わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝

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187 逃亡

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 神官より帝都からの来客を告げられたとき、ベル・ルミエールはすぐに事は一刻を争うことに気がつく。
 このままでは娘の身が危うい。
 ベルは「客人らにお茶をふるまい、待たせておくように」とだけ神官に告げると、すぐさま愛娘の手を引いて歩き出す。向かったのは、神殿の裏手にある飛竜の飼育小屋。
 母の緊張が繋いだ手の平から伝わったのか、娘もまた口をつぐみ黙って従う。
 神殿の裏へと通じる勝手口より母子が出ると、都合のいいことにちょうど小屋の外にて、日向ぼっこをしていたブランシュの姿があった。
 急いでブランシュの背に騎乗用の鞍を取り付けるベル。
 作業のかたわらにて噛んで含めるかのようにして、母が娘と白い飛竜に言い聞かせたのは「アルチャージルに向かうこと」と「人形を連れた女勇者を探せ」ということ。
 かつて幾度か、自分の娘に星読みのチカラをふるった際に、もたらされたキーワードは「赤い心臓」「アルチャージル」「人形を連れた女勇者」の三つ。
 これらがきっとノノアの未来を切り開くカギとなるとベルは判断し、これに賭けてみることにした。

 母の尋常ではない様子に、いまにも泣き出しそうになるノノア。
 これをなだめて最後にもう一度だけ強く娘を抱きしめた母は、娘をブランシュの背へとのせた。

「ノノアをお願いね。ブランシュ」

 ベルの声に「キュイ」と鳴いて応えた白い飛竜。
 翼を広げて、ゆっくりと空へと舞い上がり始める。
 遠ざかる地上と母の姿に、心細くなった娘がおもわず「おかあさま」と叫びそうになったが、そのタイミングで神殿よりなだれ込んでくる多数の騎士たちの姿が目に飛び込んできた。
 すぐに周囲をかこまれたベル。だが気丈にも空を見上げて言い放つ。

「お母さんは大丈夫だから、かまわず行きなさい! ノノア!」

 その声を合図に飛び立つブランシュ。
 目指すは一路アルチャージル。
 矢のように空を征く白い飛竜。
 これまで体験したことのない速さにて、小さなノノアは目をつむり、必死になって鞍にしがみつくので精一杯。どうしようもなくかなしくって、さみしくって、溢れてくる涙を拭う余裕すらもなかった。

 アルチャージルを目指し飛ぶブランシュ。
 だが、その後方にはすでに追手の飛竜たちの姿が迫っていた。
 その数は二。
 背にまたがる騎士たちが容赦なく、白い飛竜を魔法で狙い撃つ。
 これを懸命にかわしつつ、なおかつ攻撃から背中にいるノノアの身を守りながらの逃避行。
 乗り手を気遣いながらゆえに、思うように速度が出せない。
 足枷をつけられたような状況でも、ブランシュは出来得る限りの飛行を続ける。
 見通しのいい空の上では、的になるだけだと判断したブランシュは、途中であえて渓谷へと足を踏み入れた。
 幅がちょうど飛竜がツバサを広げたギリギリほどしかなく、わずかでも岩壁に接触すればただではすまない。
 そんな場所を臆することなく突き進む。
 追尾の手の者らも、そのツバサの速さを買われて任務を与えられており、巧な手綱さばきにて、どうにかこれに喰らいつく。
 右へ左へと目まぐるしく変化する地形。
 ときには巨岩がもたれ合って出来た自然のアーチの下を、瞬間的にツバサを折り畳んで潜りぬけるという荒業まで駆使して、飛び続けるブランシュ。
 それでも追手をふり切れない。やや距離は稼げたが、それとて微々たるもの。いかに飛竜の個体性能が上であろうとも、こちらは幼子を抱えているから、あまり無茶はできない。対して迫る連中は人竜一体、その性能をいかんなく発揮している。
 このままではいずれ追いつかれる。
 あせるブランシュ。そのとき、背中の子が「きゃっ」と小さな悲鳴をあげ、ブランシュの意識が一瞬、そちらに向いた。
 まるでそのタイミングを見計らっていたかのようにして、突如として頭上より飛来したのは一本の弓矢。
 ただの矢ならば飛竜のカラダをおおう固い鱗には通じない。並みの魔法攻撃にしても飛竜は魔法耐性が強いので、たいして効きはしない。
 だが矢に風の魔法が付与されたモノ。それも熟練者の手より放たれた一撃となれば話がちがってくる。
 弓矢がまっすぐに向かう先には小さな女の子の姿が。
 このままではノノアの身が危ないと判断したブランシュが、身をよじってそれを阻止するも、かわりに己がカラダに突き刺さることになる。
 第三の追手の出現!
 いや、正しくは最初から追手の数は三であったのだ。
 あえて別行動をとり、より高みからずっと機会を伺っていたのだ。
 矢を受けてブランシュの動きがやや鈍る。そこを背後からの魔法攻撃が追撃。
 直撃を受け勢いに押されて白い飛竜の体勢が傾く。
 も、こちらはたいして効いてはいない。だからかまわず飛び続けようとした矢先に上空より第二射が飛来。魔法が煙幕となっているところに、それが左翼のつけ根を掠めて、「ピュイ」とブランシュが悲痛な声をあげる。
 飛竜はその両翼にて空を征く生き物。
 ツバサは彼らの誇りであり、魂であり、これが傷つき失われることは、すなわち死にも等しいこと。だから潜在的にツバサ周りが傷つくことを怯え厭う。それをされたがゆえの鳴き声。
 そのことは飛竜乗りであれば百も承知。だからこそ敵はあえて狙ったのである。逃げる獲物の気概を委縮させるために。
 しかしそれでもブランシュの心は折れなかった。
 むしろ大切なモノを傷つけられて、いっそう闘志を燃やす。
 だが、それゆえに追走劇はより過激になっていき、結果として白い飛竜は次第に傷を増やすこととなる。

 ウインザム帝国の国境を越え、二つほど国をまたいだところで、ようやく追っ手をふり切った。
 鎧を着こんだ屈強な騎士を乗せていた飛竜と、綿毛のように軽い幼子を乗せた飛竜。
 スタミナや体力の消耗率の差が、明暗を分ける結果とある。ブランシュたちの粘り勝ちだ。しかし勝利と引き換えにした代償はおおきく、白い竜身は朱に染まっていた。
 ムリがたたって、右翼の骨が折れてしまい、ふつうならば飛び続けることなんて不可能。
 そんな状態にもかかわらず、ブランシュは懸命に飛び続けた。
 ベルから託されたノノアをアルチャージルにいるという、人形を連れてた女勇者のもとへと送り届けるために。


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