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156 地の極秘会談

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 聖クロア教会の総本山、オスミウムの都の中央区画にある、とある建物。
 その一室に集いしは女神イースクロアに身命を捧げし、四名の聖騎士たち。

「すまないね。こんな夜更けに急に呼び出したりして」

 大きな丸いテーブルを囲んでいる一同に向かい、挨拶をしたのは長い銀髪の痩身の男。
 彼こそが第一の聖騎士にして、彼らを束ねるゼニス大司祭。

「新たな神託が下った。それで早速で申し訳ないが、いくつかの報告と今後の指示を与えたいとおもう」ゼニスは言った。「魔族に潜入していたルルハンが消息を絶った。おそらくは邪龍復活の際に巻き込まれたものとおもわれる」

 やや沈痛な面持ちのゼニス。
 病的な青白い顔の色をいっそう白くさせている。

「だが、そうまでして復活させた邪龍さまもあっさり死んじまったと聞いたぞ。なんでも天からあらわれた『腐界の聖女さま』とかに倒されたとか。キシシシシ、ルルハンのおっさんもとんだ無駄死にだな」

 仲間の死なんぞまるで意に返さず、愉快そうに手の中のダガーを弄びながら、不遜な言葉を吐いたのは、面構えのまずい猫背の男。
 彼の名はイブニール。六番目の聖騎士である。

「坊、そのへんにしておきな。あんまり死人を虐めてやるもんじゃないよ」

 若い者をやんわりとたしなめたのは、灰色の髪の小さな老婆。かなりの高齢ながらも背筋はしゃんとしており、かくしゃくとして静けさと品の良さを漂わしている。
 クシャリと紙を握り潰したかのような笑みを絶えず浮かべている。
 にこにこ顔を向けられて、イブニールはビクリと固まってしまい、あやうくダガーで指先を切りそうになった。
 彼女の名はリネンビ。四番目の聖騎士である。
 イブニールとリネンビ、二人のやりとりを前にしても、まゆ一つ動かすことなく無言にてじっと佇んでいる壮健な男性。
 軍属を思わせるピンとした厳しい空気をまとっている彼は、八番目の聖騎士ジョアン。
 ジョアンは必要なこと以外は一切口にせずに、ただ黙々と与えられた使命をまっとうするばかりの男。
 そんなジョアンとイブニールにゼニスが命じる。

「君たちにはこれより帝国へと出向いてもらう。あちらではラドボルグの指揮下に入ってくれ」
「わかりました」とだけジョアン。
 しかしイブニールは「キシシシ、次はウインザムかい。せっかく戦争も終わったってえのに、なんともせわしないこって。だがどうしてオレなんだい? この手の仕事はグリューネのやつの十八番だろうに。と、そういえばあの女の姿が見えないが……」

 イブニールが口にしたグリューネとは、九番目の聖騎士のこと。
 美の化身のような容姿をしたブルネット髪の女性。その類まれな美貌を活かし、諜報やかく乱活動に特化している凄腕の女スパイ。おもに辺境を中心に暗躍している。
 ラドボルグとは、二番目の聖騎士。
 ずっと第七十九次聖魔戦線に教会からの応援として従軍していたが、このたび戦争が締結したので、帰国することなくその足でウインザム帝国へと赴いている。もちろん女神より下された神託の使命をまっとうするために。

