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143 バァルディアとアルバ

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 新生魔王バァルディアと対峙するのは鬼メイドのアルバ。
 アルバの右手首に光るは金の腕輪。これはLGブランドの品にて彼女の装備一式が内臓されてある。 
 腕輪に手をふれると、飛び出すようにして宙に出現したのは愛用の槍。
 銀の穂先、黒い槍身には余計な装飾が一切施されていない。
 全身が光に包まれ、一瞬にて着装を完了する白光の鎧。
 バァルディアはその様子を静かに見つめるばかり。
 彼の四本の腕にはそれぞれに赤青黄黒の剣が握られている。

「やはりこうなったか」

 戦いを前にしてバァルディアがぼそりとつぶやく。
 その声は鉛のように重く、暗い。

「アルバよ。いずれオレのまえに立ちはだかる者があらわれるとしたら、なんとなくおまえだとおもっていた」
「だからわたしをハメたのか?」

 かつて魔王軍東方面第六部隊師団長であったアルバは、いわれのない讒言によって地位を失い、同僚や部下からも裏切られ、ついには故郷をも奪われる。しかも一族は粛清対象とされ、いまやその存亡が危ぶまれる事態にまで追い込まれている。
 前魔王が没し、その後継争いに巻き込まれたがゆえなのだが、どうして自分が槍玉にあげられたのかが、ずっと引っかかっていた。
 前魔王時代は男尊女卑が激しく、女ながらの活躍を疎まれたか、事あるごとに諫言を口にし協力的ではなかった第四氏族ダイアスポアゆえか、あるいはその両方のせいかとも考えていたが……。

「その眼だ。いつも真っ直ぐに前だけを見ているおまえのその眼が、どうしようもなくオレを苛立たせる」とバァルディアは言った。「なぜだ、なぜアレほどの仕打ちにあっていながら、いまだにそんな眼をしていられる? おまえ知ったハズだ。この世界の不条理を、その残酷さを、人心の醜さを。なのにどうして」

 臓腑の底より絞り出されるかのような、それは問いかけにも似た憤り。
 己がとっくに諦めて捨ててしまったモノを、いまだに後生大事に抱えていられることへの腹立ち。「おまえだけどうして!」「おまえだけズルいじゃないか?」「おまえは堕ちるべきなのだ!」
 最愛の女と生まれてくるはずであった我が子を無残にも殺され、世界に絶望したバァルディア。
 彼の口よりつらつらと吐き出されるのは手前勝手な言葉と想い。
 そのすべてをアルバは、ただじっと黙って正面より受けとめていた。

「なぜ、か……。自分にはリンネさまたちがいてくれたからな。たぶんそのおかげだろう。あの方たちを見ていたら、マジメにふさぎ込むのがバカらしくなるからな。知っているか? バァルディア殿。世界はとても広くて、とてもキレイなんだぞ」

 そう言ってから槍を構えるアルバ。
 呼応するかのようにしてバァルディアも剣を構える。
 会話はこれでお終い。
 ここからは武によってのみの語らいとなる。
 先に動いたのはバァルディア。
 四本の腕、その各々がまるで一つの生き物のように自在に動き、上下左右斜めと繰り出される連撃。一撃一撃が必殺の重さと威力にて、岩をも容易く砕き、ときにはバターのように両断してしまうもの。
 荒れ狂う怒涛の凶刃。それを前にしてもアルバは一歩も引かない。
 平然とすべての剣撃を弾き、受け流し、ときにがっちりと受け止めてさえみせる。
 体格さは歴然、自分の膂力と武芸に絶対の自信のあったバァルディアは目を大きく見開き、「バカな! いつの間にこれほどの技量を」とおもわず口にせずにはいられない。
「言っただろう? 世界はとてつもなく広いと。我ら魔族はあまりにも長いこと連合軍との戦にかまけすぎていたんだ。ちょっと外へと目を向けていれば、強いヤツなんてゴロゴロしているというのに」

 かつて戦場の白雪と名を馳せた頃とは、まるで別人のような実力を備えたアルバを前にして、バァルディアは更に苛立ちを募らせる。
 いっそうに荒々しい怒気を発し、「少しばかり腕をあげたからとてつけあがるな!」と叫ぶなり、四本の剣へと魔力が集約される。
 赤い剣が炎をまとう。青い剣が冷気を発する。黄の剣が雷に包まれ、黒い剣が不気味な鈍い光を放つ。
 赤青黄の剣を迂闊に受ければ、手にした武器を伝わって炎や冷気や雷が身へと襲いかかってくる。
 黒い剣に関しては、その一撃の重さがこれまでとは比べものにならないものとなっていた。

「見た目はかわらないのに威力が桁ちがいに……、もしやその黒い剣は重さを操っているのか」
「よくぞほんの数合のあいだに見破った。最大で十倍にまで膨れ上がる。これまでのようにはいかんぞ。はたしておまえはいつまで耐えられるかな」

 脅威度が一気に跳ね上がり、まともに受けては危険と判断したアルバは、これより打ち合いへと転じる。
 アルバは白光の鎧こそは身につけているものの、そのチカラを使おうとはしない。
 あくまで己の武によってのみ、新生魔王を、かつて憧れた男を超える所存。
 巧みな槍さばきにて、バァルディアの魔法剣を受け流し、弾き、ときには先を制して迎え撃つ。
 息つく暇もなく繰り出される両者の攻撃。
 四本の剣と一本の槍が無数の軌道を描き、剣と槍がぶつかり合うほどに苛烈さをましていき火花を散らす。
 二人を中心にして四つの魔法が渦をまき、暴虐の嵐が吹き荒れる。
 数十どころかゆうに百をも超える激しい打ち合いが続く。
 不意に「ピシリ」と不穏な音がした。
 バァルディアの剣の表面に細かい亀裂が、アルバの槍の身にも同様な異変が生じていた。
 あまりにも苛烈な乱打戦に、ついに武器の方が先に悲鳴をあげたのである。
 バァルディアの手にあった赤と青と黄の剣が砕ける。
 アルバの槍が穂先と身をつなぐ口金の部位辺りから裂ける。
 二人の間に残るは、重力を操る黒の魔法剣のみ。

「これで終わりだっ!」バァルディアが頭上より渾身の一撃を振り下ろす。
「まだだっ!」アルバが吠え、迫る刃を恐れることなく前へと踏み込む。

 ここで決めようとしたのは二人ともに。
 だが気が急くあまり過剰に腕にチカラを込めたバァルディア。無理な態勢からの強引に放つ技ゆえに、わずかに太刀筋が荒れる。
 対するアルバの踏み込みは、お手本のような型に沿った動き。
 オービタル・ロードたちや富士丸とともに丹念に磨きあげ、体の芯にまで染みついている武技は、完全に意識下を離れて、呼吸するかのごとく、心臓が脈打ち鼓動するかのごとく、ごく自然なモノ。
 心技一体の右の拳がここに炸裂。
 アルバ、新生魔王を撃破!


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