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220 見えない短剣

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「何をって、胸にザックリ刺さってるアレだよアレ」

 わたしが懸命に眠り姫の胸元を指差すも、ライト王子もルーシーも、きょとんとふしぎそうな顔をしている。
 彼らのこの態度で、ようやくわたしは気がついた。
 短剣がわたしの目にしか見えていない、ということに。
 これがナゾの呪系魔法の正体だったのだ。
 ルーシーが眠り姫の胸元を遠慮なしにペタペタと触っては、「はて? やはり何も見当たりませんが」と言っている。でもわたしの目にはルーシーの手が何度も短剣に接触しては、すり抜けているように見えている。
 気配は感じても姿は見えず。確かにそこにあるというのに触れることはできない。
 まるで蜃気楼のようなこの短剣は、おそらく魔道具。
 認知阻害みたいな機能が備わっているのかな?
 なんにしても、とんでもなく高度なシロモノなのはまちがいあるまい。そしてとっても性質が悪い。発動したが最後、ほんのり気配が漂うだけで誰にも存在を悟られない。相手の魔力を吸いあげて延々と活動を続ける。そのまま対象を永遠に夢の国に捉えたまま離さないなんて。
 いったい何を目的として制作者はこんな短剣を作ったのであろうか?
 もしかして極度の不眠症?
 あるいは意中の相手を眠らせて飼殺すことを目的とした、超のつくド変態?
 なにやらそこはかとなく病的な闇を感じる。ろくでもない使い方しか想像できずに、ゾゾゾと身の毛がよだつ。わたしはトリ肌が立つのを抑えられない。

 深呼吸ののち、意を決して、わたしは短剣へと手をのばした。
 おそるおそる握り部分を掴んでみると、掴めたっ! これを引っこ抜く。抵抗はほとんど感じなかった。
 引き抜いたとたんに、手の中にあった短剣が刃先からぽろぽろと崩れてゆき、あっという間に砂となって消えてしまった。
 自動消滅機能つきにて、一切の痕跡まで残さないとか……。なんという念の入れよう。この製作者、マジでちょっと怖すぎる。

 短剣を抜いても眠り姫はすぐには目覚めない。
 変わらず穏やかな寝息を立てたまま。でも心なしか表情が和らいだような気がする。
 解呪師としての仕事を終わらせたので、お役御免となったわたしとルーシーはとっとと屋敷をあとにする。
 だって彼女が目を覚ました時にどんな顔をして対峙したらいいのか、わからなかったんだもの。
 ……いいや、ちがう。
 わたしは怖かったんだ。「どうして起こした!」「なぜそっとしておいてくれなかった!」と老女から責められるのが、とても怖かったんだ。

 結局、眠り姫が目を覚ましたのは、屋敷を訪問してから七日後のこと。
 わたしはそれをライト王子から連絡をもらって知った。
 長い夢から醒めたおばあちゃんは比較的落ち着いており、冷静に現実を受けとめてくれたそう。
 それで当人の告白により、あの短剣は自ら絶望のあまり衝動的に突き立てたモノだということが判明。
 たまたま出入りの業者が持ち込んだ品を気に入って購入。ずっと手元に置いていたのだけれども、あんな能力があったことはまるで知らなかったらしい。購入価格もお手頃にて、業者の態度にも不審なところがなかったことから、おそらくその業者も短剣にあのような機能が備わっていたとは知らなかったみたい。
 どこぞのイカれた天才の作った品が、うっかり市井に流出して紛れ込み、いろんな人の手を経由し、それがたまたまお嬢さまのところに転がりこんで、あんな使われ方をしちゃったと。
 なんとも奇妙奇天烈なお話ですな。でも、もしも自殺に使われた短剣が他の品だったら、眠り姫は誕生することなくポックリ逝っていた。そう考えると、使途不明な魔道具の短剣が結果的には人命を救ったことになるのか……。
 うーん、なんだかニワトリが先かタマゴが先かみたいな話になってきて、頭の中がこんがらがってきた。
 結果オーライだけど、素直に認められない。認めたくないと感じてしまう。
 とにもかくにも、そのイカれた天才さまの創作物が、他にも流出していないことを、わたしは切に願うよ。

 莫大な財産について、目覚めた老女は自分が生活するのに必要な分だけを残し、他はすべて聖クロア教会に寄付して欲しいと望んだそうな。
 なんでも夢の中で女性の信者さんに会って、たいそうよくしてもらったからとか。
 夢の中のお話なので真偽のほどは確かめようもないけれど、ずっと夢の国の住人であった彼女からすると、それはきっと本当にあったこと。ツッコミを入れるのは野暮ってもんでしょう。
 まぁ、これにより阿呆な五つ子どもは「ざまぁ」されちゃったと。
 そうそう、「ざまぁ」といえばもう一つ。彼女が目覚めたことによって、ちょっとおもしろいことが起こった。
 家督の継承権の順位に大幅な変動が起きたのである。
 その第一位は、なんと眠り姫のおばあちゃん。だって彼女は直系にて一番の古株なんだもの。血筋としてはなんら申し分なし。
 これを逆手にとって「すぐさま醜い争いを止めなければ、当主権限にて貴族籍を王家に返納する」と言われては、みんな黙って矛をおさめるしかない。
 よって後継者争いはひとまず収束。
 この問題については、まだ当分の間は続くのだろうけれども、いちおう平和な話し合いが前提となったので、まずまずの軟着陸であろう。

 夢から目覚めた眠り姫は、いまでもほとんどの時間をベッドの上で過ごし、うとうと微睡んでいるそうな。
 彼女のもとを訪ねたおりに、ライト王子が「もしもご希望でしたら、消えた男の行方を捜しますが」と口にするも、老女はただ静かに微笑むだけであったという。


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