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137 神殺し

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 間欠泉のごとく棺から噴出する黒い霧。
 天を覆い陽射しを遮り、地を薄闇の世界へと塗り変えてゆく。
 棺桶を中心として密度の濃い闇が渦を巻き、やがて夏の入道雲のようにもこりもこりと膨れ上がりはじめる。
 なにやらスゴイものが出現しそうな雰囲気。
 呪染専門対策チームのメンバーたちや野次馬たちはとっくに逃げ出しており、現場に残っているのはわたしことアマノリンネと青い目をしたお人形さんのみ。
 無言にてわたしは左右の中指をおっ立ててダブル・ファック・ユー。
 からの中指式マシンガンの掃射を開始。
 ルーシーも亜空間より重機関銃をよっこらせと取り出し、ダダダと発射。
 主従合わせると毎分一万発を超える膨大な数の弾が発射され、弾幕となって黒い霧を蹂躙、ズタズタに切り裂く。
 せっかく膨らみかけた黒い雲は、まるで穴のあいた風船のようにみるみる萎れていき、霧の噴出も止んで四散。
 じきに空も晴れて陽の光がもどってくる。
 視界が明瞭となっていき、もはや原型を留めていない棺の無残な姿がお目見え。
 そして黒い棺の残骸付近からは「アダダダダダッ」という何者かの痛がっているような声。
 聞えないフリをしてそのまま銃撃を続けていたら、「いい加減にしろ! イタイと言っておるだろうがーっ!」と声の主がついにキレた。
 しようがないので攻撃を止めたら、鉄クズの中からゆらりと立ち上がった? のは一本の剣。
 真っ直ぐにて、いわゆる反りのない直刀というもの。
 柄も握りも刀身もなにもかもが黒い。
 お陽さまを浴びてもまるでギラリとしないのは、ひょっとして光を吸収しているから?
 そいつが宙にぷかりと浮きながら尊大に言い放つ。

「我は神殺しのテュルファング。よくぞ封印を解いた。褒美にお前を存分に呪ってやろうぞ」

 なんだかふざけたことを言い出したので、とりあえず左人差し指マグナムで撃った。
「ガンっ!」と鈍い音とともに黒い剣が吹っ飛ぶ。
 しかし自称・神殺しくんは折れることもなく「イタイイタイ」と地面をジタバタ転がっているばかり。
 そういえばさっきの掃射にも耐えていたな。

「あれ? わたしの銃撃を受けて生きてるって、何げにすごくない?」

 感心するお気楽なご主人さまとはちがい、従者のお人形さんはとってもムズカシイ顔をしている。

「すごいすごくないどころの話ではありませんよ。リンネさまの体質を考えれば、これはかなりの異常事態です」

 わたしに内蔵されてある武器の数々は、元の世界の神さまが仕込んだ一点物にて、こっそり密輸した品ゆえに、ノットガルドの理からはおおきく逸脱している。
 それゆえにこちらの防御魔法とか結界とかをあっさり貫通粉砕。
 でもそれを喰らっても平気ということは、黒の剣もまたこの世界では異質な存在であるということ。
 案外、神殺しとかいう与太話も本当なのかもしれない。しかし……。

「そのわりにはめっちゃくちゃイタがってるよね」とわたし。
「はい。イタさのあまりにゴロゴロ転がっていますねえ」とルーシー。

 神殺しのテュルファング、絶賛、身悶え中。
 なにせマグナムの一撃はガツンとじんじん。威力がマシンガンとは一味ちがうもの。
 このままでは話もままならないので、しばしお茶を飲みながら黒の剣の回復を待つ。
 十五分ほど経過して、テュルファングようやく復活。
 よちよちと立ち上がる。

「おのれ、この我に土をつけるとはなかなかやるな。だがあんまり調子にのらぬことだな。我の呪いが発動したあかつきにはキサマなんぞけちょんけちょんだぞ。あー、かわいそうに。もうおまえの人生終わったからな」

 ちょっと言ってることがよくわからない。
 けれどもなにやらすごい自信だ。
 さっきから呪い呪いと連呼していることからして、神殺しの一件と関係していることなのだろうか。
 神をも仕留める呪いとはいったい……。

