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178 海獣さまのタタリ

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 とりあえずビスコ家のトラブルの事態収束の目処が立ったところで、わたしたちはアルチャージルへと帰った。
 なおシビニング、カーラ夫妻は騒動の後始末のためにそのまま残ることになり、帰路の同伴には老執事のモルトさんのみ。
 なにせ向こうをほったらかしのまま来ちゃったもので、いきなりミロナイトの高位貴族夫妻が消えちゃった格好になっている。これを放置したら失踪扱いとなって、これまた大騒ぎになってしまうから。
 わたしがケツを蹴っ飛ばした男については、ジジイが厳正に処理してくれるとのこと。高位貴族の身内に手を出したのだから、その処理が肉の卸業者ばりの解体作業になるらしい。悪党に似つかわしい、なかなかに悲惨な末路だ。
 犯行動機に関して、男は兄嫁の遠い係累らしく、モランくんを見せしめにすることで脅迫の材料とし、自分の思い通りに兄嫁を操ろうと画策したみたい。
 己の悪事を棚にあげて、「これであんたも同罪」「俺たちは共犯関係、運命共同体」とか言って兄嫁を強引に抱き込み、甘い汁をちゅうちゅうする気だったようだ。
 直系の孫ではなくって、ぽっと出のガキなら一人ぐらい始末しても問題なかろうとの浅慮。
 一足先にまんまと巻き込まれた鑑定士のおっさんも、今回の件をネタにゆすりたかり、鑑定結果を捏造させ悪用しまくる算段だったとか。一度だけの約束のはずがズルズルにて、気づけばどっぷりハマって抜け出せない。
 なんていう性質の悪い話さ。その小狡い計算をするオツムを他のことに使えばいいのに。
 やれやれ、阿呆につける薬はないね。

 帰りの道中、何度も頭を下げられて、いい加減に老執事の脳天にあった右回りのつむじも見飽きちゃったよ。
 のんびりバカンスのはずが、モランくんの出自にまつわるビスコ家の騒動のせいで、早や前半が忙しなく消化されてしまった。
 だから後半は思いっきりダラダラ過ごしてやるぜー。っと張り切っていたのに……。

 ホテルの窓の外に広がるのは、凶悪な面構えをみせる暗黒雲。
 南国のはずなのに冷たい風がびゅうびゅう。
 眩しいオーシャンブルーは何処かへと消え失せ、陰鬱な藍色の海は大荒れ。
 どっぱんざっぱんとビッグウエーブの大行進。
 いわゆる大時化というやつである。
 まえの世界で、たまにテレビのニュースにて南国リゾートへと出かけた観光客たちが、台風に巻き込まれて切ない思いをしている映像を何度か目撃したが、よもや自身がそんな不運な目に合おうとは。

「なぜにこのタイミングで台風が直撃……」

 呆然自失となったわたしがぼそりとつぶやくと「ちがいますよ」とルーシー。「この地は開拓以来、過去二百年に遡っても、こんな天気になったことはないそうです。だからこそ一大リゾート地に選ばれたのですから。前例のない異常気象らしくって、アルチャージルの経営陣も頭を抱えているらしいですよ」

 なにせこの地には各国のおえらいさんが多数お忍びで訪れているもんで、対応におおわらわらしい。
 先ほど一階のロビーを見に行ってきた鬼メイドのアルバの話では、受付周りがとってもにぎやかだったとか。
 とはいえお天気のことで文句を言われても、こればっかりは、ねえ?
 あーあ、ツイてない。
 しょうがないので、みんなでお部屋でカードゲームとか盤上ゲームで遊んで過ごす。屋内用の遊戯施設やカジノとかもあるけれども、きっと人が殺到しているだろうから、わざわざそこに混ざりたいとは思わない。
 まぁ、これはこれで楽しいし、たまにはこんな時間の過ごし方もいいかな。
 ゲームがひと段落したところで、ちょっと休憩。
 窓辺に立ち、ふと、外をみればお天気はますます大荒れ。
 雨脚は強まる一方にて、空にはゴロゴロと稲光まで走っている。
 そして沖合では巨大なタコとイカが盛大に取っ組み合いのケンカの真っ最中。

