わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝

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256 青い瞳の憂鬱

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 ひさしぶりにルーシーを伴いカネコカフェに顔をだしたら、わらわらとカネコどもに群がられて、もみくちゃにされる。
 一つ目と出っ歯が特徴的なネコ型種族たちが、長い尻尾をうねうねさせてはまとわりついてくる。もっともカラダのサイズはトラ並なので、「モフモフいえーい!」などと楽しむ余裕はなく、ただただ苦しい獣毛地獄。
 おーおー、そんなにわたしのことを心配してくれていたのかと感激しかけたけれども、よくよく話しを聞いてみるとちがった。

「起きてよかったにゃん」
「リンネが寝ている間、まるで生きた心地がしなかったにゃん」
「みんなピリピリしてるから、超こわかったにゃ」
「やさぐれ人形たちが、おっかなかったにゃん」
「目を合わせたら、きっとヤラれていたにゃん」
「うかつなことを言ったヤツは、バリカンで五分刈りにされてたにゃ」
「アレはむごすぎるにゃん」
「知り合いはトラ刈りにされていたにゃ。アレはちょっとイケてたにゃん」
「ストレスで寿命が半日は縮んだにゃん」
「寝る子は育つはウソにゃん。ちっともリンネの胸が育ってないにゃ」
「いいや、ちゃんと育ってるにゃん。ふてぶてしさが二割マシにゃん」
「破廉恥度もしっかり育ってるにゃ」
「かつてはそこはかとなく漂っていた破廉恥が、いまやアリアリにゃん」
「にじみ出る破廉恥パワーが全開にゃん」
「スーパー破廉恥の誕生にゃ」

 どうやらわたしがちっとも目覚めないから、ルーシーを始めとしたリンネ組全体がイライラして雰囲気があまりよくなかったようだ。
 図々しく他人さまの食卓に紛れ込み、堂々と夕食を平らげるカネコたちですらもが、ビビって敬遠していたということは、よっぽどであったのだろう。
 そいつはすまなかった。身内が迷惑をかけたな。
 が、最後の方の「破廉恥」連呼は許さん!
 誰が破廉恥顔じゃ!



 蜘蛛の子を散らして逃げるカネコたちを、「ウンガー!」とわめきながらホウキ片手に追いかけ回すリンネ。
 カネコカフェに遊びに来ていた子どもたちも、これに混ざって「わー」「きゃあ」言いながら、いっしょになって元気よく笑いながら駆け回る。
 なにがなにやらよくわからない状況を尻目に、いつの間にか避難していたルーシー。施設内のイートインスペースのテラス席にて、女主人の様子を眺めていた。

「あの分では、もう大丈夫そうだね」

 お人形さんに声をかけたのは、カネコカフェの運営を任されている三人娘ジミンズのうちの一人。

「ええ、チエさんにもずいぶんとご心配をおかけしました」

 ルーシーに深々と頭を下げられて、チエはあわてて手をふる。

「よしてよ。うちらこそミヨやメグともどもまとめて面倒を見てもらっている身なんだからさ。むしろこっちがいくら頭を下げても下げ足りないぐらいなのに。それにこうして勇者である私たちが安心して過ごせているのも、ルーシーたちが守ってくれているおかげなんだから」

 異世界渡りの勇者はダブルチート持ち。
 裏社会での市場価格は高騰しており、それを目当てにつけ狙う輩も多い。
 ゆえに所属不明のノラ勇者は、格好の餌食となる。しかしこのリスターナでは、そんなマネは許されない。不心得者どもは国境でシャットアウト。よしんば運よくもぐり込めたとて、厳重な警備網に引っかかって即御用。もしくは秘密裡に処理される。
 チエが感謝を述べていたのはこのことであった。

 ルーシーとチエはしばし歓談しながら、リンネがはしゃぎまわっている姿を見つめていた。
 会話の中でチエが何げに口にした「リンネちゃんは果報者だね」という言葉。
 これを耳にしたとたんに、ルーシーが急に黙り込んでしまう。
 どうしたのかとチエが怪訝な表情を浮かべると、青い目をしたお人形さんが「本当にそうなのでしょうか?」とぽつり。

「たしかにはたから見れば、お気楽極楽にて、毎日わりとご機嫌に過ごしているように見えます。でもそれは健康スキルの作用に頼るところが大きいのです。健康という文字のイメージからは、いいことだらけのように感じられるかもしれませんが、アレはそんな生易しいモノではありません。アレは人を人ではない別の何かに押し上げるモノ。リンネさまには毒も攻撃もまず通じません。本来であれば食事もオヤツもお茶も睡眠すらも必要ありません。生命体が生きるために必要なすべてが不用。確かに笑うことはあります。泣くこともあるし、怒ることもあります。ですがそれも一定の範囲内にてのみ。健康ゆえに、範囲を大きく逸脱することがない。これがどういう意味だか、チエさんにはおわかりになりますか?」

 ルーシーからの問いかけにチエは首をふった。

「狂ってこその恋と申します。でもそれほどまでに誰かを本気で好きになることがない。おそらく本当に大切に想っている存在を失えば、涙を流し嘆き悲しみはするのでしょう。でもそれとてもやはり一定の範囲内に収まったまま。人の心というものは、本来は喜びに狂い、怒りに狂い、哀しみに狂い、楽しみに狂うもの。感情の爆発があるからこそ、心は激しく躍動するのです。わずかな瞬間とはいえ、解き放たれるのです。ですがリンネさまにはソレが許されない。あの方はずっと健康スキルという鎖に繋がれたまま」

 健康であるがゆえに、精神が安定している。
 トラブルに見舞われるたびに、オロオロと動じている風に見えるけれども、それは長年の経験にてカラダに染みついた条件反射のようなもの。
 狂うことすらも許されない生が、果たして本当にしあわせなのか?

「もっとも、リンネさまがその鎖から解き放たれたのならば、ワタシたちは完全に用済みになってしまいますけれどね」

 完全無欠の高レベル生命体。
 良くも悪くも健康スキルにて健全。逸脱しないがゆえに、その内包されているチカラが真に振るわれることもない。
 たとえ当人が全力全開だと信じ込んでいても、しっかりとブレーキがかかっている。
 だが何ごとにも絶対はない。
 もしもそのブレーキが耐えきれずに、ついに壊れてしまったら?
 ……などという話をされて、チエはおもわずゴクリと生唾を飲み込む。
 彼女の様子にくすりと笑みを浮かべた青い目をしたお人形さん。

「少々お喋りが過ぎたようですね。今の話はどうか忘れて下さい。それでは、ワタシはこれにて失礼します」

 ルーシーはペコリと頭を下げると、カネコたちの逆襲にあって、お手玉にされ宙をぽんぽん跳ねているリンネの下へと向かって歩き出す。

「そういえば『女神に会心の一撃を入れるために』って、やたらと熱心に戦力増強をしているけれど、もしかして本当は……」遠ざかってゆく小さなカラダを見送りながら、チエはおもわず身震いをしつつ「いや、さすがにそれは考え過ぎか」とつぶやいた。


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