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267 滅びの宴
しおりを挟むゼニスから聞かされた話を要約すれば「姉妹たちが守ろうとした世界に対して、現管理者である女神イースクロアは、とっても複雑な感情を抱いている」ということになる。
あと神さまの社会にもいろいろと苦労があるようだ。
ゴミ問題で殺人事件が発生し、加害者側の家族が重い十字架を背負い、それでも懸命に生きていく。だが待ち受けていたのは更なる悲劇。
どこまでも救いのない話。その舞台となっているのが、わたしたちが住まうノットガルドという世界。
「うわー、女神イースクロアからしたら、わたしたちの世界ってば完全に憎しみの対象じゃん」
「それと同時に、姉妹たちが大切にしていたモノでもありますから、愛しさも多少はあるのかも。いえ、あったらうれしいな? 位でしょうか」とルーシー。
ゼニスは女神イースクロアが世界をキレイにリフォームしてくれると信じ込んでいるみたいだけど、話しを聞いたかぎりではとてもそんな生易しいことではすみそうもない。
きっと完全に建て替える気まんまんだと思う。
べつにそれならそれでもかまわない。
問題は工期中、住人らにちゃんと仮の住まいが用意されてあるのかということ。
「どうおもう?」
わたしは隣にいる青い目をしたお人形さんにこそっと耳打ち。
「どうもこうも、問答無用にて追い出されるだけですめば御の字。最悪、建物ごとグチャっと潰されて廃棄処理されてしまうのがオチでしょう」との悲観的な答え。
うーん。女神さまの気持ちもわからなくはないのだけれども、神々の騒動に巻き込まれたこちらとしては、その煽りで滅ぼされてはたまらない。
というか、悪いのってゴミを捨ててた連中だよね? こっちはけっこうな被害者だよね?
こいつはどうにかして女神さまとコンタクトをとって説得を試みたいところ。
愛憎の愛の部分をチクチク刺激したら、ひょっとしたら考えなおしてくれるかもしれない。
などというチョコレートよりも甘々な希望を抱きつつ、連絡手段についてわたしがゼニスにたずねようとした矢先のこと。
轟音と共に爆発が発生!
建物全体を激しい揺れが襲い、内部を駆け抜ける爆風。
モコモコした羊の毛のような粉塵が、津波のごとく押し寄せてはすべてを呑み込み、視界の一切がたちまち灰色に埋もれてしまった。
リンネとルーシーが、ゼニスより女神にまつわる話を聞いていた同時刻。
お茶会をしていた同階にある給湯室には、二名の人物の姿があった。
給仕から戻ったグリューネ、壁をガシガシ蹴飛ばしながら「あのクソガキ、調子に乗りやがって! なぁにが『茶葉が泣いている』だよ。ムカツク、ムカツク、ムカツク」
キーキーわめいている同胞の姿に冷ややかな視線を向けていたのは、背筋をピンと伸ばして立っている壮健の男。第八の聖騎士ジョアンである。
ゼニスからは「警護はいらない」と言われていたのだが、ジョアンはいつでも動けるようにと自主的にここで待機していた。
ひとしきり汗をかき、興奮が落ち着いたところでグリューネの目に入ったのは、テーブルの上に置きっ放しにされてあった箱。リボンをかけられ、キレイに包装されてあるリンネの手土産。
「そういえば今夜あたりが食べ頃の熟成ハムとか言ってたっけ。どれどれ」
あちらの話は長引きそうだし、当分はお茶汲みの出番もない。
そこでグリューネはリボンに手をかける。
敵から贈られた品だと聞き、「そんなモノを不用意に開けるな」とジョアンが制止しようとするも、わずかに間に合わず。
シュルシュルとほどかれたリボン。勢いのままに開かれた箱。
中身を見てグリューネの目が点となる。ジョアンは険しい表情となった。
どこからともなく聞えてくるのは「カチコチカチコチ」という音。
そして給湯室は閃光に包まれた。
突如として発生した爆発。
身に覚えのあるわたしとルーシーは、そろって「あっ」と小さな声をあげる。
「グリューネのヤツめ、箱を開けやがったな」
「夜まで待てと伝えたのですが……。おおかたつまみ食いでもとか考えたのでしょう。あの女、思いのほかにいやしんぼうさんだったみたいです」
「でも開けちまったものはしようがない。こうなったら予定を早めるよ」
「了解です、リンネさま。ではこちらへ」
ルーシーが亜空間を開け、主従そろって煙にまぎれてドロン。
すぐさま向かったのは、上空にて待機させてあった宇宙戦艦「たまさぶろう」の艦橋。
わたしはどっかと艦長席に座る。
艦橋内の大型モニターに映し出されているのは、ついさっきまで自分たちがいた岩山付近一帯の映像。歪な塔がモクモクと煙を吐いている。
ルーシーはわたしのそばに立ち、すぐさま乗組員たちに指示を飛ばす。
「座標確認。地形、気象情報などを考慮して軌道を再計算。終了次第、ただちに北要塞より大陸弾道ミサイルっぽいロケットペンシルを発射せよ。予定通り、同時発射数は五。これを六度くり返しての波状攻撃にて、敵勢力をアジトもろとも徹底的に叩く」
情報をとれるだけとれたら、あとはまとめて始末する。
これがわたしたちの当初から目論んでいた計画。
本音を言わせてもらえれば、女神との連絡方法など、もう少し絞りとりたかったのだがしようがあるまい。
よもや、あのタイミングで箱を開けるとはね。グリューネのいやしんぼ!
空の彼方より飛来するのは、まばゆい五つの光体。
岩山にほぼ同時に降り立つなり、瞬時に一帯を白く染め上げ、地上に破壊の嵐を出現させた。
炎、風、光の各々が巨大な龍となりて、まるで競い合うかのようにして大地を席巻、蹂躙し、ときには互いに相手を喰い破ろうと牙をむく。
それは滅びの宴。
これが少しばかり落ち着いたかと思われた頃。
ふたたび空には五つの光体の姿が。
狂乱の時間はまだまだ続く。
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