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236 ごちそう

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 勇者の国の都。
 規模こそは街に毛が生えた程度ながらも、内部には平屋や二階建ての建物が並んでおり、それなりに体裁は整っている。
 なのに、人っ子ひとりいやしない。
 通りに立っていると、ゴーストタウンに迷い込んだホラー映画の主人公にでもなったような気分にさせられる。
 いや、隣に動くお人形さんを連れている時点で、わたしもおどかす側か。
 どおりでいつまで待っても過保護なイケメンヒーロー役があらわれないわけだ。
 などと自虐しつつ、周囲をキョロキョロ。

「これは……、いくらなんでも静かすぎる。すでに狩られたあとかな」
「わかりません。しかし戦いの痕跡らしきものがまるで見られないのは妙です。いくら犯人が身内で油断しているからとて仮にも勇者、みんながみんなあっさり殺られるとは思えません。またあっさり殺られたとしても、心臓をえぐり出せばけっこうな出血が起こります。血の跡とかニオイというものは、アレでやっかいでして」

 わたしとルーシーは用心しつつ、通り沿いに奥へと向かう。
 目指すのは中央にある一番大きな建物。えらい人がいるところって、たいていそうだから。
 が、そこにも人影はなし。
 かわりに地下へと続く階段を発見したので、降りていく。

「上とはずいぶんと造りがちがうね」
「おそらく元からあったのを利用したのでしょう。こちらは魔法により処置が入念に施されていますが、形式はかなり古いです。やたらと頑強そうですので、もしかしたらここが旧王城地下にあったシロモノなのかもしれません」

 ここがウワサの発掘されたという地下金庫。
 なるほど、このシェルターばりの深さと強度ならば、あの主都を消滅させた爆発にも耐えうるか。
 らせん状に続く階段の先には、地の底を這うように真っ直ぐに伸びた廊下。
 その最奥には大きな扉にて、いかにも「宝物庫ですよ」と言わんばかりの面構え。
 扉の向こう側からは気配があったので、わたしとルーシーはすぐさま臨戦態勢を整える。

 タイミングを合わせて、わたしが扉を開く。ショットガンを手にしたルーシーが先陣を切って室内へ飛び込む。
 わずかに遅れてわたしも突入。
 扉の裏側にいたのは二人の男。
 いきなりトテトテと駆け込んできたビスクドールに目を奪われ、すっかりそちらに意識が向いているところを、「スキあり」と前腕式警棒二刀流が炸裂。油断しているところをゴンガン。横っ面をまともにぶん殴られて、男たちはあっさり沈黙した。
 見事に連携が決まり、わたしとルーシーは「いえーい」とハイタッチ。

 それでもってわざわざ見張りを立てていた理由は何かといえば、室内には拘束具をつけられて、床に転がされている男女らが十二名ばかり。
 なお、いましがたぶちのめした男二人を含めて、全員が異世界渡りの勇者である。
 そんな中にあって、一人だけ座禅でも組むかのような姿勢で、静かに佇んでいる男がいた。
 ガッシリした体格の男にて、彼がゆっくりと閉じていた瞼を開き、こちらに鋭い眼光を向けてくる。
 勇者ですらも身動きが封じられ、チカラが抜けてぐんにゃりとなり、意識を保つのも困難な拘束具。
 なのに、この不敵な態度。こいつはただ者じゃない。
 それを見てわたしはピンときた。

「ひょっとして、あんたがリーダーのサキョウ?」
「いかにもオレがサキョウだ。ただし『元リーダー』だがな。そういうキミはいったい誰だ。見ない顔だが」
「わたしはリンネ。サクラに頼まれて、ここまで来た」
「サクラに? そうか、彼女は無事に逃げおおせたのか……、よかった。頭に血がのぼったバカどもにケガを負わされたと聞いていたから、心配していたんだ」

 ほっとした表情を見せるサキョウ。その態度にウソはなさそう。
 というか、先ほどの「元」とかいう発言がとっても気になるのだけれども。
 で、拘束具をちゃきちゃき外しつつ、サキョウに事情を問えば、ことの発端はサクラの逃亡にあるそうな。
 イツキはしきりに「裏切り者を狩れ」と仲間たちを扇動した。
 すべては自作自演なのだが、それを知る由のないみんなは、疑うことなく与えられた情報を鵜呑みにし、これに従い行動を起こす。
 だがサキョウは違和感を覚えた。それはこの場に集められて転がされていた他の連中も同じ。
 だから以降、ことあるごとに異を唱え対立することになるのだが、結果として組織を二分することになり、ついには「裏切り者を庇うのか!」と責められ、「弱腰のことなかれ主義」とののしられ、大勢の支持を失い、リーダーの地位を追われることになってしまった。
 そして代わりにリーダーの座にまんまと収まったのがイツキ。

「しばらくの間、そこで頭を冷やせ」

 もっともらしいことを言って、新リーダーは自分の思い通りにならない連中に拘束具をつけ、まとめて地下室に放り込む。
 これにはさすがに「少しやり過ぎなのでは」という意見が仲間内からあがるも、その声はイツキにひとにらみされて、黙らされてしまったという。

 説明を終えたサキョウは「ところで地上はどうなっている?」と逆にたずねてきたので、わたしはサクラから聞いたこと、これまで見てきたこと、自分が知っていることをすべて話した。

「そんなバカなっ! あのイツキがそんなことを? とても信じられない……、しかし」

 困惑し愕然としているサキョウ。
 ここのところのイツキの豹変ぶりに、不信感は募らせていたものの、まさかそこまでとは思いもよらなかったのであろう。
 全身全霊をかけて取り組んできた建国の夢。そのすべてが仕組まれた虚像。
 まさしく驚天動地にて、ずっと欺かれイツキの手の上にて踊らされていたなんて真実、あっさり受け入れられるものでもない。

「もしも、もしもその話が本当だったとして……。ならば、どうしてイツキはオレたちを生かしておくんだ? 拘束具をつけた状態ならば、労せずして目的を果たせるだろうに」

 友を信じ、仲間を信じ、同士を信じ、一縷の望みが込められたサキョウの言葉。
 大きくて、頼り甲斐があって、信義に厚くて、夢に向かってどこまでも真っ直ぐ。
 ほんのちょっと接し言葉を交わしただけでも、彼を見ていれば、みんながリーダーと認めて、ここまでついてきた理由がよくわかる。ショウキチもきっとこんな男が率いていた集団だからこそ、己の命運を託したのであろう。
 だがそれすらもがイツキの計算のうち。
 こんな男だからこそ、サキョウは夢の旗頭に選ばれた。選ばれてしまった。
 酷だけれども、わたしは彼に伝えなければならない。
 その目を覚まさせるためにも。例え傷つき心がへし折れようとも、ふたたび立ち上がってもらうために。
 いったん目を閉じ深呼吸をしてから、わたしは意を決し、できるだけ抑揚のない声にて告げる。

「どうして生かしておくのかって? それはあなたたちがイツキにとって、とっておきの『ごちそう』だからだよ」


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