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217 鬼女ふたり

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 マドカの口笛が森に鳴り響き、彼女の配下である勇者狩りの一団が姿をあらわす。
 岩山の周辺に散って姿隠しの魔道具のマントを用いて、ずっと息を潜めて首領の合図を待っていたのだ。
 形勢逆転だとばかりに、マドカが歪んだ笑みを浮かべる。でもその表情はすぐに驚愕へとかわった。
 姿をあらわしたはずの味方が、ほんの一瞬ののちに、全員が全員、地ベタに這いつくばっていたから。
 賊どもの背を踏みつけているはセレニティ・ロードたち。
 ずっと上空にいた宇宙戦艦「たまさぶろう」の甲板にて待機していた死の乙女ら。
 隠れていた敵勢が姿をあらわすのと同時に頭上より襲来。無造作に踏みつけるだけでこれをすべて制圧してしまったのである。
 足下にいる彼らを待ち受ける運命は二択。
 この場で身ぐるみを剥がれて殺されるか、セレニティたちのお眼鏡にかなって巣へとお持ち帰りされるか。
 まぁ、どっちにしろ死んじゃうけどね。
 そして勇者狩りの首領であるマドカの行き先も、じつはすでに予約済み。
 裏社会にどっぷり浸かって、ねっとりしっぽりの関係にある彼女には、ギャバナのライト王子をはじめとして、各国のおえら方も興味津々。いろいろと白状させたい情報があるそうな。
 いやはや、さすがは美人すぎる女首領。モテモテですな。

「くそくそくそくそくそっ、なんなんだ! あんたはいったいなんなんだ! どうしてこんなことに、どうして私がこんな目にあわなくちゃいけない!」

 ずっとおちょくられていたとわかって、狂ったように怒り、髪を振り乱して喚くマドカ。
 突如として左右の腕が赤黒く変色。両の肩がボコリボコリと急激に膨れ上がり、上腕から二の腕の筋肉が異様に盛り上がり、様相を一変させる。まるで魔族の戦士ような太く逞しい腕が出現。
 目をツリあげて、般若のような形相。その姿は、まさに鬼女そのもの。
 そんなマドカを前にして、わたしは努めて冷静な口調にて言った。

「うしろ、うしろに気をつけた方がいいよ」と。

 どこかで聞いたことがあるようなこの台詞。
 猛るマドカは「そんな手にのるものか! お前だけは絶対に許さない。この手で八つ裂きにしてくれる!」と叫び、こちらへと飛びかかってくる。
 もっとも、彼女の攻撃がわたしたちへと届くことはなかったけど。
 なぜなら背後から伸びてきた大きな手にて、むんずとマドカの頭が掴まれたから。
 手のヌシは鬼メイドのアルバ。
 リンネ組が誇る最強の鬼女の登場である。

「なっ! どうして魔族がこんなところにいやがる。クソ、放しやがれ」

 マドカが変化した太い腕をふり回し、なんども自分を掴んでいる相手の手や腕を殴打する。その度にドスン! ズドン! と砂の詰まった袋を蹴っているような激しくも鈍い音がする。
 しかしビクともしない。
 そりゃあ、そうだろう。なにせアルバは魔王討伐者にて、ルーシーからドーピング紛いのマネをされながら、ハイボ・ロードたちに揉まれて、日々研鑽を重ねている本物の鬼女なんだもの。
 なんちゃって鬼女では、とても太刀打ちできまい。
 それでもあきらめの悪いマドカはなお足掻き続ける。
 その粘り強さや根性をべつのことに向ければよかったのに……。きっと色々あったんだろうけれども、その辺の事情には興味ない。いちいち同情していたらやってられないからね。
 いい加減、彼女のギャンギャン吠える声にも聞き飽きてきたので、わたしは「適当にダマらせて。あと二度と悪さを出来ないようにもしておいて」とアルバに命じる。

「わかりました。では」

 マドカの頭を掴んだ腕を高らかに持ちあげる鬼メイド。
 身長三メートル前後、腕を天へと伸ばせば四メートルほどにもなる。一戸建てにしたら一階半といったところか。
 このぐらいの高さって、妙に生々しく感じるから、超高層とは別の意味で怖いんだよねえ。
 そしてそんな場所へと持ちあげられたマドカは、これから自分が何をされるのかを察して「やめてっ!」と叫ぶも、女主人の命令は絶対の鬼メイドがやめるわけもなく。
 無情にも振り下ろされた腕。
 顔面から大地へと叩きつけられたマドカ。それでもまだちょっと元気。そのせいで更に二度、同じことをくり返されて、周辺が隕石落下ポイントみたいになったところで、ようやく静かになった。
 しかしメイド道を極めようとしているアルバは、どこまでも貪欲に忠実に真摯に主人の命令を実行する。
 パキンと鳴ったのは骨。
 梱包用のプチプチを潰すかのように、両肘両膝および両肩までもが順繰りに砕かれてしまう勇者狩りの女首領。
 さらに念には念をと、ぐんにゃりとなったその両手両足に、さっきまで虜囚となっていた勇者らにはめられてあった拘束具をつけたところで、ようやくアルバは止まった。
 その徹底した仕事ぶりに、わたしはほとほと感心する。
 もう、うちのメイドさんってば、とっても働き者なんだから。

「さてと、それじゃあ後始末をしてから撤収しましょうか。セレニティたちは欲しいのを選んでね。手の空いてる子はひん剥くのを手伝って。くれぐれも連中のマントは丁寧に扱うように。なかなかの性能だったから、持って帰ってゴードンさんにあげちゃおう。これでリスターナ軍にも隠密機動部隊が誕生だよ。あと、それからのびてる勇者たちは……」

 ちゃっちゃと指示を飛ばすわたしと目があったのは、囚われていた四人の中で唯一、目を覚ましていた男勇者。拘束されていた時間が一番短かったので、影響も一番軽くてすんでいるようだ。女の子たちはまだのびたまんま。この様子だと当分は目を覚ましそうにない。
 まだ影響が残っているらしく、フラついているものの、男勇者はどうにか立ち上がる。

「オレはショウキチ。ありがとう、助かった。すまないが、彼女たちもこんな調子だし、もう少し甘えていいか」
「わたしはリンネ。周囲のみんなは仲間たちだよ。それで連れていくのはべつにかまわない。さすがにこの状態で置いて行くわけにもいかないからね。ただし、これだけは肝に銘じておいて。もしもリスターナで悪さをしたら、そのときはモグからな」

 もぎたてフレッシュな仕草をわきわきしたら、ぶるるとショウキチが肩をふるわす。
 そんな彼の視線が、棺のような箱に押し込められて運ばれていくマドカを追う。

「彼女は、マドカは、これからどうなるんだ」
「えらい人に引き渡して、それからプロにキツイ取り調べを受けて、最後はたぶん」

 首を斬られる動作をしたら、ショウキチは「そうか」とつぶやき、ちょっと泣き出しそうな顔をみせた。
 ダマされて、散々な目に合わされても、ついそんな表情をしてしまう。
 やれやれ、男ってやつはこれだから……。
 本当に、どうしようもない生き物だね。
 だから美人どもがつけあがるんだよ。
 などという、やっかみでもって本日の勇者狩り狩り、終了。


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