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230 逃亡
しおりを挟む暗闇の中、大地をイカズチが駆ける。
だがそれも長くは続かない。
青白い閃光は次第に弱まっていき、ついにはプツリと消えてしまう。
「はぁはぁはぁ」
肩を激しく上下し、汗だくにて息も絶えだえなのはサクラ。
痛みにて顔をしかめ、おもわず左腕を抑える。
その左腕は老婆のように細く、枯れ枝のようになっていた。
イツキの放った水蛇の攻撃を受けて、部分的に水分をぬかれてしまったのだ。
サクラのギフトは「雷帝」にて、これはイカヅチを操るモノ。
強力ではあるが扱いがムズかしく、消費魔力も多くて燃費があまりよくない。
スキルは「避雷針」にて、自分のギフトで自滅しないためのモノだが、周囲がそのかわりに被害を受ける。
足下にイカヅチをまとい、一時的に移動速度をあげて、どうにかここまで逃げてきたけれども、ついに魔力切れを起こしてしまった。
だからとて立ち止まるわけにはいかない。
命懸けで逃がしてくれたショウキチのためにも。
別れ際に彼は言った。
「いまはとにかく逃げろ。そしてなんとしてもリスターナにいるリンネという女勇者に会ってくれ。彼女ならばきっとチカラになってくれるはずだから」と。
かなり距離は稼げたけれども油断はならない。
おそらくすぐに追手がかかる。
追ってくるのは仲間であるはずの異世界渡りの勇者たち。
いくら真実を口にしたとて、みんなイツキにダマされているから、きっと自分の話には耳を貸してくれないであろう。
つい少し前まで、ともに夢を語りあい笑いあっていた仲間たちが敵となる。
信じていた絆も未来も、何もかもがあっさりと裏返ってしまった。オセロのようにパタパタと白から黒へと。
改めて自分の置かれた状況を考えると、怖さでカラダが震え、カチカチと歯が音を立てるのを止められない。
おそろしさのあまり、いっそこの場でしゃがみ込み両の耳を塞いでしまいたい。
けれどもそれは許されない。もしもここで自分が諦めてしまったら、本当にすべてが終わってしまうから。
いまはショウキチの言葉を信じて、リスターナを目指す。
そのためにサクラは魔力切れと疲労、緊張で重くなった足を引きずるかのようにして、暗闇の中を歩き続ける。
戦いのあとの静寂の中。
四肢を投げ出すような格好にて、木にもたれていたのはショウキチ。
その左腕は肘のあたりから千切れ、少し離れたところに転がっていた。
胴体部分にはいくつもの穴が開いており、溢れでていた血は勢いを失い、そろそろ尽きようとしている。
目は見開かれたままにて、呼吸はすでに止まっている。
しかしその死に顔は「ざまあみろ」と言わんばかりに不敵に笑っていた。
これを見下ろし、忌々しそうに舌打ちをしたのはイツキ。
彼もまたカラダのあちこちに怪我を負っているものの、その傷口はゆっくりと閉じられつつあった。
「ちっ、手間をかけさせやがって。まさか『影喰い』や『水蛇』だけじゃなく、ホノカからもらった『光束』まで使うことになるとはね。あげくに怪我までさせられて『回復』まで発動してしまった。これはショウキチの実力を少々侮っていたかな。森に逃げ込まれたせいで手間取ってしまったし、ずいぶんと魔力も消費させられてしまった。いくらボクでもこのまま逃げたサクラのやつを追いかけるのは、さすがにちょっとシンドイかな……。しょうがない、そっちはみんなに任せるとしよう。どうせ『裏切り者の犯人が逃げた』とでもいえば、目の色を変えて追いかけてくれるだろうし。とりあえず尋問したいからとでも口実をもうけておけば、生きて引きずってくるだろうから。でも、まずは」
イツキは影喰いの能力を発動し、黒いケモノモドキを出現させると、いつものように処理させる。ただし、これまで以上に入念に遺体を破壊させた。それは光束の痕跡を誤魔化すため。レーザーのような光線による傷跡は独特の貫通痕となるので、素人目にも判別がしやすいから、万が一を考えての用心。
まだ温もりの残るショウキチの心臓を手にしたイツキは、これにためらいなく口をつけると、まるでリンゴでもかじるかのようにして食べていく。
「味はまぁまぁかな。それだけギフトが成熟しているってことだけど、ショウキチのくせに生意気な。それにしても何を満足げにヘラヘラしているんだよ、コイツは。殺されたってのに、あたかも自分の勝ちだと言わんばかりに、どうして笑っていられるんだ?」
頬張った心臓にて口をモグモグさせながら、イツキはふしぎそうに首をひねりつつ、物言わぬショウキチのカラダを軽くつま先で小突いた。
すべての準備をきちんと整えてから、イツキは仲間たちにウソを吹き込む。
これまでの事件の犯人はサクラにて、彼女は某国のスパイ。
ホノカたちは、そんな彼女の正体に気づいてしまったがゆえに殺害された。
ショウキチもまたサクラの協力者にて、だからこそいくら探索していても何ら証拠を見つけられなかったのである。なにせ探索している当人が犯人とグルであったのだから。
そんなショウキチもサクラにいいように利用されて、結局、最後には使い捨てられてしまった。
じつは以前より自分はホノカから「サクラの様子がおかしい」との相談を受けていて、密かに気をつけて内偵を進めていた。
しかし十分な確証が得られるまではと慎重を期していたら、その間隙を突かれて、サクラは凶行に及ぶ。
すべては「仲間を信じたい」という自分の甘さが招いた判断ミスだった。すまないと頭を下げるイツキ。
最古参にして組織の中心人物からもたらされた情報。
殊勝な態度と、もっともらしい説明、そろっている状況証拠などから、説明を受けたみんなはコロリとダマされた。
長らく続いていた緊張状態に加えて、これまでに溜まっていたうっ憤や恐怖からの反動にて「裏切り者めっ!」との憎しみの感情を一気に爆発させる。
これをサクラへと向けることに成功したイツキは、内心にてほくそ笑む。そしてみんなの頭に血がのぼって、冷静な判断ができないうちに声高に言い放つ。
「サクラはショウキチの口を封じて逃げた。だがまだそう遠くには行っていないはずだ。なんとしても捕まえてホノカたちの仇をとろう。ただし彼女にはまだ聞きたいことがあるから、殺さずに連れ帰ってくれ」
イツキの号令にて、「裏切り者を狩れ!」と鼻息も荒く、方々に散って駆けだす勇者たち。
そんな興奮する周囲からは、少し距離を置いていたのはサキョウ。
一人暗がりに身を沈めるような格好にて、厳しい視線をみんなを扇動するかのような行動をとるイツキに向けていた。
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