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171 白浜の美少年
しおりを挟む見渡す限りの美しい白浜、青い海、輝く太陽。
しばし心地よいさざ波の音色に耳を傾け、頬を優しく撫でる潮風に身をゆだねてから、砂浜よりふり返ればホテルやら商業施設がずらりと軒を連ねており、その先には程よい傾斜の緑の高原地帯があって、けっこうな数の立派な別荘が点在している。
ここは楽園とも称されるアルチャージル。
大人から子どもまで、老若男女、あらゆる種族が楽しめる総合リゾートを目指した場所にて、経営母体はベスプ商連合。
経済活動にて各国に太いパイプを持つ彼ら肝入りの開発エリアゆえに、たとえ世界大戦の只中とはいえ、ここにちょっかいを出す輩はまずいない。
怒らすと怖いのは商人とうちの奥さんってね。
だからここはある意味、中立地帯的な意味合いもあって、華やかな表向きの裏ではごにょごにょと密談やら取引なんぞも行われているとかいないとか。
が、そんな裏事情なんて一般の観光客には関係なし。
この度、わたしはアルバとルーシーをお供にリリアちゃんとマロンちゃん、それからモランくんを引き連れてバカンスへとやってきた。
ここのところ、不本意ながらもちょっと殺伐としていたわたしの周辺。
リリアちゃんも学業に政務にとよく励んでいる。
マロンちゃんはよき友人として、そんな姫君を公私に渡って支えてくれている。
モランくんは宰相のダイクさんとゴードン将軍からビシバシ鍛えられ中。
みんなよく頑張っている。だからここいらでご褒美がてら一発リフレッシュ休暇をと、リンネお姉ちゃんは考えたわけよ。
で、どこかいい所はないかなぁと調べたら、ここがあったから遊びにきたのである。
浜辺に並べたビーチチェアに主従にて寝そべり、フルーツてんこ盛りのジュースをちゅうちゅう飲みながら、水辺ではしゃぐ乙女たちと美少年の姿を堪能する。
リゾート地の陽気に浮かれて、ふよふよ近寄ってくる身の程知らずどもは、ルーシーが手にしたライフルによるゴム弾の一撃で昏倒。静音設計なので周囲に気づかれることもない。なお倒れたエロ虫は鬼メイドのアルバが磯の向こうにぽいっと捨ててくる。
わたしを含めてみんな水着姿だというのに、アルバだけはいつものメイド服。「さすがに暑かろう」と訊いたら「大丈夫です」と言っていきなりロングスカートをばさばさする鬼メイド。すると内部から冷たい風がひゅるりらー。衣装の素材も通気性と速乾性に優れたモノらしく、見た目は同じでもきちんと夏仕様。どうやら暑さ対策は万全であるようだ。
モランくんがリリアちゃんの手をとって泳ぎの練習につきあっている。
リスターナは内地ゆえに海がない。ギャバナ国のように大きな湖もなく、泳ぎとは縁のない場所で育ったがゆえに、彼女はこれを機会に泳ぎをマスターするつもりのようだ。
遊びに来た先でも更に上を目指すとは、なんという向上心。そんなマイシスター一号に、リンネお姉ちゃんは鼻高々だよ。
一方のモランくんは泳ぎがとっても達者。小さい頃に今は亡き実父に教わったんだそうな。何気になんでも器用にこなすんだよねえ、あの子ってば。出会った当初から利発なお子さまだったけれども、こうなるとちょっと出来すぎなような気もする。もちろん、いい意味でだけどね。
それにしても黒髪の美少年と金髪の美少女との組み合わせは絵になるねえ。
図々しさでは近隣に並ぶ者なしと評判のリンネお姉ちゃんでも、あそこに「混ぜて」と割って入る勇気はないよ。本当はカメラにてベストショットを撮りたいところだが、生憎と構図が逆光気味なのが悔やまれる。それにビーチでカメラ片手にうろうろはさすがにアウトっぽい。しようがないので脳内ハードディスクにせっせと保存しておこう。
ぼへえと二人の眩しい姿を眺めていると、水滴を滴らせながら先にあがってきたのはマロンちゃん。
アルバの御堂であるエタンセルさんから剣の手ほどきを受けているせいか、いい感じに引き締まった肢体に仕上がっており、歩く健康美にて夏の浜辺がよく似合う。ちなみに彼女はほどほどに泳げる。幼い頃より自宅の広めの浴場にて、こっそり修練を積んでいたらしい。ツンデレ気味なマイシスター二号はちょっぴりわんぱくさんでもあったようだ。
鬼メイドより手渡されたタオルで体を拭いながら「まえまえからおもってたんだけど。モランってば、ほんとうにただの行商人の子どもだったの?」とマロンちゃん。
礼儀作法から勉学、立ち居振る舞い、紳士的な思考、正義感、真摯で直向な態度に加えてサラサラ黒髪、ますます拍車のかかる美少年っぷり、商才や文才のみならず武才の片鱗をも見せ始めている。特大級の宝石の原石を彷彿とさせる未完の大器……。
もちろん当人が努力しまくっていることは重々承知している。でもそれを差し引いても、たしかにちょっと優秀過ぎる気もする。小さい頃に実父に教わったことなどがベースにあるようだけれども。ということは、実父がかなり出来るパパさんだったということかな。
どうやらマロンちゃんもわたしと同じ疑問を密かに抱いていたようだ。
「亡くなった実父ってのが、じつはどこぞの大貴族の家から飛び出した跡取り息子とかだったりして」
いかにも古参の貴族然として、ちっとも民の暮らし向きを省みない厳格な父親に反発して、実家を飛び出した御曹司。行商人となって気のみ気のまま各地を転々としているうちに、ユーリスさんと運命的な出会いを果たし、黒髪の天使を授かった。
なーんて、いかにも物語的にはありがちな設定をわたしが口にすると、マロンちゃんが「ありえるかも」とか言い出した。しかも結構なマジ顔で。
「いやいやいや、冗談だから。そんなにマジメに考え込まないで」
自分で言い出したことだけど、せっかくのリゾート気分に水を差すような要素はいらないもの。なによりせっかくいい感じで落ちついているゴードン、ユーリス、モランの新家族に波風は不要。
すっかり思案顔のマロンちゃん。このままだと調べてみようとか言い出しかねない。
これにおおいにあわてるわたし。やめて、せっかくの休暇に雑事はいらないの。
扇にてゆらゆらとあおぎ、やや狼狽気味の女主人に風を送り続ける鬼メイドのアルバ。
塩気を含む海風は銃器の大敵にて、ライフルの手入れに余念のないヒットマンなルーシー。
バシャバシャと懸命にバタ足をくり返しているリリアちゃん。
彼女の手をとって「お上手ですよ」と励ますモランくん。
そんな賑やかな一行を少し離れたところから、じっと見つめていたのは、とある貴族の老執事。
「あれは……まさか、オリバー坊ちゃま。いや、しかし歳が若すぎる。他人の空似か。だが本当によく似ている。まるで生き写しのよう。はっ、もしや! これはすぐに奥さまに報せなければ」
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