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 勇者の国設立の活動初期からの主力メンバーであったホノカ。
 光を収束してレーザーのようにして放つ「光束」のギフト。光の流れをねじ曲げることで姿を消す「屈折」スキル。この二つの能力を持っていた彼女。
 集団の中でも屈指の実力者。
 それが死んだ。
 朝食の時間になっても、いっこうに姿を見せないホノカ。寝過ごしているのかと起こしに向かうも、自室には見当たらず、ベッドにも寝ていた形跡がない。
 先の事件のこともあり、彼女の身を案じて、手分けして探す一同。

 しばらくして、外壁の向こうにて悲鳴があがった。

 上半身と下半身が二つに分かれており、周囲に血と内蔵をぶちまけ、カッと見開かれたままの瞳が、鉛色の空を見つめている。
 あまりの死体の惨状に、みなが呆然と立ち尽くす中にあって、その骸にしがみつき「いやー! ホノカ、ホノカ」と泣き叫んでいたのは、彼女と一番仲がよかったサクラ。
 じきに神経が耐えきれなくなったのか、サクラは糸の切れたマリオネットのように倒れ、気を失ってしまった。

 ホノカの死は、かつてない衝撃となってメンバーらを襲う。
 特に女性陣の動揺が激しい。なにせ彼女は女性らの中核を担っていたのだから、それもムリからぬこと。
 もちろん男性陣もかなりの影響を受けており、集団は半ば恐慌状態に陥っていた。
 自分たちの周辺には、あのホノカをも殺すような凶悪なモンスターが潜んでうろついている。次は自分の番かもしれない。そう考えたら、とても他人ごとではいられない。
 サキョウは「しばらく単独行動を禁じる。つねに最低でも三人でいること」と命じた。

 当分の間は仕事どころではないので、仲間の冥福を祈りつつ休養とし、サキョウはホノカの遺体が安置されてある小屋へと向かう。
 入り口に立たせている二人の見張りに会釈をしてから、サキョウは室内へと入る。
 中にはショウキチの姿があった。
 ショウキチは検死をしていたのである。素人ながらも、斥候職のかたわらで狩りなども多くこなしており、解体の経験も豊富であったので志願したのだ。仲間の死をムダにしないためにとの決意を胸に。

「どうだ? 何かわかったか」
「あぁ、傷口の形状は前のヤツと同じだ。内蔵をほじくり出しているのも。そしてその目的もようやく判明した」
「目的も何も、食べるためじゃなかったのか?」
「ちがう。散らばっている臓器を念のために拾い集めてみたんだが、あるモノをのぞいて、全部残っていたんだ。前回も、そして今回も」
「姿を消した臓器がある? そいつはいったい……」
「心臓だよ。心臓だけがどこを探しても見つからなかった」

 ナゾの敵の狙いは勇者の心臓。
 それがわかったところで、現時点にて自分たちに取れる手段は探索と自衛のみ。
 今後のことを主要メンバーと協議するために、サキョウはひと足先に遺体安置小屋を出ていく。
 残ったショウキチは丁寧に遺体への処置を施しはじめる。
 さすがにバラバラになった肉体をつなぎ合わせるなんて芸当はできないので、せいぜいまとめて身綺麗にしてあげるくらいのことしかできないけれども。
 濡れた布でホノカの血にまみれたカラダや顔をやさしく拭いていく。気を緩めると溢れそうになる涙を懸命にこらえながら。
 その最中に「おや?」とショウキチは首をかしげた。
 アゴのつけ根あたりに違和感がある。
 どうやら口の中に何かを含んでいるらしい。
 一度手を合わせてから、ホノカの口を開き、手をつっこんだショウキチ。
 キレイな歯並びに沿うようにして、指をゆっくりと動かしていく。
 下アゴの右、親知らずと頬肉との間へときたところで、指先に感触があり、これを人差し指と中指にてつまんで、そっと抜き出す。

 それは小さなボタンだった。
 表面に光沢のある茶色の小さなプラスチック製のボタン。
 どこにでもあるありふれたモノ。
 だがこれを見つけたショウキチの顔色は、みるみる青ざめていく。
 ボタンはべつに珍しい品ではない。ただしそれは異世界渡りの勇者に限ってのこと。ノットガルドには、まだプラスチックの加工技術は存在していない。
 しかし問題はそこではなかった。
 ショウキチは知っていたのだ。
 いつもはキチンとした身なりをしているくせに、今朝に限って、シャツの袖のボタンを失くしていた者のことを。

「どうした? めずらしい」と声をかければ、そいつは「おや、うっかりどこかに引っかけたのかな。まいったな」と答えていた。
 いつも通りの屈託のない笑顔で。

「どうしてこいつがホノカの口の中に……、まさかヤツが? いや、そんなハズが、でも……」

 小さなボタン一つで犯人と決めつけるには、いささか乱暴がすぎる。あまりにも証拠が足りない。
 現在のみんなの精神状態を考えれば、いま不用意な発言をすれば、きっと暴発を引き起こし、とりかえしのつかないことになる。
 悩んだ末に、ショウキチはそのボタンをひとまず自分のズボンのポケットに突っ込むと、ふたたび遺体の処置に意識を集中することにした。


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