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258 ポリブクロの辞書

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 本日はロボ子くらげこと異星の若き女王オハギを連れて、リスターナの主都を視察。
 彼女にとっては異国の地にて、見るもの聞くもの珍しいらしく、あっちキョロキョロ、こっちフラフラ。
 けっこう大きなホログラムで盛大に宣戦布告をしたわりには、都民たちの反応はにぶい。多少の物珍しげな視線を向けてくるだけ。
 これは実害が一切なかったことと、ノットガルドの各地で紛争が続いているおかげっぽい。
 ようは、くっついたり、別れたり、敵対したり、仲良くしたり、ケンカしたり。
 いろんな種族や国が乱立している世界ゆえに、モメるときはモメる。終わったらサクっと忘れる。よっぽど極悪非道なマネでもしない限りは、ノーサイドとまではいかないまでも、少なくとも表面上は水に流す。
 体面とか禍根にいつまでも関わってなんていられない。
 余裕のない辺境ならではのモノの考え方、培われた風土に救われた格好だ。でなければのんびり街ブラなんて、とてもとても。

 そんなオハギは先ほどから「うまうま」言いながら、買い食いばかりをしている。

「カネコ焼きもウマかったコッコ。だがこのチョコソフトクリームは、もはや食の芸術品にて、いくらでもドンとこいだコッコ。ぜひとも交易の品目に加えて欲しいコッコー」
「はいはい。それはいいけどさ、あんまり調子にのってるとお腹を壊すよ」
「だいじょうぶだコッコ。我がパームレスト・エース・レノボニック・クリンクリン・ポリブクロの辞書に腹痛という文字は存在しないコッコ。それよりも次はチョコミントアイスも試すコッコ。あとこれはあくまで市場調査コッコよ。女王としてのお仕事コッコ。だから仕方がないのだコッコー」
「へいへい。そういうことにしておいてあげる」

 わたしは適当に返事をしてから、最寄りの屋台に立ち寄り女王さまご所望の品を購入。
 そこに「おや、ははうえサマーではないか? 復活なされたのか」と声をかけてきたのは、黄色いオッサン。「佳人薄命、かじんはくめい。だからリンネはながいきするさー」
 ムカッ。ひさかたぶりに顔を合わせるなり、相変わらず失礼なヤツだな。
 だがわたしはいま接待に忙しい。だから大目にみてやる。いちおうはちゃんと七つの約束を守っているみたいだしな。
 二言三言だけ言葉を交わし、別れてわたしは女王のところへ。

「ほらよ。チョコミントお待ち」

 差し出されたアイスを受け取るオハギ。
 しかしあろうことかポロリと落としてしまう。

「あー、もったいない! 何やってんだよ」

 食べ物を粗末にするなと文句を言おうとしたら、女王オハギは何やらぼんやりとしており、明らかに様子がおかしい。
 わたしのことなんてまるで眼中に入っていない。
 ただ一点だけを真っ直ぐに見つめている。
 いったいどうしたのかとその視線を辿れば、そこにいたのは黄色いオッサン。
 うーむ。やはり異星人の目からみてもショッキングであったか……。なにせ下腹部に葉っぱ一枚だしな。うら若き乙女ならば悲鳴の一つや二つあげてもおかしくない破廉恥な姿。
 仮にも相手は一国の女王さま。お目汚しをしてしまった手前、謝っておくべきであろう。
 なんぞとわたしが殊勝なことを考えていたら、オハギはとんでもない言葉を口走った。

「なんとまばゆく凛々しいお姿コッコ。よもや母星を遠く離れた星々の彼方で、このようなステキな御方と巡り会えるとは思わなかったコッコ。モロに好みのタイプだコッコ。これは運命だコッコ。父上、母上、オハギはついに理想の殿方を見つけましたコッコー」

 女王さま、まさかのひと目惚れ宣言!
 しかも、よりにもよってお相手が黄色いオッサン!!
 ところ変われば文化もモノの見方も価値観もガラリと変わるとはいうけれど。いったい誰がこんな事態を予想しえたであろうか。
 なんだかとんでもないことになってしまった。
 ……と思ったんだけど、アレ?
 よくよく考えてみたら、これはひょっとしてわたしにとってもいい話なのではなかろうか。
 だって、オハギと黄色いオッサンがくっついてくれたら、両国の親善には最上。ついでにお持ち帰りしてもらって、リスターナの景観も良くなり、わたしも母親の責任から完全に開放されてイエーい。
 アレを連れ帰った結果、オハギの母星が危機的状況に陥るかもしれないが、あっちにもそれなりにデキる大人たちがいるはずなので、きっとだいじょうぶ。
 極めて利己的な思考にて、わたしは早々に方針を決定。
 もみ手にて「さすがは女王陛下、お目が高い」とオハギをヨイショしてから「あの者はノットガルドにて唯一無二の存在。本来であればおいそれと放出してよい者ではないのですが……、わかりました。わたしも及ばずながらお手伝いをさせていただきましょう」
「本当コッコ? リンネはとてもいいやつコッコ。この恩は一生忘れないコッコー。想いが成就したあかつきには、母星の神殿にリンネの像を飾り、その献身ぶりを後世にまで伝えるコッコー」

 わたしの応援表明に女王オハギ感激。
 しめしめウマくいったぜ。
 それにしてもパームレスト・エース・レノボニック・クリンクリン・ポリブクロの辞書に腹痛という文字は存在しないとか言っていたけれども、恋愛の文字はしっかりとあったんだな。
 べつにそれは悪くないんだけど、美醜の感覚に致命的なズレがあるのが、ちょっと心配。
 彼らとの交易、だいじょうぶなのかなぁ。


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