「ちなみにその呪いというのは、どのような?」

 気になったこと、わからないことは、素直にたずねるに限る。聞くは一時の恥じ、知らぬは一生の恥じ、知ったかぶりは天狗の鼻高々ってね。

「ふふん、まぁ、よかろう。冥途の土産に教えてやろう。かつて神々をも震撼させた我がチカラのことを」

 神殺しのテュルファング。
 神鋼造りの巧の逸品にして希代の名刀。
 うっとりするほどに美しい刀身は奈落の闇もかすむほどの漆黒っぷり。その切れ味たるや筆舌にしがたい。
 でもうっかりそのチカラに手を伸ばしたが最後、たちまち恐ろしい呪いに苛まれることになる。
 呪いその一、体調不良に襲われる。主に腰とお尻が大ピンチ。絶えずビクビクして過ごすことなり、日々ストレスが増大。いずれ頭にもくる。
 呪いその二、気分がとってもウツウツする。毎日が梅雨時の陰気な朝のごとし。テンションだだ下がりにて、やる気も著しく低下。そのせいで仕事でミスを連発。上司にネチネチ嫌味を言われる。
 呪いその三、不眠。以前は八時間ぐらい平気で寝られたのが、わずか四時間でパチリと目覚めてしまう。そして二度寝は許されない。永遠に失われる至福の時。
 呪いその四、びっくりするぐらい恋愛運が低下。友人知人の結婚式にひたすら出席しては、ご祝儀をむしり取られ散財する生活が続く。そしてついには誰からも合コンに誘われなくなる。
 呪いその五、その四の余波にて一生結婚できない。寂しい老後が確定。愛のない生活にて孤独と絶望だけが友だちさ。

 チカラを得るかわりに悲惨な呪いに蝕まれて人生を棒に振る。
 ひたすらご祝儀を払い続ける人生だなんて、なんと恐ろしい。ガクガクぶるぶる。
 ……うん? でもちょっと待てよ。
 たしかに恐ろしい呪いの数々だけれども、これでどうして神殺しなんて御大層な肩書がつくことになるのか。
 えっ! 何人もの神々をノイローゼに追い込んで失脚させてきたですって?
 あー、そういう意味での神殺しか……。いちおうは神さまを遥かなる御座から引きずり降ろしているのだから、間違っちゃいないのだけれども。

「なんかしょっぱい。あと想像していたのちがう」
「ですね。呪いは呪いでも、どうやらしょうもない方の呪いだったようです」

 あわよくば対女神戦線の秘密兵器になるかもと、密かに期待していたのに。
 露骨にガッカリするわたしにルーシーもはげしく同意。
 とはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。
 なにせ神さまの神生をも台無しにする呪いにて、もしも一般人が手に触れたらどれほどの効力を発揮することか。
 だからとりあえず危険物を回収しておこうと、わたしはうっかり神殺しを拾ってしまう。

「ぐははははっ、我を手に取ったな! この時点で呪いは発動される。あわてて手放してももう遅い。さぁ、永遠の孤独の中でうち震えるがよいわ。キサマの平穏はたったいま砕け散った。ここから先は暗黒街道まっしぐら……ってアレ? なにやらオカシイぞ。たしかに呪いは発動しているはずなのに、なぜ平然としていられるのだ」
「なぜといわれても、たぶん健康スキルのおかげかな」
「あとリンネさまには、もとより恋愛運や結婚運は微塵もありません」

 テュルファング自慢の神殺しの呪い。その一からその三まではスキルにて相殺。
 その四と五に関してはサイボーグ乙女につき、可能性の芽なんぞ摘み取る以前にとっくに枯れてる。
 でも改めて言われると腹立つな。
 そんなイヤなことを思い出させてくれた神殺しくんには、きちんとお礼をしないとね。
 手にした黒い剣を「えいっ」と投げてから、わたしは言った。

「富士丸くん、お手」

 亜空間からにょきっと姿をあらわしたロボットの腕がブンと振り下ろされる。
 拳と大地にサンドイッチされたテュルファング「ぐぎゃあ」と悲鳴をあげた。
 だがそれでも刀身には傷ひとつついていない。いくら手加減しているとはいえたいしたもの。神鋼ってばとっても頑丈。
 でもイタイものはイタイらしい。あといくらカラダがへっちゃらとはいえ、怖いものは怖い。
 だから心が先にべっきりと折れたテュルファング。
 おかわりが振り下ろされる直前にギブアップ。降参を声高に表明する。
 わたしはこれを条件つきにて受諾。
 こうして神殺しの剣は我が軍門に下ることとなった。


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