210 / 298
210 挽歌
しおりを挟む宇宙戦艦「たまさぶろう」がゆるゆる向かう先は魔族領。
ほら、ダロブリンにて野盗どもに捕まっていたところを、保護した魔族の子がいたでしょう? いっしょに捕まっていた他の子たちを庇って、大怪我を負っていた子。足の骨が砕かれても、なおみんなを守っていた本物のチビッコ勇者。
名前をキリムくんといい、十二ある魔族の氏族のうち、第十氏族ランショウ出身。この氏族の特徴はカラダのあちこちに水晶体ようなモノが埋まってあること。これを増幅器として特殊な魔法が使えるらしいんだけど、キリムには使えない。彼の場合は出来ないわけじゃない。やり方を教わる前に故郷が奇禍に襲われたから。学ぶ機会を失ってしまったのである。
そんなキリムくんだが、すっかり元気になった。そして現在はアルバのお母さんで、リスターナの主都の警邏隊に所属しているエタンセルさんの下に身を寄せている。
キリムによれば戦乱に故郷が巻き込まれて、自分の身内は全員死んだという。
わたしが「帰りたいのなら、送るけど」とたずねるも、彼は「いいよ。どうせもう誰もいないから」と寂しそうに答えるのみ。
そんな彼をわざわざ引っ張り出しての遠出は、エタンセルさんにお願いされたから。
「このままリスターナに移住するにしろ、一度は故郷を見ておくべきだと思うのです。もしかしたら知り合いの生き残りがいるかもしれません。あるいはかつての暮らしの名残りがまだあるかもしれません。それらを目にすることはキリムにとっては、とても苦しいこと。きっと辛い出来事を思い出すことになるでしょう。ですが、ここでキチンとケジメをつけて、心に折り合いをつけておかないと、いずれもっと苦しむことになるでしょうから」
やさしく見守り甘やかすことも必要だけれども、ときには厳しく突き放すことも大切。
これは未来へとしっかり歩いて行くために、越えなければならない試練。
魔族の子育てはわりとスパルタらしい。
厳しくもやさしい母のご意見に、わたしはコクコクとうなづくことしかできなかった。
そこは草原だった。
腰ほどの背の柔らかい草が一面を覆いつくしており、風を受けて仲良くそよそよ揺れている。
四方の何処を向いても、同じような景色。
ずっと先にて大地の緑と空の青が繋がっている。まるで穏やかな緑の海の中にいるかのよう。
かつてここで悲劇があったとは、とても信じられないほどの、牧歌的な場所。
キリムくんは草原にて無言で立ち尽くしていた。
エタンセルさんは少し下がったところで、静かに彼のまだ幼い背中を見守っている。
おそらくキリムの胸の内には、いろんな想いが渦まいているのだろう。いいことも、イヤなこともたくさんたくさん。
しばらくそっとしておくことにして、わたしはルーシーと鬼メイドのアルバをともない、すこし周囲を散策してみることにした。
身長六十センチほどしかない青い目をしたお人形さんだと、草に埋もれてしまうので、わたしがひょいと胸に抱いて歩く。
「ここがキリムくんの育ったところか……。建物の残骸らしきものも見当たらないね」
「おそらくすべて朽ちて草の下なのでしょう」
わたしがつぶやくと腕の中のルーシーがそう言った。
「掘り返してみましょうか? もしかしたら何か出てくるかも」
アルバの言葉に、わたしは首を横にふる。
「ううん。やめておこう」
ここで部外者が勝手をするのは、キリムの故郷をふたたび荒らすようなもの。
この草原は彼の家族のお墓。せっかく静かに眠っているのを起こすのは、あまりにも無神経が過ぎる。
「でもどうしてキリムくんの家族は戦乱に巻き込まれたのかなぁ。ここって魔族領でもかなり内地の方だし、襲ったのが連合軍ってことはないよね」
わたしのこの疑問にはアルバが答えてくれた。
「ランショウたちは幻術が得意なのです。集団となって行われるソレは時に世界をも構築すると云われています。かつて一族が集い実施された大術では、三万もの軍勢を丸ごととり込み、これを壊滅させたこともあるとか。ですが元来、彼らはあまり争いを好まない一族なのです。だから聖魔戦線にも積極的に加担しようとはせずに、距離を置いていました。しかしその態度を、魔族に対する重大な裏切りだと考えている者もおりまして。おそらくはその煽りを受けたのかもしれません」
ただ静かに暮らしたい。
そんなささやかな望みすらもが許されない。
いや、許せない心理状態に追い込まれるのが、戦争という凶事。
聖魔戦線が長く続き、より苛烈さを増すほどに、憎しみだけが増幅されていく。
本来であれば武器を交える敵へと向かうはずの感情が、ときには歪んで味方であるはずの同胞へと向かう。
わたしがノットガルドに勇者として送られる際に、老神さまに言われたのは「魔王を倒し、聖魔戦線に勝利し、世界に平和を」みたいなこと。おそらくは他の勇者たちもみんな似たり寄ったりのはず。
でも魔王を倒しても、またすぐに次の魔王が立つ。
一時的に戦争は中断されるけれども、やっぱりまたじきに始まるのだろう。
どこまでも続く負の連鎖。
圧倒的なチカラですべてをねじ伏せれば、これを断ち切れるのだろうか?
ドス黒い何かが、ふいにじわりと胸の奥に湧いた。
そいつが「おまえならば簡単にできるじゃないか。邪魔なモノはすべて破壊してしまえ」と囁く。その声はとても甘美にて、やたらと耳に心地よい。
だけれども、ほんの一瞬にてそいつは霧散した。
くだらない幻想だ。わたしにはとてもそうは思えない。
きっとちがう形となって、負の連鎖は紡がれてゆく。単純なチカラでどうこう出来るものならば、とっくに解決しているはずだもの。
女神が成せなかった。勇者もダメだった。信仰だけじゃあ足りない。いろんな連中が各々の立場でどうにかしようとがんばっている、踏ん張っている。
でも、いまはこれが精一杯。
きっと何かが足りないんだ。ノットガルドに生きとし生けるみんながみんな、そいつを見つけなくちゃいけない。わたしはそんな気がしてしようがない。
「どうしてみんな平和に仲良く出来ないのかねえ。のんびりダラダラ過ごすのが一番なのに」
空を見上げてわたしはぽつり。
するとルーシーも同じ空を見上げながら言った。
「その答えは二つの世界のアカシックレコードにもありません。いつの日にか情報が記載されることを願うばかりです」
考え事をしながらブラついていたら、いつの間にか、ずいぶんとエタンセルさんたちから離れたところにまで来ていた。
そろそろ引き返そうかとふり返ると、草原にやや強めの風が吹く。
風にのって、かすかに聞こえてきたのはキリムの雄叫び。
それは家族と故郷に別れを告げる、悲しくも切ない挽歌だった。
1
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる