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227 異変
しおりを挟むサキョウがしゃがみ込んで、大地に両手をつき、魔法を発動させる。
少し先の地面がゆっくりと沈んでいく。それとは逆にすぐ目の前には土壁がせり上がってきた。
これはサキョウの「土流」ギフトによるもの。土属性の魔法の発展形にて、より大規模な土砂を自在に操ることができる。
三メートルほどの深さの溝が出来て、同時に三メートルほどの高さのある土壁が姿をあらわしたところで、いったんギフトを止めたサキョウ。続けてスキル「硬質化」を発動。このスキルは対象の表面をコーティングすることで強度をあげられる。
これにて堀と外壁を一度に作り上げていく。
本来であれば何十人もの人足たちが日数をかけて行う作業を、短時間で一人にてやり遂げたサキョウは、額の汗をぬぐいながら「ふう」と息を吐く。
ここのところ彼は自分の能力を使った土木建築にずっと従事している。
簡易的な家屋を建て、井戸や溝を掘り、壁を築く。
本当はカッコイイ城とかも建てられたら良かったのだが、土を固めただけの建物では、いくら硬質化を施しても、構造的に二階建てまでが限界であった。
ここから先は建築の知識、もしくは詳しい人物の助力が必要となる。だからしばらくは建築予定場所の整地だけにて、おあずけ。
休憩しているサキョウのところに、「ごくろうさん」と近寄ってきたのはショウキチ。
ショウキチはついいましがた帰還したところ。
彼は数日前まで当地に滞在していた、ベスプ商連合の行商隊に付き添い、国境付近まで見送りに行っていたのだ。
「おかえり、ショウキチ。その分では道中は無事だったようだな」
「あぁ、陰気な景色が続く以外は、平和なもんよ。エサになるモノが無いせいかケモノもモンスターもいやしない。それにしても、いきなりベスプの連中が現われた時には、マジでビビったぜ」
「そうだな。商売人たちの耳敏いのとフットワークの軽さには、オレも正直驚いた」
自分たちの居場所となる国を造ろうと、旧ダロブリン主都跡地にやってきたサキョウたち。
到着早々に埋蔵されていた財宝を発見する幸運に恵まれ、これを活動資金に各々が手分けして本格的に始動しかけた矢先に、ベスプ商連合の行商隊の訪問を受ける。
なんでも行商の途中で、「勇者の国」のウワサを聞きつけ、わざわざ足を運んだという。
ベスプ商連合は経済力を背景に、各国との間に太いパイプを持つ。
彼らとしては、「今後の付き合い方がどうなるのかはともかくとして、とりあえずツバをつけとけ」という判断らしい。また一番はじめに顔を見せたという事実が、他への牽制にもなり、なおかつ交渉相手には大きな貸しともなる。
そのことを臆面もなくぬけぬけと口にした行商隊を率いる男。
あまりの言い草にメンバーら一同は呆れるも、大笑いしたのはサキョウ。
「わかった。ではここはひとまず借りておくとしよう」
リーダーの鶴の一声にて、ベスプ商連合との取引が決まり、勇者の国はイツキが交渉役を担当することになる。
とはいえ交渉といっても、ムズカシイ話し合いはなく、極めて良心的な相場にて大量の食糧や補給物資や資材を卸してもらい、かえってイツキが怪訝な表情を浮かべるほど。
しかしそれもまたベスプ側の狙いにて、「目先の利益も大事だが、後の利益の地ならしも大切」との考えによるものであった。
今後とも継続して取引を行うという約定を交わし、交渉は締結された。
二日ほど滞在してから、次の行商先へと向かうというベスプの連中を、わざわざショウキチが付き添って見送ったのは、サキョウの指示による。
万一、自分たちの領内で何か問題が発生すれば、最悪、ベスプ商連合を敵に回すことになりかねない。
まだ産まれたばかりにて、爪もキバも満足に生えていない国が相手にするには、相手があまりにも悪すぎる。そのための用心であったのだが、少しばかりの下心もある。
行商隊の連中は、いい広告塔となる。
きっと行く先々にて、自分たちのことを話題にしてくれるだろうから、手厚く保護しておいて損はなかろうとの判断であった。
建国事業、その歩みはカメのようにのろく、遅々として進まない。
目指すべきところは、遥かに遠い。
それでも足を動かし続けてさえいれば、少しずつだけれども確実に近づいてゆける。
参加しているメンバーたちは誰もがそう考えていたし、心の底からそう信じていた。
だが、その道が決して安穏ではなかったことを思い知る出来事が、ついに起きる。
メンバーの一人が死んだ。
腹を喰い破られ、内蔵が外へと引きずりだされて果てるという無残な死。
骸に残された傷口の形状からして、凶悪なモンスターの犯行と思われる。
いかにダブルチート持ちの超人兵器である異世界渡りの勇者とて、油断しているところを襲われたらひとたまりもない。
実際のところ、彼らには夢に向かっているという高揚感と、ここのところの順調ぶり、平穏による心のゆるみがあった。
そのことにはリーダーであるサキョウをはじめ、集団の中心を担う者たちも気がついていた。
でもこれまでの苦労もあり、少しぐらいはと目をつむっていた。
しかし今回はそれが仇となってしまう。
緊張した面持ちのサキョウは、すぐさま元斥候職であったショウキチに命じて、周囲の探索を命じる。もちろん犯人である危険なモンスターを駆逐するために。
ショウキチは数名のメンバーを率いて懸命に犯人を捜した。
だがその姿どころか、痕跡の一つも見つけられないまま、虚しく時間ばかりが過ぎていく。
そんな最中に、さらなる激震が一同を襲う。
ホノカが死んだ。
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