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145 狂化

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 ハゲオヤジの笑みを見た瞬間に、ぞくりと悪寒が走る。
 すぐさまわたしは左人差し指マグナムを放つも、わずかに遅かった。
 倒れていたはずの魔王の太い腕がぬうっとのびて、身を呈して銃撃からルルハンを守る。
 その腕の色がおかしい。
 褐色の肌であったバァルディアの肉体が、みるみる赤黒く変色していく。
 まるで生乾きのカサブタのような色にて、傷もすぐに塞がってしまう。
 初見時とは比べものにならない再生速度。
 石棺へと手をかけ、ゆっくりと立ち上がるバァルディア。
 五本角であった頭には第六の角が出現。
 こちらを睨む双眸に光はなく、死人のように白濁している。目からは赤い血が涙のように流れていた。
 これもまた奇妙な話だ。魔族の血は青かったはずなのに……。
 バァルディアが雄叫びをあげた。
 ビリビリと大気どころか遺跡そのものが震え、天井から崩れた破片がぱらぱらと降る。
 膨れ上がる気配。それに連動するかのようにして、岩のような筋肉の鎧に包まれていたバァルディアのカラダが、一回り以上も大きくなる。

「てめぇ、いったい何をしやがったっ!」
「さきほども申しあげたとおり、私は戦いがあまり得意ではないのですよ。だからこのようにして、自分の代わりにがんばってもらうわけでして、はい」

 対象のレベルを一時的にだが強制的に跳ね上げる「狂化」
 対象の倫理や理性などを縛る鎖を断ち切ることによって、心をたがを外す「解放」
 二つの異能を同時に使用することで狂戦士の傀儡とする。
 これが聖騎士ルルハンの隠し玉。

「たしかアルバさんでしたか、いやはや助かりましたよ。ちょっと想定外続きにて、どうしたものかと悩んでいたのですが、いいところで魔王を倒してくれました。おかげで容易にことが済みました」

 理由はどうあれ武人同士の尋常な勝負。
 それを穢すようなルルハンの物言いに、アルバが厳しい視線を返す。
 まんまと利用された形にて、顔には悔しさがにじむ。
 だが白光の鎧のチカラを使わずに戦い続けたせいで、彼女もかなり疲弊しており、片膝をつき肩で息をしているようなあり様。愛用の槍も砕けてしまっている。これ以上の戦闘継続はちょっとムズかしそう。
 わたしはちらりと右の方に目をやる。
 ルーシーたちはすでに戦いを終えており、救出したみんなをせっせと亜空間に搬出中。

「ルーシー、そっちが片付いたらアルバの回収もお願い。それがすんだら先に脱出して。こっから先はちょっと派手にいくから」
「了解しました。でもあんまり無茶をしないで下さいよ。それから魔導砲だけはダメですからね」
「わかってるって」

 青い目をしたお人形さんはとっても心配性。いや、たんにわたしの信用の低さの問題か?
 と、いきなり赤鬼と化した魔王がこちらに突っ込んできた。
 二本の剛腕が打ち下ろし気味に、わたしの頭部を狙う。
 見るからに重苦しい拳。建物の解体現場で活躍する巨大な鉄球をおもわせる威容と迫力。
 迫る脅威をまえにして、わたしのカラダが勝手に動く。
 補習授業にて何万回もアルバの光の拳を受け、飛ばされ続けた成果。
 あれに比べればバァルディアの拳は、威力はともかくあまりにも遅い。
 ノットガルド非公式ギネス記録。吹き飛ばされた女部門ぶっちぎり第一位は伊達じゃない。
 ぬるりと滑らかな動きにてかわし、脇をすり抜けざまに至近距離にて中指式マシンガンを放つ。
 一瞬にして数百もの弾丸がバァルディアの肉体にめり込み、その身をハチの巣にしていく。
 なのに穴が開いたはしから、次々に再生してしまう。
 ならばと左人差し指マグナムを顔面に向けてぶっ放す。
 弾幕に紛れるかのようにして放たれた一撃は、狙いあやまたずにバァルディアの左半面を直撃し、これを粉砕する。
 ふつうならば即死してもおかしくない攻撃。
 なのに倒れるどころか、ちょっとグラリとしただけで平然と向かってきた! しかも顔まですぐさま再生を開始している。
 わたしはおもわず「げっ!」と声をあげ、「これじゃあ狂化じゃなくって、ゾンビ化じゃない」とぷつぷつ文句を垂れる。
 そんなわたしを眺めているルルハンはとっても愉快そう。

「邪龍復活の駒としてこしらえた急造魔王だったけど、どうやら元から備わっていた再生能力が、狂化によってとんでもないことになっているようだね。いまの彼ならばおそらく首を刎ねようが、心臓を抉ろうが、へっちゃらだろう。おぉ、これはおっかない。そんなバケモノの相手をしなくちゃならないなんて、貴女も災難だねえ」

 自分でやっておいてのこの言い草。
 これにはさすがにプチンときたよ。わたしは、心の内にて「おまえは絶対コロス」と固く誓う。

「アルバの回収完了。ではリンネさまご武運を」とルーシー。

 お人形さんは、やることをやるとさっさと亜空間に引っ込んだ。
 確かにそう命じたのはわたしだけれども、びっくりするぐらいにアッサリ。もうちょっと、こう、何かあってもよさそうなものなのに。とりあえず死ぬことはないとの判断だろうけど、なんだかちょっとさみしいぞ。
 古代遺跡の地下の広間に残ったのは、わたしと狂ったバァルディアとルルハンのみ。
 いっきに静かになったところで、シューッという音ともに現場に出現したのは黄色い煙。床を這うようにして広がっていく。
 正体はわたしの左の小指から放たれた毒ガス。

「さぁて、毒の効き目はどうかいな?」


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