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194 檻
しおりを挟む「西の鉱山地帯の廃坑にて、聖クロア教会の関係者が潜って何ごとかをしているらしいです」
これが他の潜入員たちが掴んだ情報。
大量の資材を持ち込んで、ごにょごにょしているんだとか。
……めちゃくちゃ怪しい。
この手のことって、当人らが秘密にしようとすればするほどに、逆に目立つんだよねえ。
みんな周囲のことなんて見てないフリして、案外、ばっちり見ている。特に日常にさざ波を起こしそうな変化にはわりと敏感。
たまたま酒場にいた酔っ払いの人足から聞き出した話だというけれども、いくら上を口止めしようとも、こうやって末端からポロポロと秘密は零れていくのだ。
なにせ仲のいい女友だち同士の「ぜったいに秘密だからね!」という固い約束すらもが、あてにはならないのだから。
それでもって、他国の片隅でコソコソしている教会関係者。
聖クロア教会は、宗教団体としてはかなり健全な方。強引な勧誘なんてしない。たまに素行や言動が悪い小娘に説教をかますぐらいに、お節介なところはあるものの慈善活動にも積極的だし。まぁ、聖魔戦線に関しては、聖地問題だけでなく教義の解釈やら各国の思惑やら、これまでのしがらみなんかが複雑に絡み合って、やめるにやめられない状況に陥っていること以外は、極めて真っ当な連中。
陰で悪さをしたり、こそこそと動いている教会関係者って、聖騎士どもぐらいしかわたしは知らない。
「うーん、そっちも気になるねえ。たぶん聖騎士絡みの案件でしょう? 廃坑の方も並行して調査を続けようか。誰か手の空いてる子を適当に派遣しておいて。でもくれぐれも深入りしないように! それでこっちなんだけど」
「そちらはワタシがこれから合流します。新聞に堂々と滞在情報を載せているのですから、こちらも堂々と正面から訪ねて行きましょう。状況次第では亜空間経由にて母子を再会させればいいでしょう」
「わかった。ところでいまノノアちゃんはどんな感じ?」
「先ほどまでブランシュに乗って亜空間内を飛び回っていましたが、いまは遊び疲れてお昼寝中です」
「そっか……、それにしてもどうしてノノアちゃんが狙われるのかなぁ。わたしにはふつうのかわいい女の子にしか見えないんだけど」
「ざっと調べた限りでは特筆すべき点は見当たりません。おそらくは能力に関することと推察されますが、その辺のことも母親であるベル・ルミエールさんと会えれば判明するかと」
「だといいんだけどねえ」
通信をそこで切ったわたしは、ルーシーが来るまで待つ間、ちょっと休憩と最寄りのカフェに立ち寄ることにする。
せっかくだから表通りに面したテラス席にて、優雅にシティガールを気取ってやるとしよう。
帝都の主要施設などが集まっている中央区。
そこまではちんちん電車を二度、乗り継ぐことで到達できたが、そこへと至るまでにいくつもゲートが用意されており、その都度、手荷物検査などを受けることとなる。
「ずいぶんと警備が厳重だね」毎回毎回、容赦なく全身を女性の警備員にパンパンされて、わたしはすっかり辟易。
「停戦直後と選定の儀を控えている大切な時期ですからねえ。世界中の目が集まっているこの時期に何かあったら、帝国のメンツは丸つぶれですし」だからお供の青い目をしたお人形さんは「しかたがありませんよ」と言った。
目的地へと近づくほどに、明らかに場違いとなっていくわたしとルーシー。
だって周りはみんなピシッとした格好をした出来る風な大人ばかりなんだもの。
それでもどうにか迎賓館のある地区までは来れたのだが、ここへと通じる玄関口のゲートにて完全に足止めを喰らう。
ここから先へと進むには、招待状を持参しているか、あるいは中の人にお伺いを立てて許可を経てからということになるそうな。
そこで係の者にルーシーが「これをベル・ルミエールさまに」と一通の封書を差し出す。
待合室にて返答を待つことしばし。
「お手紙にはなんて書いたの?」わたしがたずねたらお人形さんは「とくにはなにも。ただノノア・ルミエールとだけ書いておきました」とのこと。
途中でどこの誰に盗み読まれるかわからないので、あえて最低限の情報だけ記したそうな。
自ら身をていして娘を外部に逃がすぐらいなんだから、これで察するだろうとルーシーさん。
その目論見は当たって、じきにわたしたちは迎賓館へと通されることになったのだが、ここで予想外の出来事が起こる。
ゲートまでわたしたちを出迎えにきたのは一人の男。
背筋をピンと伸ばし、口を真一文字に結び、まばたきすることなく真っ直ぐにこちらを見つめてくる。その姿勢は軍属のソレであり、事実、とりつくしまがない雰囲気が漂っており、どうにも対処に困るような人物。
が、なによりもわたしたちが困ったのは、その男が聖騎士であったこと。
なにせ連中は独特の圧力を身にまとっている。それがトリプルチートのせいなのかは不明だが、とにかくわかってしまう。
待ち伏せなどのワナの類も警戒していたのだけれども、さすがに初っ端から顔を見せるとはおもわなかった。
内心で警戒するこちらに対して、男は眉一つ動かすことなく「自分はジョアンだ。ついてこい」とだけ言うと、スタスタと歩きだしたものだから、わたしたちはあわててその背中を追う。
気まずい沈黙の中、ブーツのカカトが立てる規則正しい足音だけが石畳の道にコツコツ響く。
途中、「あのう、そのう」となんとか会話の糸口をつかもうとするも、ジョアンが応じることは一切ない。どうやら彼は必要な言葉以外は発しない、超省エネ体質のようだ。
ベラベラおしゃべりな男もどうかと思うが、ここまで無口なのも弱ってしまう。
そうこうしているうちに迎賓館の前へと到着。
ジョアンは入り口を警備している騎士からの会釈を受け流し、そのままさっさと中へ。
ふかふかの赤い絨毯が敷かれた長い廊下を進み、一番奥の扉のところまできたところで、ようやくその足が止まる。
ふり返ったジョアン。「こちらでベル殿がお待ちだ」
それだけ言うと、自身は扉の脇へとのき、そこで直立不動の姿勢となる。彼はここで警備につくのみで、室内にまではつき合う気がない模様。
おそるおそる、わたしが扉をノックすると中から「どうぞ」とのやわらかな女性の声。
「失礼します」と入室。
そこにいたのは銀の長い髪をした一人のご婦人。彼女こそが星読みの一族の長ベル・ルミエール。ノノアちゃんのお母さんである。
ベルさんに勧められるままに、ソファーに着席したわたしとルーシー。
しばしの沈黙の後に、最初に声を発したのはベルさん。
「人形をつれた女勇者……。ということは、あの子はいまあなた方のところに?」
無事に保護している。ブランシュもちょっと姿が変わっちゃったけど元気だと伝えると、ベルさんは胸に手をあて、ほっとした表情をみせた。
互いにいろいろと聞きたいことはあるのだが、とにもかくにも今なら監視役であろう聖騎士は廊下にて、逃げ出すのならば絶好のチャンス。
だからわたしは「サクッと逃げちゃう?」と誘うも、ベルさんは首を横にふる。指通りの良さそうなサラサラヘアーがゆれて煌めき、とてもキレイ。ノノアちゃんのモジャ頭はお父さんに似たのかしらん。
「お気持ちはありがたいのですが、それは出来ません。現在のわたしは檻の中にいるようなものですから」
「檻?」
「はい、見えない檻です。一族の者らの身柄を抑えられている以上、わたしだけが逃げ出すわけにはいかないのです」
ベルさんとわたしとのやりとりを聞いていたルーシー。「なるほど。人質をとってそれらを別の場所に隠すことで、逆らえなくしているのですか。なかなかに狡猾な手段ですね」
手荒な真似をすることなく、相手を自主的に拘束し意のままに操ろうとする。
賢いけれども小憎らしいやり方だ。そのせいで逃げられないベルさん。それゆえの緩めの警備と監視体制。
すべてを見越したやり口にて、この分だとこちらがフラフラ近寄って来るのも計算のうちかも。
そんな懸念をわたしが口にしたら、青い目をしたお人形さんが突然ハンカチにて目元を拭いヨヨヨヨヨ。
何ごとかと思えば「あのリンネさまが。灰色の脳細胞が活動を放棄してひさしい、あのリンネさまが、ちゃんと考えている。ご自身の頭で拙いなりに考えている。ワタシはいまモーレツに感動しています」と言われた。
えーと……、これは褒められてるのかな?
それともディスられてる?
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