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229 裏切り者

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 ホノカの遺体の口の中に残されてあった小さなボタン。
 そのことをあえて誰にも話さずに、一人胸に抱えていたショウキチは、そのボタンの持ち主の行動を密かに監視するようになる。
 表面上はいつもとまるで変わらない。あまりにもふだん通りゆえに、とても凶行を行った直後のようには見えず、「これは自分の早とちりだったか」とショウキチが考え始めた矢先のこと。
 動きがあったのは、ホノカが死んでから二日後。
 夜更けに表へと連れ立って出ていく男女。
 男が先導し、女がそのあとに黙ってついて行く。
 そんな彼らをショウキチがこっそりと尾行する。

 男女は夜警に立つ仲間らの目を避けるかのようにして、ずんずんと暗がりへと向かっていく。
 ねんごろのカップルが逢引場所を求めて、彷徨っているように見えなくもないが、「それは絶対にありえない」との確信がショウキチにはあった。
 なぜなら女の方はサクラであったから。
 彼女はホノカの親友にして、遺骸に抱きついて泣き叫んでいた子。そんな子がこのタイミングで男としけ込むなんてこと、さすがにありえない。

 資材置き場の裏手にて、ようやく男女は止まった。
 物陰に隠れて、様子をうかがっているショウキチの耳に聞こえてきたのは、女が男を激しく問い詰め叱責している声。

「あの晩、ホノカは確かにあんたに会いに行くって言って出かけたんだ。なのにどうして『知らない』なんてウソをつくの? もしかしてあんたがホノカを!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ、サクラさん。キミは誤解をしている。ボクは……」
「うっさい、うっさい、うっさい! 返してよ、サクラを返してよ! この人殺しっ!」

 興奮のあまりヒステリーを起こしているサクラ。
 そんな彼女に手を焼いている男は「まいったなぁ」と頭をかきつつ「でも、まぁ、いいか。どうせキミの『雷帝』もいずれはいただく予定だったし。本当はもう少し育ってからの方がよかったんだけど」
 その瞬間、男の雰囲気がガラリと変わった。いつもの温和さが消し飛び、まるで別人のよう。
 しかし怒りにて我を忘れているサクラは、相手の豹変に気がついていない。
 男が女に向けて静かに手をかざす。
 手の動きに呼応して、彼女の背後の闇がとたんに濃くなり、中から音もなくのそりと姿をあらわしたのは、一頭の黒いケモノの形状をした何か。
 生き物と呼ぶにはあまりにも薄く、のっぺりとしており、まるで影絵のよう。
 そいつが大きな口を開けてキバをむき、サクラへと襲いかかろうとしていた。
 このままでは危ないと判断したショウキチ。「そこまでだ!」と声をあげ、物陰より勢いよく飛び出す。即座に左手に魔力を集中しギフトを発動。
 手に握られた蒼弓より放たれた青い矢が、黒いケモノを貫き、吹き飛ばす。
 そこでようやく己の背後の異変に気がついたサクラ。いままさに自分が親友と同じ目に合わされそうになっていたことを知り、「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 蒼弓をかまえたままの臨戦態勢にて、狙いはピタリと男に合わせる。
 ショウキチは怯えるサクラを下がらせ、庇うかのようにして前に立つ。

「なぜだ、なぜホノカを、他の仲間を殺した? 答えろ、イツキ」

 勇者の国設立、その夢を始めた最古参のメンバーにして、リーダーであるサキョウを陰日向に支え続けてきた女房役の男。それが裏では苦楽を共にしてきた仲間を殺めて、無残にも死体を弄び、心臓をえぐり出している。
 もしかしたら何かやむにやまれぬ理由があるのかもしれない。
 いや、たとえどんな理由があろうとも、許されることではない。それでもそこに一縷の望みを抱かずにはいられないショウキチ。せめて何がしかの事情があって欲しい。そんな淡い想いが込められた彼の問いかけ。
 それに対してイツキはこう答えた。

