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203 二番目と最凶
しおりを挟む右の瞳は緑色にて、その奥では渦が巻いている。
左の瞳は黄色にて、その奥では炎が揺らめいている。
左右にて瞳の色が異なるオッドアイ。
ネコとかならば見たことがあるけれども、人間のそれははじめて見た。なんともエキゾチックにて見つめられているだけで、なんだかお尻の辺りがモゾモゾしてくる。
こちらを見下ろすラドボルグが、わたしの左腕を掴んだままで言った。
「あの人形がいない……。まんまと母娘を奪われたか。まぁ、よかろう。すでに目的は達した。ワルド、ジョアン! お前たちは『青い心臓』を持って先に行け。私はこの女勇者を始末してから戻る。実際に対峙してみてわかったが、リネンビの懸念ももっともだ。こいつは危険だ。いまのうちに殺しておかないと、きっと手がつけられなくなる。だから私自身の手にて、いまここで確実に消しておく」
まるで万力で締めあげられているかのようにて、掴まれた腕が微動だにしない。ご丁寧に的確に筋肉と骨の動きを封じる箇所を握っていやがる。
それにしてもコイツ、本当に人間種か? まるでアルバに抑え込まれているみたいだ。
が、意識が仲間の方へと向いているのならば今がチャーンス。だって腕はもう一本あるんだもの。至近距離にて顔面に右薬指式ライフルを喰らいやがれ。
とおもって、こっそり右腕を向けようとしたら、発射前にこちらの腕もむんずと掴まれた。
「ずいぶんとお行儀の悪いお嬢さんだな。おや、そういえばまだきちんと名乗っていなかったか。私は第二の聖騎士ラドボルグ。よく覚えておくがいい。おまえを殺す男の名だ」
両手を掴まれ、ぶらんとバンザイのポーズにて持ち上げられる。
まるで捕まった宇宙人のようになったところで、ズドンと脳天にふるわれたのは容赦のない頭突き。
拘束された状態にて逃げ道なし。頭のテッペンからつま先へと暴力が駆け抜ける。
乱雑に地面に叩きつけられたところで、すかさず蹴りがきたので、とっさに腕を十字にしてこれを防ごうとするもガードごと蹴り飛ばされた。
びっくりしたよ。
たいしてチカラが込められたようにはみえない、無造作に振り抜かれた右足。
足の甲に触れたとたんに、もの凄い衝撃を受けて、気づいたときにはもう天井の岩盤に叩きつけられていたから。
それでもって落っこちて来たところに、もうひと蹴り。
なんの変哲もない前蹴り。
ラドボルグの足の裏が的確にこちらの胸元を捉える。
その瞬間、自分の胸の中で何かがはじけた。爆弾とかじゃなくって、膨れた風船が破裂したかのような。
廃坑の岩壁に半ば埋もれたような格好にて、わたしはしばし呆然。
いったい何が起こった? おそらくはこれがラドボルグの能力なのだろうが、さっぱりわからん。
けれども敵の動きはちゃんと見えている。たしかに優れた体術だが、オービタル・ロードの女王ほどではない。ナゾの能力の直撃さえ喰らわなければ、なんとかなりそう。
すぐさま立ち上がり左のマグナムを発射。
悠然と近寄って来るラドボルグのオデコを狙った一撃は、軽く首を傾げるだけでかわされる。続けて第二、第三射を行うも、これまたやや上半身をひねるだけでかわされてしまう。
だったらマシンガンをと思ったときには、目の前にいたはずのラドボルグの姿が消えていた。
左の視界の片隅にその姿があらわれ、拳が飛んでくる。
ちょっと驚くも、攻撃は見えている。だからわたしは横っ飛びにて間合いの外へ。
なのに顔面に直撃を喰らい、またしても吹き飛ばされた。
飛ばされながらわたしは首をひねる。
うーん、やっぱりおかしい。ちゃんと避けたのに。確かにラドボルグの腕のリーチよりも遠くに移動した。格好をつけてギリギリ紙一重とかじゃない。むしろオーバーアクション気味に避けた。なのにぶん殴られた。
あと、どうして、ああもひょいひょいこちらの銃撃がかわされるのか?
グリューネのヤツはまるでこちらの心を読んでいるかのように先読みをしていた。たぶんあれはギフトの恩恵。
ジョアンはこちらの動きや視線から推察しての後の先。こちらは経験と鍛錬の賜物。
でもこのラドボルグの場合は、そのどちらともちがう感じがする。
そこにも何らかの秘密があるのだろうけど、それをゆっくりと考えている時間をラドボルグが与えてくれない。
見えているのに避けられない。
来るのがわかっているのに喰らってしまう。
対してこちらの攻撃はことごとく通用しない。
戦闘が始まってからしばし、一方的にボコられる展開が続く。打開策はいまだに見い出せていない。挙句に散々にぶん殴っておいて、ラドボルグからは「ムダに頑丈だな」と言われる始末。
ちなみに怪我を負っているジョアンや「青い心臓」は、とっくにワルドに持っていかれてしまった。
まったくもってイイとこなし。
そこに亜空間経由にてひょっこり顔を出したのはルーシーさん。
「リンネさま、ベルとノノア、母娘の保護を完了しました。二人ともいまは落ち着いてベッドで仲良く寝ています。ところで先ほどからいったい何をなさっているのですか?」
一生懸命に戦っているご主人さまにこの言い草。
わたしは当然のごとく「何をって、おっさん相手にがんばっているんだよ!」
なのにコテンと首を傾げる青い目をしたお人形。
「そうなのですか? なにやら動きが緩慢にて、ぼけっとしているから、てっきりわざとサンドバックになっているのかと思いました」
ルーシーの言葉を受けて、「えっ!」とわたしはおどろく。
だがラドボルグは「ちっ、余計なことを」と舌打ち。外野に向かって右の手の平を向ける。
何やら不穏なものを感じたのか、ルーシーがすぐさま亜空間に引っ込む。
直後に、ついさっきまでお人形さんがいた周辺にてバンっと音が爆ぜた。
それを目撃して、わたしはようやくラドボルグの能力の一端の正体を掴む。
「爆発じゃなくって破裂した? はっ! そういうことか。最初に感じた違和感が正解だったんだ。ふはははは、あんたの攻撃の秘密、それは『空気』だ。あんたは空気を圧縮して打撃に織り交ぜたり放ったりしていたんだ。それが見えない衝撃の正体だったんだね」
ビシッっと指をかざし、己が推理を披露する。
迷探偵リンネ、ここに降臨。運と気まぐれにてヌルっと事件を解決。
しかし当の犯人役であるラドボルグの反応は、とっても淡白だった。
「なんだ、アレだけ喰らっておいて、いまごろ気づいたのか」ですって。
おかげで探偵役のこちらの心がペッキリ折れそうになった。
だが、迷探偵の本領が発揮されるのは、むしろここからなのである。
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