上 下
171 / 298

171 白浜の美少年

しおりを挟む
 
 見渡す限りの美しい白浜、青い海、輝く太陽。
 しばし心地よいさざ波の音色に耳を傾け、頬を優しく撫でる潮風に身をゆだねてから、砂浜よりふり返ればホテルやら商業施設がずらりと軒を連ねており、その先には程よい傾斜の緑の高原地帯があって、けっこうな数の立派な別荘が点在している。
 ここは楽園とも称されるアルチャージル。
 大人から子どもまで、老若男女、あらゆる種族が楽しめる総合リゾートを目指した場所にて、経営母体はベスプ商連合。
 経済活動にて各国に太いパイプを持つ彼ら肝入りの開発エリアゆえに、たとえ世界大戦の只中とはいえ、ここにちょっかいを出す輩はまずいない。
 怒らすと怖いのは商人とうちの奥さんってね。
 だからここはある意味、中立地帯的な意味合いもあって、華やかな表向きの裏ではごにょごにょと密談やら取引なんぞも行われているとかいないとか。
 が、そんな裏事情なんて一般の観光客には関係なし。
 この度、わたしはアルバとルーシーをお供にリリアちゃんとマロンちゃん、それからモランくんを引き連れてバカンスへとやってきた。
 ここのところ、不本意ながらもちょっと殺伐としていたわたしの周辺。
 リリアちゃんも学業に政務にとよく励んでいる。
 マロンちゃんはよき友人として、そんな姫君を公私に渡って支えてくれている。
 モランくんは宰相のダイクさんとゴードン将軍からビシバシ鍛えられ中。
 みんなよく頑張っている。だからここいらでご褒美がてら一発リフレッシュ休暇をと、リンネお姉ちゃんは考えたわけよ。
 で、どこかいい所はないかなぁと調べたら、ここがあったから遊びにきたのである。

 浜辺に並べたビーチチェアに主従にて寝そべり、フルーツてんこ盛りのジュースをちゅうちゅう飲みながら、水辺ではしゃぐ乙女たちと美少年の姿を堪能する。
 リゾート地の陽気に浮かれて、ふよふよ近寄ってくる身の程知らずどもは、ルーシーが手にしたライフルによるゴム弾の一撃で昏倒。静音設計なので周囲に気づかれることもない。なお倒れたエロ虫は鬼メイドのアルバが磯の向こうにぽいっと捨ててくる。
 わたしを含めてみんな水着姿だというのに、アルバだけはいつものメイド服。「さすがに暑かろう」と訊いたら「大丈夫です」と言っていきなりロングスカートをばさばさする鬼メイド。すると内部から冷たい風がひゅるりらー。衣装の素材も通気性と速乾性に優れたモノらしく、見た目は同じでもきちんと夏仕様。どうやら暑さ対策は万全であるようだ。

 モランくんがリリアちゃんの手をとって泳ぎの練習につきあっている。
 リスターナは内地ゆえに海がない。ギャバナ国のように大きな湖もなく、泳ぎとは縁のない場所で育ったがゆえに、彼女はこれを機会に泳ぎをマスターするつもりのようだ。
 遊びに来た先でも更に上を目指すとは、なんという向上心。そんなマイシスター一号に、リンネお姉ちゃんは鼻高々だよ。
 一方のモランくんは泳ぎがとっても達者。小さい頃に今は亡き実父に教わったんだそうな。何気になんでも器用にこなすんだよねえ、あの子ってば。出会った当初から利発なお子さまだったけれども、こうなるとちょっと出来すぎなような気もする。もちろん、いい意味でだけどね。
 それにしても黒髪の美少年と金髪の美少女との組み合わせは絵になるねえ。
 図々しさでは近隣に並ぶ者なしと評判のリンネお姉ちゃんでも、あそこに「混ぜて」と割って入る勇気はないよ。本当はカメラにてベストショットを撮りたいところだが、生憎と構図が逆光気味なのが悔やまれる。それにビーチでカメラ片手にうろうろはさすがにアウトっぽい。しようがないので脳内ハードディスクにせっせと保存しておこう。
 ぼへえと二人の眩しい姿を眺めていると、水滴を滴らせながら先にあがってきたのはマロンちゃん。
 アルバの御堂であるエタンセルさんから剣の手ほどきを受けているせいか、いい感じに引き締まった肢体に仕上がっており、歩く健康美にて夏の浜辺がよく似合う。ちなみに彼女はほどほどに泳げる。幼い頃より自宅の広めの浴場にて、こっそり修練を積んでいたらしい。ツンデレ気味なマイシスター二号はちょっぴりわんぱくさんでもあったようだ。
 鬼メイドより手渡されたタオルで体を拭いながら「まえまえからおもってたんだけど。モランってば、ほんとうにただの行商人の子どもだったの?」とマロンちゃん。

 礼儀作法から勉学、立ち居振る舞い、紳士的な思考、正義感、真摯で直向な態度に加えてサラサラ黒髪、ますます拍車のかかる美少年っぷり、商才や文才のみならず武才の片鱗をも見せ始めている。特大級の宝石の原石を彷彿とさせる未完の大器……。
 もちろん当人が努力しまくっていることは重々承知している。でもそれを差し引いても、たしかにちょっと優秀過ぎる気もする。小さい頃に実父に教わったことなどがベースにあるようだけれども。ということは、実父がかなり出来るパパさんだったということかな。
 どうやらマロンちゃんもわたしと同じ疑問を密かに抱いていたようだ。

「亡くなった実父ってのが、じつはどこぞの大貴族の家から飛び出した跡取り息子とかだったりして」

 いかにも古参の貴族然として、ちっとも民の暮らし向きを省みない厳格な父親に反発して、実家を飛び出した御曹司。行商人となって気のみ気のまま各地を転々としているうちに、ユーリスさんと運命的な出会いを果たし、黒髪の天使を授かった。
 なーんて、いかにも物語的にはありがちな設定をわたしが口にすると、マロンちゃんが「ありえるかも」とか言い出した。しかも結構なマジ顔で。

「いやいやいや、冗談だから。そんなにマジメに考え込まないで」

 自分で言い出したことだけど、せっかくのリゾート気分に水を差すような要素はいらないもの。なによりせっかくいい感じで落ちついているゴードン、ユーリス、モランの新家族に波風は不要。
 すっかり思案顔のマロンちゃん。このままだと調べてみようとか言い出しかねない。
 これにおおいにあわてるわたし。やめて、せっかくの休暇に雑事はいらないの。
 扇にてゆらゆらとあおぎ、やや狼狽気味の女主人に風を送り続ける鬼メイドのアルバ。
 塩気を含む海風は銃器の大敵にて、ライフルの手入れに余念のないヒットマンなルーシー。
 バシャバシャと懸命にバタ足をくり返しているリリアちゃん。
 彼女の手をとって「お上手ですよ」と励ますモランくん。
 そんな賑やかな一行を少し離れたところから、じっと見つめていたのは、とある貴族の老執事。

「あれは……まさか、オリバー坊ちゃま。いや、しかし歳が若すぎる。他人の空似か。だが本当によく似ている。まるで生き写しのよう。はっ、もしや! これはすぐに奥さまに報せなければ」


しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...