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221 田舎へ行こう

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 シビニング・ビスコ。
 鬼瓦のような四角い顔をしたデカいムキムキの老人。ミロナイトの高位貴族だけど軍部のえらい人。
 ゴードン・ランドルフ。
 豊かなあごひげを蓄える、胸筋ぱっつんぱっつんのデカい老人。リスターナの将軍にて生涯現役を公言してはばからない。
 シルエットクイズをしたら、たぶん見分けがつかないこの二人。
 それが巨剣を手にガンガンやり合っている。
 それはもう激しくって、訓練のはずなのに、相手を本気でぶち殺す気まんまんにしかみえない。
 さて、ではどうしてこんな事態になっているのかというと……。

 田舎という言葉から連想するのは、都会から離れた人影もまばらな土地のこと。
 が、現在、訪問中の場所はちょっとちがう。
 出身地とか実家とかいう意味での田舎。
 そして誰の田舎かというと、モランくんの田舎。
 モランくんのいまは亡き実父オリバーさんの実家は、異世界渡りの勇者が建国した国にて、唯一現存している大国ミロナイト、そこでも屈指の名門であるビスコ家。
 どれくらい名門かというと、王族が降嫁してきたこともあるほど。家の敷地なんて端っこがまるで見えないぐらいにデカく、超お金持ち。
 そこの次男坊にて、一生左うちわな生活をあっさり捨てて出奔したのがオリバーさん。
 行商人として各地を渡り歩くうちに、世界遺産級の胸の持ち主であるユーリスさんと出会い結婚、モランくんを授かった。
 しかしオリバーさんは妻子を残し他界。
 夫の実家のことなんて、まるで聞いていなかったユーリスさん。
 おかげでいろいろと苦労を重ねたあげくに、母子はリスターナへと流れ着き、ユーリスさんはリスターナの将軍職であるゴードンさんと、晴れて歳の差再婚を果たす。
 こうして新たに家族となったゴードンさん、ユーリスさん、モランくん。
 三人の家族仲は極めて良好。
 そんなときに発覚したのが、モランくんの血筋。
 たまたまバカンスに訪れた先で、祖父母と出会うとかなんて、とってもドラマチック!
 ぶっちゃけ、彼こそが真の主役なのではなかろうかと、わたしはわりと本気で疑っている。
 だってよくよく考えたら、モランくんってば王族どころか勇者の血も引いてるよね?
 容姿端麗、才能豊か、なのに苦労しているから人の痛みも知り、努力家で自分に厳しく他人にやさしい。すでに黒髪の天使としてリスターナ城内のおばさま方はメロメロ。数年後には確実に城下にファンクラブが発足されていることであろう。なければわたしが作る。
 そんな魅力溢れる彼ゆえに、出会ってまだ日が浅いはずの祖父母も完堕ち。「ぜひ遊びにこい」「また顔をみせて」との手紙の大攻勢。そのたびにプレゼントやらお小遣いというには多すぎる金額が送られてくる。
 このためだけに自家の飛竜をぶんぶん飛ばす、祖父シビニングと祖母のカーラ。
 かわいそうに……。見かけるたびにビスコ家お抱えの飛竜乗りと相棒が、少しずつやつれていくじゃないか。
 かといってリスターナからミロナイトへとふつうに訪ねるのは、ちょっとたいへん。
 だってめちゃくちゃ離れているんだもの。
 とはいえ、祖父母におねだりされては、孫としてはこれを無下にもできない。
 ユーリスさんにしても、一度ぐらいはきちんとご挨拶をしておくべきかと考えている。
 すると新妻と義理の息子だけで、そんな遠方にやるわけにはいかないのがゴードンさん。彼としても、今後の付き合いもあるから、筋を通し一度ぐらいはやはり挨拶をしておくべきかと考えている。
 しかしミロナイトはあまりにも遠い。
 とくに要職についているゴードンさんは、それほど長いこと国元を開けてはいられない。
 そこでいつものごとく宇宙戦艦「たまさぶろう」の出番というわけさ。

 電撃訪問したのにもかかわらずビスコ家では、大歓迎を受けた一行。
 だがここでちょっとしたハプニングが起こる。
 出会うなり、挨拶もそこそこにて無言にてにらみ合うゴードンとシビニング。
 二人のジジイが互いにやたらと胸を反らし筋肉を強調しながら、相対している。

「えーと、なにやってんの、あの二人」

 わたしが首をひねるとルーシーが「お二方の関係はかなりややこしいですからねえ」と言った。

 ルーシーいわく。
 シビニングとしては、モランはかわいい孫。ユーリスはいまは亡き息子が愛した女にて、器量よしにてやはりかわいい嫁にして、元義理の娘となる。が、ゴードンはそんな二人を手に入れた男。二人を見ていればよくしてくれているのは一目瞭然。とても感謝をしている。だがそれはそれとして、どうにもおもしろくない。あと自分とほとんど歳が変わらないくせして、若くてきれいで胸のおおきな妻をもらったのも、やっぱりおもしろくない。
 ゴードンとしては、ここは愛する妻の最初の夫の実家。そして溺愛するモランの祖父母の家でもある。いくら死別してしまったとはいえ、妻子ともに想うところはあるだろう。それは踏み込むことが許されない大切な領域にて、そんなことは重々承知している。とはいえ現在の夫の心境としては、正直いって複雑なところ。あとカーラ夫人とモランが仲良くしている姿は微笑ましいのに、ジジイと親しげに話している姿は、なんかムカツク。
 とのこと。
 あくまで勝手な憶測にて、どこまでお人形さんの言い分が当たっているのかはわらかないが、あながちハズれていないだろうと思われるところが困りもの。
 その証拠が冒頭の激しい剣戟。
 挨拶もそこそこに、二人は言葉よりも剣での会話を選択してしまった。

 ジジイたちが元気に剣を振り回している姿を眺めながら、わたしたちは外でテーブルを囲んでのお茶会。
 色とりどりの花と整えられた緑。整然とした中に、ほどよく野趣が混在している。さすがはビスコ家、かなり腕のいい庭師を雇っているようだ。
 そんなせっかくの庭園だというのに、なんとも殺伐とした老人どものせいで台無し。音楽が剣がぶつかり合う金属音では、執事のモルトさんが熟練の技にて淹れてくれた高級茶葉の香りをおちついて楽しめやしないよ。
 でもカーラさんとユーリスさんは余裕でにこにこ。「ほら、しっかりなさいな」「あなた、がんばって」と気安く激を飛ばしている。いや、もしかして遊んでいるのか。
 これがああいうタイプの夫を持った妻の貫禄というものなのだろう。
 ただ、どちらを応援していいものかと迷って、オロオロしているモランくんの姿はちょっとかわいかった。

 陽が傾いてきて、そろそろ風が冷たくなってきたから、建物に入る。
 ジジイたちは飽きもせずにまだ剣を振り回している。
 モランくんが止めようとするも、カーラさんが「いいから気のすむまでやらせておきなさい。そのうち飽きたら勝手に切り上げるでしょうから」
 放っておけと言われて、しぶしぶモランくんもみんなに続いて建物内へ。
 やがて陽がとっぷりと暮れたけれども、ギャンギャンという耳障りな音はまだ続いている。
 ついに夕食の時間となったけれども、ジジイ二人はまだ帰ってこない。
 気にせず、みんなで楽しい食卓を過ごし、今夜はそのままビスコ邸にてお世話になることに。
 その夜はカーラさんのたっての希望にて、モランくんといっしょに就寝。
 祖母と孫、寝物語に二人してオリバーさんの想い出話でもしたのかしらん。

 翌朝、ふかふかのベッドで目覚めて、わたしが窓の外をみたら、朝モヤの向こうで大の字になってぶっ倒れているジジイ二人の姿を発見。

「あきれた!」


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