「あぁ、グリューネくんにはべつの案件を任せてあるから」とゼニス。

 彼女がいまダロブリン国へと出向していると聞いて、眉をひそめたのはリネンビ。
 老婆が一瞬、笑顔を曇らせたのには理由がある。
 なぜなら彼の国は評判がすこぶる悪かったから。
 ダロブリンは歪んだ人族至上主義の考えに染まりきっており、階級社会が激しく苛烈にて、貴族にあらずんば人にあらずといったところ。法は形骸化し、理不尽が日常的にいたるところで横行しており、奴隷や人身売買がふつうに存在している。
 善人が血の涙を流し、悪党ばかりが笑う唾棄すべき国。それがダロブリン。
 とっくにどうにかなりそうな状況ながらも、これまでかろうじて体制を維持していられたのは連合軍に積極的に参加していたから。
 これにより聖魔戦線を主導するウインザム帝国や聖クロア教会から受けられる支援金が、ダロブリンの命脈を長らく繋いでいたのである。
 いや、正しくは貴族たちの贅沢な暮らしを、である。
 そんなクソみたいな国なのに、なぜだか大量の勇者を女神さまより賜るという恩恵を受けた。その数、三十。
 だがいくら栄養たっぷりの肥料を投入したとて、肝心の花がすっかり根腐れを起こしていたら、どうしようもあるまい。
 首脳陣は異世界から渡ってきた勇者たちが混乱しているうちに、すぐさま隷属化を施し彼らを私物化してしまい、自分たちの都合のいいように使い潰しはじめる。
 結果として一部の王族や貴族の者だけが富み肥え太り、国土はますます荒廃の一途を辿った。
 そして今回の停戦である。戦争が終われば支援金も打ち切られる。戦争に送られていた将兵たちも続々と帰還する。命懸けで戦ってきた者たちが、国の惨状と腐敗っぷりを目の当たりにして、はたしてどう思うのかなんて考えるまでもあるまい。
 もはや存亡は時間の問題、放っておいても勝手に自滅する。
 そんな国へとわざわざグリューネが赴く。これもまた女神からの神託ゆえにとゼニスに言われて、ノドのところにまで出かかっていた疑問の声をのみこんだリネンビ。
 聖騎士にとって、女神イースクロアの神託は絶対。
 そして女神の神託を唯一、受け取ることができ、その崇高なる存在の御言葉を現世に発信することができる、ゼニスの命令もまた絶対であった。
 だからグリューネとダロブリンに関することは脇へと押しやり、代わりにリネンビが口にしたのは、とある懸念について。

「それにしても、ここのところ成果が少々芳しくありませんね」

 辺境の小国リスターナを中心とした騒乱は成功したものの、思ったよりも延焼はせず。その後の国崩しも失敗に終わる。そればかりか気がつけば、以前よりも周辺諸国との結びつきが強固になっており、ちょっとやそっとでは揺るがないモノに化けていた。
 魔法騎士の国ラグマタイトの王弟暗殺も未遂に終わり、潜入していたグリューネがどこぞの女勇者によって手痛い返り討ちにあう始末。
 そしてこの度は仲間を失ってまで復活させた邪龍だというのに、ナゾの聖女なる存在にて退治されてしまう。

「ギャバナの光の勇者アキラでしたか。どうにもそのあたりからケチがつきはじめているような気がするのですが」

 リネンビが言うと、ゼニスがふいに「くくく」と笑い出す。
 彼が人前で声を発して笑うのは非常に珍しく、これには一同がきょとんとなった。

「いや、失敬。そのギャバナのアキラに関しては、ちょっとおもしろいことがわかってね」

 テーブルの上に置かれたのは一枚の紙。
 ギャバナとカーボランダムとの戦のおりに発行された号外。
 そこには見目麗しい男女の絵姿と、その華々しい活躍が綴られた文字が記載されてあった。

「えーとなになに、このたびメローナ姫と光の勇者アキラがって、……アレ? この女がアキラじゃないのか? えっ、こっちの男がアキラ……、でもたしかグリューネがやられたのって女勇者のはずだろ」

 頭にハテナマークを浮かべ首をひねるイブニール。
 その姿にゼニスは愉快そうに言った。

「くくくく、おかしな話だろう? どうやらワルドとグリューネが二人揃ってまんまと一杯喰わされたらしい。つまり戦った相手は別人ということさ。いやぁ、それにしてもこれはおもしろいねえ。ワルドから話を聞いた限りでは、遭遇したのはそれなりに緊迫した局面だったというのに。そんな場面でシレっとウソをつくとか中々できることじゃあないよ。わたしは俄然、彼女に興味がわいてきたよ。ぜひ一度会ってみたいものだねえ」

 女神の使命と信仰以外にはあまり興味を示さないゼニスの態度に、一同はますます困惑を隠せない。
 なお彼の言葉の中で登場したワルドとは第三の聖騎士のこと。
 真っ黒なミイラ男にて顔には白面を被っており、その素顔はゼニスしか知らない。現在は第五の聖騎士の手伝いにて出かけている。

「まぁ、ナゾの彼女のことについてはいったん置いておこう。運命が交われば、いずれ会う機会に恵まれるだろうし。それよりも我らには成すべき使命があるのだから」

 なおも何か言いたげなリネンビはゼニスのこの言葉で口をつぐむ。彼が静観を決め込んだ以上は、それに従うほかにないから。
 当面の聖騎士たちの活動としては、第一のゼニスと第四のリネンビはオスミウムにて待機。
 第六のイブニールと第八のジョアンは帝国にて、第二のラドボルグとともに活動。
 第九のグリューネはダロブリンにて裏工作中。
 第三のワルドは第五の補佐にて、しばし不在。
 各々の役割が振られたところで、最後に使命に殉じた第七の聖騎士ルルハンの冥福を祈って黙とうを捧げ、その夜の集まりは散会となった。


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