翼がすべてを照らす日輪とするならば、眼下にあるのはすべてを飲み込む深淵。
事実、上空より近づいてきた己を照らす光を飲み込むばかりか、周囲の空間をも歪ませている。
黒いドームに向かってゼニスが声をかけた。
「ワルド、もうよい。術を解きなさい」
しかしドームは変化することなく、中から返事もない。
そこでゼニスが四枚の翼をのばし、黒いドームを撫でる。
光翼が触れたはしから、黒の表面が消しゴムでこすられたかのようにして、消し崩れていく。
黒いドームが取り払われて、姿を見せたのは「青い心臓」と「赤い心臓」と呼ばれる二つの石碑に、全身に巻かれた黒い包帯を脱ぎ、白い仮面をはずし素顔となっていた第三の聖騎士ワルド。
だが様子がおかしい。
目、耳、鼻、口、どころか全身の裂傷から血を流しており、意識はなく、どうして立ち続けていられるのかが、ふしぎなくらいの状況。
ワルドもまたあの滅びの宴の中で、自身に課せられた「石碑を守れ」という命令に殉じていたのである。
空間を収縮させることでブラックホールような力場を生み出せるワルドの能力。これを同時にいくつも展開させて、迫りくる脅威を亜空の彼方へそらし続けることで、どうにか職務を全うした。だが過ぎたチカラの行使は、そのまま己の身へと跳ね返る。
外見こそは保っているが、こちらもまたグリューネと同様に、その命の火が尽きかけていた。
ワルドの横を抜けて、ゼニスは「赤い心臓」の前に立つ。
自身の腕の中にいるグリューネにやさしい声で話しかける。
「いままでありがとう。ゆっくりとお休みなさい」
声をかけられたグリューネ。彼女の残された蒼い瞳が、じっとゼニスの顔を見つめていた。
彼女の身をゼニスは「赤い心臓」へと押し付けるかのようにして、差し出す。
するとグリューネのカラダがずぶずぶと真紅の石碑内へと沈んでいき、やがて完全に飲み込まれて消えてしまった。
「さて、お次は」と今度はワルドの身を同様に「青い心臓」へと預けてしまうゼニス。
二つの石碑がドクンと脈打ち、赤と青の色味が増した。
その様子に満足げに微笑んでから、地の底よりはるか上空を見上げた第一の聖騎士。
ゼニスが言った。
「さぁ、最期の仕上げです。ずっとそこから見ていたのでしょう? リンネさん。どうかわたしと闘って下さい。でなければ、わたしはあなたの大切にしてる場所も、人たちも、何もかも、この女神イースクロアより授けられた光翼で消し去ってしまいますよ」
宇宙戦艦「たまさぶろう」の艦橋に設置されたモニター越しに、一部始終を見ていたわたしは、ありえない光景の連続に理解が追いつかず「なんで、どうして」とつぶやくばかり。
ルーシーすらもが「あれだけの猛攻をしのいだ? もしかしてあの翼を使って……、そんなバカな」と驚いていた。
しばしの沈黙の後に「こうなったらいま一度、いいえ、今度は全軍をあげて」と言い出したのはルーシー。
でも「それはダメ」と、わたしがとめた。
「なぜですか? あの男は危険です。勇者とも聖騎士とも異なっており、どうにも得体が知れません。ここは全力で当たるべきです」
そう主張するルーシーに「だからこそダメなの!」とわたしは語気を強める。「あの光の翼はマジでやばい。なんかブラックホールみたいなのも容易く消しちゃっていたし。ヘタにみんなで仕掛けたりしたら、たぶんとんでもない数の犠牲がでる」
「ならば徹底的に遠距離攻撃で攻め続ければ」
ルーシーのこの意見にもわたしは首を横にふる。
「それもダメ。たぶんさっきみたいにかき消されるだけだと思う。持久戦に持ち込めば勝てるかもしれないけれども、もしもどさくさに紛れて見失ったら、きっとたいへんなことになる。ルーシーも間近でアイツの目を見たでしょう? あいつはたぶんとっくに壊れている。女神さまだの世界のためだのというお題目や、自分の中の正義、価値観を絶対に信じてゆるがない狂人。散々に尽くしたグリューネの扱いですらもがアレだもの。あの男は殺るといったら必ず殺るよ」
「しかし! しかし!」
なおも食い下がるルーシー。
そんなお人形さんのカラダをひょいと担いだわたしは、自分の膝の上にそっとのせて彼女の耳元でささやく。
「わたしだったら健康スキルがある。万一、あの光の翼が効いて手足がもげたって板チョコをかじれば、すぐに復活できるから」
「それならばワタシたちだって、たとえ壊されたとしても再召喚してもらえれば、すぐに復活できます」
そう反論するルーシーをわたしはギュッと抱きしめる。
「お願いだからそんな悲しいことは二度と言わないでちょうだい。わたしはあなたたちが壊されちゃうところなんて、絶対に見たくないもの。なぁに、本当にヤバくなったら恥じも外聞もなく逃げるし、みんなに『助けて―』って泣きつくから」
「……」
「だからルーシーやみんなには周囲の警戒を頼みたいの。たぶんバンバンぶっ放すことになる。とても周囲に気を配っている余裕もなさそうだし。流れ弾や余波なんかをうまくさばいてほしいの」
背後から抱きしめたままお願いしたら、ルーシーが小さな声で「ずるいですよ、コレは」とぽつり。
主従にてしばらくの間そうしていたら、ついにお人形さんが折れた。
「……わかりましたよ。ただしっ! 形勢が怪しくなったら問答無用で介入させてもらいますから」
「ありがとうね、ルーシー。それからたまさぶろうも、みんなのことをお願いね」
艦橋席の肘掛けを撫でながらわたしが頼むと、たまさぶろうが大きな尾をビチビチ振った。
2
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる