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182 ある勇者の物語

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 怪しげなお告げに導かれて、怪しげな廃屋と怪しげな古井戸を発見。
 井戸には石蓋にて封がされており、上には重しまでガッツリ載せられてある。
 なんとも言えない風格にて、妖気が漂っているような気がしなくもない。
 ボロ屋のほうは全体が蔓草におおわれているものの、屋根や壁はいまもって健在。どうにか家として体面を保っている。
 玄関扉のノブに手をかけたら、扉ごとガタンと外れた。蝶番の連結部分が折れてる。とっくに耐久年数を超えていたらしい。
 ずっと閉め切られていた室内には、うっすらとホコリが積もっているものの、おもいのほかに小奇麗な印象。
 二間続きの造りにて手前の部屋にはテーブルにイスに食器棚、奥の寝室にはベッドと書棚があるのみ。調度品の様子からして家の持ち主は男性みたい。
 必要最低限の物だけを揃えたといった感じにて、けっこう質素な暮らし向き。
 全体がそんな雰囲気なので、おそらくは家主の好みなのだろうが、食器類はすべて一人分しかなかった。マグカップも一つだけ。
 ということは、ろくすっぽ来客が訪れることもなかったということなのだろう。
 これはちょっと切ない。
 ルーシーと二人で家探しするも、手前の部屋には目ぼしい品が無かったので、寝室の方へ。
 わたしはホコリ塗れになることも厭わず、床に這いつくばって、ベッドの下をチェック。
 が、空振りに終わる。

「ちっ、男が隠し物をするのならば絶対にここだと思ったのに。ハズレか」
「いったいいつの時代の話をしているんですか? リンネさま。いまどきそんな真似、ゴリゴリ盛ってる中学生だってしませんよ」
「えー、でも古き良き伝統だって。まえにうちのお父さんが言ってたよー」

 家族揃っての大掃除のおりに、ベッドのマットの隙間にヘンな映像資料を突っ込んでいたのを母に見つけられたときの父の魂の叫び。
 幼き頃に、それを耳にしたわたしの中に「男とは伝統と格式を重んじる古風な生き物」と深く刻まれた一事であった。ちなみに映像資料のタイトルは「リアル女子高生のいけない放課後」だったと記憶している。

「いや、それはたんに自分の父親の情けないエピソードなだけですよ。それもかなり恥ずかしい部類の。娘としてはとっとと忘れてあげるのが親孝行というものです」

 そう言いながら青い目をしたお人形さんは、書棚から取り出した一冊の古ぼけたノートをぱらぱら流し読み。
 ずっと日陰の屋内にあったせいか、紙はあまり劣化していなかったみたい。いくぶんインクの文字が霞んでいるものの、まだ中身が読めるそう。
 それは家主の日記みたいなもので、想いが切々と綴られてあったのだけれども。
 彼の半生を冊子の頭から長々となぞっていたら、それだけで日が暮れそうなので、内容をザックリかいつまむ。

 彼はわたし同様に異世界から渡ってきた勇者。
 幼馴染みの子と二人して、ノットガルドに召喚され、数多の冒険をくり返し、紆余曲折を経て、ついに彼女と結ばれた。
 が、あっさり寝取られ捨てられた。
 これまでの艱難辛苦、ともに過ごした膨大な時間はいったい何だったの? というぐらいの手の平返しにて、貯め込んだ財を持ち逃げされてバハハーイ。
 女も女ならば、それを許した男も男である。
 なお彼の幼馴染みだった妻を寝取ったのは、とある国の騎士。
 まぁ、戦闘力では彼に遠く及ばないものの、見た目は偉丈夫にてルックスに関しては百対ゼロでボロ負けだった。
 せめて彼の容姿が並み程度であればよかったのだが、もち肌ころころぽっちゃり系。
 いくら鍛えても、強くなっても、基本体型が変わることなく、肌が精悍に焼けることもなく、いかなるダイエットも効果がなかったという。