「なぜって、バカだなぁ。もちろん必要だからだよ。うっかりホノカに血で汚れたマントを見られてね。あんまりうるさいもんだから、つい殺しちゃった」
「つい、だと? おまえはそんな、そんな理由で、ずっとつるんできたダチを殺したのか」
「そうだよ。ちょっと予定より早まったけれども、どのみちいずれは殺すつもりだったし。キミをはじめとするここに集まった全員が、なにか勘違いをしているみたいだけど。そもそもの話、勇者の国計画自体が、ボクのためにボクが立案したものなんだから。もちろんボクの、ボクだけの夢の実現のために。なのにみんな本気になっちゃってさ、おかしいったらないよ。毎日どれだけボクが笑いをこらえるのに必死か、キミたち知らないでしょう」
「そんなバカな! おまえはさっきから、いったい何を言っていやがる」

 イツキのあまりにもヒドイ言い草に、声を荒げずにはいられないショウキチ。

「残念だけど本当のことさ。まぁ、信じたくないのならばべつにかまわないけど」

 すべての前提が狂っている。
 信じてきたものがすべて虚像。
 そう言われて「はい、そうですか」と納得できるほうがどうかしている。それすなわち、これまで仲間と共に過ごした時間や行動のすべてを、否定されたのと同じことだから。
 ショウキチは動揺を隠せない。あまりのことにサクラも「この人は何を言っているのか」とポカンとした表情。
 イツキは「ふぅ」とタメ息をひとつ。「それにしてもキミといい、ホノカといい、サクラといい、本当にイヤになっちゃうよ。これだから勘がいいヤツや、お節介なヤツは嫌いなんだ。それにあれだけ『内緒で』と言ったのに、会うことを友達にもらすんだから。だから女の口は信用がならない」

 その言葉が終わるのと同時に、あらたに四体の黒いケモノモドキが出現。
 ショウキチは動揺しつつも冷静に対処。四連撃を放ち、これを瞬殺。
 しかしそのときにはイツキの姿は目の前から消えており、彼は少し離れたところにある資材の山の上に立っていた。

「いやはや、何度見てもほれぼれする腕前だねえ。それにその蒼弓、やっぱりカッコイイや。武器系統のギフトは扱うのが特にムズかしいから、めんどうだしどうしようかと思っていたけれども、目にすると欲しくなるねえ。うん、決めた! ついでだしボクのコレクションにもらっておくとしよう」

 ショウキチとサクラを見下ろしているイツキの口角がにゅうっとあがり、転んだ三日月のような形になる。
 それはとっても禍々しい笑み。
 イツキの手の平より、水が湧き出し、すぐさま白いヒモ状の形態となる。
 ショウキチは目を見開き、「なっ、どうしてお前が水蛇をっ!」と叫ぶ。
 水蛇とはギフトの一種にて、カラダが水でできたヘビを召喚するチカラ。伸縮可能なカラダにて、相手を呑み込み溺れさせたり、体内の水分を吸収しミイラにすることが可能。そしてソレは最初の犠牲者が持っていた能力でもある。
 これを目にしたショウキチは、ついにイツキの目的に気がついた。

「クソッ、はじめからおまえの狙いはギフトだったのか!」
「正解、よく出来ました。ご褒美にお腹いっぱい新鮮な水を飲ませてあげるよ。あと心配しなくても、キミたちの能力はボクがキチンと受け継ぐから。安心して死んでいいよ。でもお墓の方はあまり期待しないでね。なにせキミたちには某国の内通者として、ついでにホノカらの殺害事件の犯人になってもらう予定だから」

 ずっと騙されていただけでなく、死んだ後にまで濡れ衣を着せられ、利用される。
 それを聞いて、ショウキチは怒りと悔しさのあまり、ギリリと奥歯を噛みしめた。
 サクラは「そんな作り話、だれが信じるものですか」と強がりを言うが、イツキは余裕の態度を崩さない。
 ショウキチもサクラの言葉を信じたい。
 でも、おそらくこのままだと、きっとイツキの思惑通りになる。
 なぜなら自分たちと彼とでは、積み上げてきた信用にあまりにも差があり過ぎるから。
 人は真実だけを賢く見極められない。時には真実から目を背けて、見たいモノだけを見て、聞きたい言葉にだけ耳を傾け、信じたいモノだけを信じる。
 どうにか窮地を脱して、みんなのところに駆け込み、訴えることに成功したとして。
 公開裁判が開かれたとき、サキョウはともかくみんなは果たして正しい判断をしてくれるだろうか? せめてホノカが生きていてくれたら、まだ希望もあったのだが、彼女はもういない。

 いまは逃げるしかない。
 ショウキチはそう決断を下す。
 ただし二人ともにはムズカシイ。
 だからショウキチは……。


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