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264 お呼ばれ

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「ちっ」

 お人形さん共々、手紙で指定された場所へと赴いたら、いきなり盛大な舌打ちで迎えられた。
 相手は第九の聖騎士グリューネである。相変わらず出るところが出て引っ込むところが引っ込んでおり、美の化身のごとき姿形を誇るブルネットロングヘアーな女。
 ノットガルドに来てからこっち、いろんなタイプの美人さんを見てきたが、中身はともかく外見だけならば間違いなく不動の第一位。外身の良さの十万分の一でも中身に割かれていたらと思うと、つくづく残念な女でもある。
 心の奥にてマウントを取り、己が内にて猛り狂うひがみちゃんを「まあまあ」となだめて、ニッコリ愛想笑い。
 わたしは失礼な応対を受けても笑顔を崩さず「お招きどうもー」と挨拶をして、「つまらぬ物ですが、どうぞお納めください」と、リボンで飾られた箱をうやうやしく差し出す。
 ひったくるようにして受け取ったグリューネ。「ふん、バカはバカなりに礼儀を覚えたようね。まぁ、いいわ。ところでコレは何?」
「熟成ハムです。お酒のおつまみに最適なのですが、急なことゆえ調整が間に合わず、おそらく食べ頃になるのは今夜あたりでしょうか」なんぞと、ルーシーがウソ八百をシレっとべらべら。
 これを真に受けたグリューネ。険しかった眉間をややゆるめて「あら、気が利くじゃない。雨でも降らなきゃいいんだけど」
 どうやら信じたらしい。
 散々に男どもをたぶらかし手玉にとっては、地獄へと叩き落としてきた悪女も、よもや己がダマされるという感覚には乏しいようだ。しめしめである。うっしっし。

 見上げるほどの断崖絶壁。
 起伏の乏しい閑散とした地のど真ん中に、ぽつんと存在している岩山。
 大地のヘソのようなこれが、単一の巨大な岩だというから驚きだ。
 そして外部から内部へと入るには、その岩壁沿いに削られた階段をえっちらおっちら登る必要があると聞かされて、わたしは「ごめん。急に用事を思い出したから、今日のところは失礼するよ」と回れ右。
 しかし逃げられない。
 背後からガシっとグリューネに肩を掴まれてしまった。

「ゼニスさまからお呼ばれしておいて、直前で約束を取り消すなんてマネ、許すわけがないでしょう」

 しぶしぶルーシーを抱き上げると、わたしは階段を登り始めた。
 何故だかわたしが先頭で、案内役であるはずのグリューネがあとからついて来る。
 先ほどの逃亡未遂にて、すっかり信用を失くしてしまったみたい。
 前方には延々と続く階段。たぶん千段ぐらいはあるかも。そして背後からはトゲトゲした殺気混じりの視線。
 居心地の悪いことこの上なし。
 気まづい沈黙と、重苦しい空気の中で、ひたすら足を動かし上を目指す。
 おのれ……招待しておいての、この仕打ち。あとで目にもの見せてくれるわ。
 なんぞと考えているうちに、視界の先にて階段が途切れている。やれやれ、ようやくゴール地点が見えてきたか。

「ふぅふぅ、なんたる苦行。わたしは修行僧になった覚えはないぞ」
「おつかれさまです、リンネさま。そしてたいへん恐縮なのですが、アレは中間地点のようにて、つづら折りにてまだまだ続くみたいです」

 ルーシーさんの言う通り。
 うねうね折れ曲がりながら上へ上へと伸びている階段の姿が!

「うそーん」

 わたしがおもわず叫ぶと、その声が木霊して岩山が良い声で鳴きやがる。それがたまらなく虚しい。
 だがしかし、わたしはついに掴んだぞ。グリューネの美ボディの秘密を!
 こんな場所をちょくちょく行ったり来たりしていれば、そりゃあケツ筋が鍛えられて尻もあがれば、腰もくびれるわ。
 過度の運動、適度な食事。美は一日にして成らず。
 日々のたゆまぬ努力の賜物なり。



 ようやく階段地獄が終わったときには、岩山の上部付近に辿りついていた。
 そこから内部へと伸びた通路に入る。
 長い廊下をこれまたうねうね。そして再び階段が目の前に出現。でもこれまで登ってきたのとはちがい、学校の階段のように平らで長方形のキレイな段々にて、しっかりとしたモノ。
 ここから地下へも降りられるそうだが、今回は上へ。 
 外階段とはちがって、こちらはそれほど段数はなく単なる階層移動用。
 五つほども階を移動したところで、岩山のテッペンに到達。
 が、そこからテッペンにあった歪な塔内へと場所を移し、またぞろ歩くハメに。
 うんざりするほど足を動かし、やっと着いたお茶会の会場は、歪な塔の最上階にあった殺風景な部屋。
 庭とかに置いておくような、丸テーブルとイスのセットが、広い室内にポツン。
 おもてなし精神なんぞ欠片も見当たらない。そこいらに落ちてあるのは、吹きっ晒しの窓から入り込んでいる砂ぼこりばかり。
 なのに出迎えた銀髪の長身男は、満面の笑みを浮かべている。

「ようこそ。こうして貴女と顔を合せるのは初めてですね。わたしはゼニス。聖クロア教会の大司祭にして、第一の聖騎士をしている者です」

 滑舌爽やかにして、流れるように自己紹介をしたゼニス。あまりにも自然な態度にて、差し出された手をわたしはつい握ってしまう。
 以前に隠し撮りされた映像では見たことがあったけれども、実際にこうして対面してみると印象がかなり異なる。
 知的で温和で端々が洗練されており品がある。こんな司祭に諭されたら、田舎のヘンクツジジイでも即転んで改宗してしまいそう。でも……。
 わたしは自分が感じている違和感に困惑している。なんだ、こいつは?
 聖騎士たちはみんな大なり小なり独特の圧力や気配を身にまとっており、勇者とはちがう異質さ、異物さが感じられた。
 なのに第一の聖騎士を名乗るゼニスからはソレが感じられない。
 周囲に埋没するかのように気配が薄い。でも影が薄いとかではない。むしろ存在感はかなり強い。なのに輪郭がどうにもぼやけているような気がして、全体像が掴めない。
 わたしと似たような印象をゼニスに抱いたのか、ルーシーがとても小さな声でぽつり。

「まるで半紙に落ちて滲んだ薄墨のような方ですね」と言った。


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