「なんのかんのといっても、やっぱり見た目かよ!」

 それはこれまで経験した冒険譚の中でも随所に見られたこと。
 彼はその華々しい活躍のわりに、表舞台にはほとんど登場することなく名前も残っていない。なぜなら容姿がいまいちだったから。
 人は見たいモノだけを見て、記憶する。
 だから彼がいくら手柄を立てようとも、それがまっとうに評価される方が少なくて、たいした実力もない見た目だけの奴に、オイシイところだけ横からかっ攫われることもしばしば。
 ちゃんと見る目がある者はいる?
 見ている人は見てくれている?
 それは正しい。実際に彼の実力や人格などを評価してくれる人物も、世間には少なくなかった。ただし、それらが市井の一般人か国の貴人かでは、その後の差が雲泥となる。
 残念なことに、彼の場合は前者の中でもごく一部だけにて、後者にいたってはほとんど理解者を得られなかった。
 これに彼が傷つかないわけがない。
 何もかも投げ出して、自棄を起こしかけたことだって、一度や二度ではなかった。
 でもその度に彼を慰め、そばで親身になって、いつだって支えてくれていたのが幼馴染みの彼女だった。
 しかし彼女もついに去ってしまった。
 しかも最低最悪のタイミングで。
 ぶち切れて、自分に非道な行いを仕出かした連中のところに押しかけて、仕返しをしなかったのは、ひとえに彼の人格の確かさゆえ。
 あまりにも不遇。よしんば復讐に手を染めたとて、誰が彼を責められようか? 魔王化したとて誰が責められようか?
 だが、彼はしなかった。
 そのかわりに俗世を厭っての隠遁生活に入る。
 ひっそりと異世界の片隅で静かに一人暮らす生活。
 その無聊な時間が彼の傷ついた心を慰めることもなく、ウツウツと心中に降り積もるのは、どす黒い感情が粒と化したもの。
 このままでは、いずれ自分は狂うと考えた彼は、手慰みとして石像を彫ることを始めた。
 自身の中にある恨みつらみ、嘆き、悲哀、後悔、絶望……。
 一刀ごとにそれを込めてゆく。まるで自分の中に渦まくそれらを、石像へと移すかのように。
 何年も何年も何年も何年もかけて、少しずつ、薄皮を削るかのように丁寧に丁寧に。
 いつの間にか彼の髪は灰色となっており、老境と言われる歳になっていた。
 やがて像が完成するも、それがある種の呪法となることに気づいたときには、すでに手遅れ。
 なにせ歴戦の勇者が膨大な時間と労力を費やし、無意識に魔力を注ぎ、丹念に練り上げ、作り上げた品ゆえに、扱いを間違うととんでもないことになりかねない。
 これを恐れた彼は、自分が完成させた石像を自宅の井戸に封印することにした。

 日記はここで終わっている。
 その後、彼がどうなったのかはわからない。
 でも、バアちゃんの占いから察するに、そのヤバイ石像がいまなお健在であるらしい。

「どうやら封印に綻びが生じて、その影響でアルチャージルを次々と異変が襲っていると見ていいようですね」青い目のお人形さんがフムフムと独りごちている。
「よりにもよって、どうしてこのタイミングで漏れるのよ? 漏らすのならばわたしたちが帰ってからでもいいじゃないか」わたしはぷりぷり不満を表明。
「まぁ、そのあたり、リンネさまの運の無さは今に始まったことじゃないので。もしくはリンネさまの膨大な魔力にピコンと触発されたという可能性も捨てきれませんが」
「うぅ、ちくしょう」

 いくら嘆いたところで事態が好転するわけもなく。
 とりあえず例の石像の状態を確認することになったのだけれども、古井戸の重しをのけて石蓋をどけたとたんに、底の方から聞こえてきたのは「あー、ピチピチギャルとデートしてえ」という、くだらない内容の気だるげな声であった。


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