「……って、なんじゃ、こりゃあーっ!」

 素っ頓狂なわたしの声に、みんなが釣られて窓辺へと。
 そして同じく「なんじゃあ、こりゃあーっ!」と声をあげた。
 タコに見えた海の生き物は、レッドピピルと呼ばれる海のモンスター。
 なんだかムダにカッコいい名前だな。
 イカに見えた海の生き物は、スルメと呼ばれる海のモンスター。
 こちらは、あきらかに異世界渡りの勇者が名づけ親だろう。適当なことしやがって、そこは普通にイカでいいじゃないイカ。
 えー、コホン。そのことはポイっと脇へのけといて。
 どうやら海が荒れているのは、こいつらのせいっぽい。
 なにせ推定ながら全長五十メートルを超える大物同士。そいつが組んずほぐれつ、どったんばったんと暴れているから、波が立ってしようがない。
 しばらく眺めてから意を決したわたしは浜辺へと向かうことにした。
 もちろん、せっかくのバカンスを台無しにしている連中をぶっ飛ばすために。
 なおリリアちゃんたちはホテルでお留守番。
 だって土砂降りの中で冷たい海風に当たって、風邪でもひいたらタイヘンだもの。
 彼女たちの面倒はルーシーに任せて、お供は鬼メイドのアルバのみ。
 なにせウチのビスクドールさんってば、とっても小柄で軽いからねえ。この強風だとちょいと飛ばされかねない。意外なところで意外な弱点が発覚したよ。



 暴風にあおられて、ぐわんぐわんと揺れる街路樹が、いまにも折れそう。
 ばちばちと頬を打つ大粒の雨。横殴りにてちょっと痛い。
 荒れ狂う波にて浜辺には人っ子一人いやしない。
 かと思えば一人いたよ。腰のすっかり曲がったバアちゃんが。

「ちょっと、こんな時にこんなところで何してんの!」

 あわてて声をかけたら、バアちゃんは返事をするかわりに「タタリじゃあ、これは海獣さまのタタリじゃあ」とわめき、くすんだネズミ色の髪を振り乱し、ズンドコ踊っている。
 なかなか堂に入った踊りっぷり。だがダサい。
 たぶん神々の怒りを鎮める舞いか何かだとおもうのだけれども。
 とりあえず、はみ出しているシワシワのたくわん丸ごとみたいな片乳をしまえ。目のやり場に困るから。
 で、事情説明を求めるとスラスラと答えるバアちゃん。
 なんでもこの目の前の海域を支配する海獣さまたちが、モーレツに怒っているらしい。
 かつては年二回、地元民らでお祭りをして彼らを祀っていたのだが、リゾート開発による急激な発展と近代化によって、すっかりいにしえの風習が蔑ろにされ、忘れられてひさしい。そのせいで、ついに堪忍袋の緒が切れたにちがいないとのこと。
 これを鎮められるのは「清らかな乙女の巫女舞い」を捧げるのみ。
 いろいろとツッコみどころのあるお話にて、なんともありがち。
 けれども、諸問題には目をつぶったとしても、やはりわたしは首をかしげずにはいられない。
 だってアルチャージルの開発が始まったのって二百年ほど前。
 とどのつまり「今更、タタリ?」なのである。
 もしも本当に祟るつもりならば、序盤から全力全開で猛威を振るわないと意味がないと思うもの。
 でも、わたしのそんな疑問はおかまいなしにて、目の前の海では巨大タコとイカが乱闘を演じ、すぐとなりではバアちゃんのはみ乳音頭が続いている。
 気のせいか、バアちゃんが熱心に踊るほどに、海の中の乱闘がかえって激しくなっているような……。
 ひょっとして、それって逆効果なんじゃあなかろうか。


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