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200 二百三十六番目の死
しおりを挟む「……」
「……」
私達は互いに言葉を発せずに黙り込む。
(今のはどういう事?)
私の知ってるヒューズはあの串焼きは好き。
今だって変わらず好きそうな素振りをみせていたのに“嫌い”だと口にした。
何で?
「オリヴィア」
「……」
私がおそるおそる顔を上げるとヒューズは、優しく私の頭を軽く撫でて「買ってくるよ」とだけ言って屋台に向かう。
そんな彼の背を見ながら私は思う。
(ヒューズ……絶対に何かがおかしい)
──5年前から思うようにいかない事ばかり。
さっきそう言っていた。
何か特定の言葉だけ言えない? それとも意思に反しておかしな言動になる?
だとしたら、いったいヒューズの身に何が起きているの───?
それなら、ヒューズの本当に言いたかった事は───?
「……手紙」
そこで私はハッと気付く。
もしかして、私が読まないまま失くしてしまった手紙にはこの様子がおかしい理由が書かれていたんじゃ?
口で説明出来ないから文字で伝えようとしたのかも──……
「だとしたら、私……最低だわ」
(何で放置してしまったの)
「……いえ、待って。でもそれなら、どうして今、紙に書いて説明してくれないの?」
言葉にするのは無理でも文字で伝えられるのなら、あんなに苦しそうな顔をして「すまない」と言うばかりではなく説明してくれればいい事なのに……
「まさか、それすらも……出来ない? なら、手紙は関係無い?」
それでも、ヒューズは私が手紙を読んでいなかった事にショックを受けていた。
手紙にはいったい何が……
考えれば考えるほど分からなくなる。
分かるのは、ただただヒューズの様子がおかしいという事だけ。
「オリヴィア」
「は、はいぃっ!」
ぐるぐる考え過ぎていて、後ろから声を掛けられて思いっきり驚いてしまった。
「……すごい元気いっぱいな返事だな」
「ちょ、ちょっとね……」
とりあえず誤魔化す。
「まぁ、元気なのはいい事だが。ほら、オリヴィアの分だ」
そう言ってヒューズは、私に串焼きを渡してくれる。
私はそっとそれを受け取る。
「あ、ありがとう……」
「……懐かしいな」
ヒューズが眩しいものでも見るかのように目を細める。
「オリヴィアとこっそり出かけて二人で食べてさ。母上にバレた時は、かなり怒られたけど美味しかったな」
「貴族として褒められた行動ではないものね」
「そういう事だ。でも、楽しかった」
「ふふ」
ヒューズがあまりにも懐かしそうに笑うから、私もつられて笑う。
(私との思い出をそんな顔で語ってくれている……)
私の事を本当に嫌いだったなら、そんな顔をするものかしら?
(しないわ、きっとしない……)
「どうした? 食べないと冷めるぞ?」
「そ、そうね……」
私は、えいっとかぶりついた。
心の中のモヤモヤは完全には晴れないけれど、 久しぶりに食べた串焼きは、あの頃と同じ味のような気がした───
◇◇◇◇◇
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私達は領地へと着いた。
「久しぶりね、オリヴィアちゃん 」
「ご、ご無沙汰しております」
ヒューズの両親、侯爵夫妻に会うのも5年ぶり。当時は良く顔を合わせていた。
(よ、嫁として再び顔を合わせるのは変な感じ……)
私は少し緊張した面持ちで挨拶をした。
挨拶を終えた後はヒューズは父親の侯爵様に話があると言って二人で部屋から出て行ったので、私はお義母様となった侯爵夫人とお茶を飲みながら話をする事になった。
「ヒューズが、辺境から戻って来たと思ったら突然オリヴィアちゃんと結婚するなんて言い出した時は本当に驚いたわ。え? あのオリヴィアちゃんが相手なの? って」
「あ……」
「オリヴィアちゃんも色々あったものね……あ、ごめんなさい。無神経だったわ」
「いえ、気にしないで下さい」
ヒューズとの事に比べれば、ヨーゼフ殿下からの婚約破棄なんて些細な事に思えてしまう。
「ところで、オリヴィアちゃん。ヒューズは……」
「ヒューズが何か?」
夫人……お義母様が心配そうな顔をする。
何かあったのかと私も顔を顰める。
「いえ、5年前からあの子、少し様子が変わった気がして」
「!」
──また、5年前!
「あんなに、毎日オリヴィアがオリヴィアがと煩いくらい口にしていたのに、パッタリと口にしなくなったし……」
「ま、毎日、ですか?」
「そうよ、オリヴィアちゃんの話を聞かない日は無かったわ」
「……」
何だか一気に恥ずかしくなった。煩いくらい毎日ってどれだけ……
私の顔が赤くなる。
(だって、そんなのって……まるで……ヒューズが私を……)
「っ!」
ダメダメ……そんな勘違いしてはダメ。と必死に自分に言い聞かした。
「あ、あの……ヒューズは5年間、辺境伯領に行っていたと聞きました」
「ヒューズから聞いたのかしら? そうなのよ。驚いたわ……」
お義母様は、はぁ……とため息を吐いた。
「ある日、突然ヨーゼフ殿下から命じられて行く事になっていたわ……」
「……」
「その前から少しヒューズの様子がおかしいから気にはなっていたのだけど、ヒューズも断る事をしないで、そのまま行ってしまったのよ」
「……」
(ヨーゼフ殿下……侯爵家の跡取りを危険な場所に行かせるなんて!)
普通では考えられない。
殿下はいったい何を考えていたの?
私の中でどんどん殿下への怒りが溜まっていく。
と、そこまで話をした時、
「ヒューズ、頼むからそんなに落ち込まないでくれ」
「……」
二人で席を外していた侯爵様とヒューズが戻って来た。
侯爵様はどこか申し訳無さそうな様子。一方のヒューズは明らかに落ち込み、肩を落としていた。
「どうしてお前があれを必要としているのかはよく分からないが、今は切らしていて無いんだ」
「……」
「少し時間はかかるが、手配が出来たら送ってやるからそれまで待て」
「……お願いします、父上」
どうやら、ヒューズが領地に戻った理由の“個人的なお願い”は上手くいかなかった様子。
そう言って侯爵様にお願いするヒューズの顔はかなり落胆していた。
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