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144 七番目と最凶

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 戦いにのめり込むあまり、すっかり夢中になっているアルバとバァルディア。
 いつになくガチンコなシリアスバトル。
 それを尻目に周囲はどうしていたのかというと……。
 ルーシーとエタンセルがまじめにサクサク、敵兵を平らげつつ囚われていた人たちを救い出している。こちらはおおむね順調。
 けれどもわりと近くにいたローブ姿の男とわたしは「ぎゃあ、ローブに火が!」「うわっ、あぶねー」と逃げ惑うばかり。
 だがこれは無理からぬこと。
 現在地である遺跡の地下の広間にての戦闘配置。
 邪龍が封じられているとおぼしき奇妙な石棺を背にして、対峙しているローブ姿の男とわたし。
 その左側ではアルバたちが、右側ではルーシーたちが戦っていたから。
 すぐとなりで三メートルの鬼女が槍を手にし、五メートルはあろうかという屈強な四本腕の魔王が大剣を四本も手にして「往生せいやーっ!」「死にさらせ!」と激しく殺り合っている。
 その間合いの広さ、攻撃の凄まじさ、あげくに魔法まで駆使しだしたものだから、余波がモロにお隣に。
 おかげでこっちはちっとも集中できやしないよ。
 などとはしゃぎつつ、わたしは対峙している男に言った。

「いつまでそんな格好をしているの? この威容なプレッシャー、おおかたアンタも聖騎士とかいう連中の仲間なんでしょう」

 ローブについた火をあわてて消していた男の動きがぴたりと止まる。

「おや、バレていましたか。こうもあっさりと私の変身を見破ったのは貴女が初めてですよ」

 正体が露見したとたんに男がはらりとローブを脱ぐ。
 中からはごく標準的な体型をした魔族の鬼男がお目見え。頭には魔族の特徴である角がしっかり三本ある。
 わたしが睨みつけていると、鬼男の表面上にじりりとノイズが走る。
 まばたきほどの一瞬後に立っていたのは、先ほどとは似ても似つかぬ人間種の男。
 頭がつるりとハゲており、眉毛もない。それ以外はどこにでもいそうなおっさん。まるで没個性の塊。特徴がないことが特徴みたいな人物。

「おやおや、若い娘さんにそんなに見つめられると少し照れてしまいますね」

 ふざけた言葉を口にする男は、自身を第七の聖騎士ルルハンと名乗った。

「やれやれ、あと少しというところでとんだ邪魔が入ったものです」
「それってさぁ、さっき魔王が言っていた邪龍復活とかのこと?」
「そうですよ。女神イースクロアさまの思し召しにて。だからわざわざ魔族に混じってコツコツと頑張っていたというのに、貴女もヒドイことをする」

 やたらとベラベラおしゃべりに応じてくれるルルハン。
 すぐお隣があんな調子にて、いくらまともに戦えない状況とはいえ、やたらと気前よく答えてくれている。おそらくはわたしを始末する気だからなんだろうけれども、そちらがその気ならばべつにかまわない。むしろこれ幸いとこの現状を利用してできるだけ情報を引き出してやろうとも。

「っていうか、どうして女神さまが邪龍なんて物騒なモノの復活を願うの? 他にも聖騎士たちを使って戦争を誘発するような真似をしたり、平和な国に乱を起こしたり、勇者をバラ撒いたり。どう考えてもおかしいよね」

 世界を救うためにと大勢の若者を召喚したくせに、フタを開けてみれば混乱の火種をまき散らすかのような所業。
 まるで世界に争乱を引き起こし、世界の破壊を助長するかのよう。
 世界を救いたいのか、世界を壊したいのか。
 こちらとしては、そこんところの白黒をはっきりして欲しいわけよ。
 何か深謀遠慮ゆえの行為だというのならば、距離をとり高みの見物としゃれこむ。
 単純に悪意ゆえの行動だというのならば、やはり距離を置いて高みの見物をしつつ、それなりに対処させてもらう所存。
 だというのに、このハゲオヤジはまったくの予想外の解答をのたまいやがった。

「そんなこと知りませんし、知りたいともおもいません。よしんば聞いたところで神の思考を理解できるなどと考えるなんて、おこがましいにもほどがある。それこそ不敬というものでしょう」恍惚とした表情にてルルハンは言った。「女神イースクロアさまが望んだことを、我ら聖騎士が果たす。大事なのはそれだけでして、それ以外はどうでもいいのですよ」

 ……ダメだ、このおっさん。
 どうやら狂信者の類であったらしい。
 たぶん女神さまが「死ね」と言ったら、よろこんで自分の心臓を捧げるタイプだ。完全にイッちまってやがる。
 まともな会話は成立しないと判断したわたしは、左手の人差し指マグナムをかまえて、照準をセット。
 するとおっさんは意外な行動にでる。
 なんと! 両手をあげて降参のポーズをとったのだ。
 呆気にとられるわたしに向かい、ルルハンは「いやはや、個人的に荒事があまり得意な方じゃなくってね」なんて言う。あげくには「いくら変身してカラダが強くなっても、中味がともなわないんじゃねえ」とまで口にした。
 なんらかの発動条件はあるものの、他者に変身できる異能。
 ある程度は質量をムシ出来るのは、先ほど巨躯な魔族種から人間種に変じていたことからもわかる。発言内容からして、おそらくは姿形だけでなくチカラも伴う完全な変身。
 本物に化けられる能力。
 だがそれゆえにどうしても外せない問題がいくつか浮上する。
 それが装備類や経験値の差。
 トリに化けたらいきなりうまく飛べるのかといえば、たぶんムリ。
 トリのカラダにはそれ相応の動かし方があり、感覚があり、使い方がある。それをよく理解しないことには、たぶんろくすっぽ翼をはためかせることもできやしないだろう。
 変身が完璧であればあるほどに本物と対峙したら、明確な差が出る。
 そんな自分自身の能力の弱点をあっさりと吐露するルルハン。
 このおっさん、いったい何を考えているのやら……。
 なんてことを考えはじめていた時点で、すでにわたしは相手にペースを握られていたのであろう。
 ろくに使っていない頭を働かせようとしたのがまちがいであった。
 いつもならば、とりあえず殺ってから考えていたというのに。

 もたもたしているうちに隣のアルバとバァルディアとの勝負が決着!
 鬼女に殴り飛ばされた魔王が吹き飛び、祭壇にある石棺へと派手にぶつかる。
 そのすぐそばにはルルハンの姿が。
 彼は倒れている魔王を見下ろし、にへらと笑った。


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