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112 クライミライ
しおりを挟む軍勢をけちょんけちょんにされ、旗艦を制圧され、スコロ王と勇者ツバサの二人の身柄を抑えられたカーボランダム軍は降伏勧告を受諾。
これによりノットガルドの有史以来、最大規模となる航空戦は幕を閉じる。
そしてすかさず舞台を地上へと移し、テーブルを囲んでの戦後交渉へ。
いささか駆け足だが、ダラダラしていても誰にもメリットがないのでしようがない。
会談の場を提供するリスターナ側としては、ギャバナとカーボランダム両軍を領内に抱えているだけで、人心がざわざわ、出費もだぼだぼ。
いくら捕虜だからとて飲まず食わずにて、野ざらしで放置とはいかないのだ。お茶を一杯ずつふるまっても千単位、縛るロープだってタダじゃない。
まぁ、金銭や物資的な問題は、あとで賠償金を当てるなりすればどうとでもなるが、人心というのがとにかくやっかい。コインのように一枚減ったら一枚足すようにはいかない。
先の戦やら敗戦やら王族の暴走やらで疲弊していたのが、ようやく好調へと転じたところに、またぞろ今回の騒ぎ。
長引くほどに民衆の不安をあおり、信用がみるみる低下。積み上げるのはコツコツなのに崩れるのはあっという間。だからリスターナとしては是が非でも、話をまとめてもらって、みなさまにはとっととお引き取り願いたい。
表向き戦勝国となっているギャバナ側は、このたびリスターナに面倒ごとを押しつけたあげくに尻拭いをさせた立場なので、出来得るかぎりすみやかに交渉を締結して、元凶を引き取って帰ってこいとの厳命を司令官は王より受けている。ちなみに元凶とはメローナ姫と勇者アキラのこと。
敗戦国のカーボランダム側は、ぶっちゃけワケがわからない状況。
絶対的な自信にて挑んだ戦。それも自分たちがもっとも得意としている空戦にてズタボロに負けた。なのにケガ人はいても死者がいない。ゼロ戦部隊は残念だったが飛竜やドラゴンたちはとりあえず無事。なぜかやたらと右頬を腫らしているヤツが多いのは落下した際にどこかでぶつけたのだろうか。一頭だけボロボロの飛竜がいたが、それとても命や翼に別状はない。捕虜も装備を取り上げられて縛られているだけで、それほどヒドイ扱いを受けていない。
人的被害はほぼ皆無、なのに負けた。
いかに空バカ大国だとて、その意味を理解せぬほど愚かではない。それにこの度の敗戦の報が周囲に広がれば、本国にちょっかいを出す輩があらわれぬともかぎらない。だからスコロ王とて交渉には素直に応じる心づもり。
みんながみんな、とっとと話し合いを終わらせたい。
その気持ちでは一致していた。
けれども交渉会談は紛糾する。
「我が軍は確かに完膚なきまでに負けた。それは潔く認めよう。だからこそ交渉相手にはオレを負かしたあの女を出せ。すべてはそれからだ!」
スコロ・ル・カーボランダムがごねた。
一本気な性格ゆえに、自分を負かした相手の言うことならばいくらでも聞くと、鼻息が荒い。戦の負けは負けとして、そこだけは空の戦士の矜持にて、絶対に譲れんとかたくな。
「彼女は前線の一兵士に過ぎない。国同士の交渉で矢面に立たせるわけにはいかない!」
ギャバナ軍の司令官が要望を突っぱねる。
もっともらしいことを言ってはいるが、その真意はリスターナとの事前の取り決めにより「面倒な交渉とかはそちらですべて処理すること」となっていたから。
ぼーっと空に浮かんでいただけで、戦の手柄を丸ごと譲られた立場上、ここだけはなんとしても死守せねばならぬ防衛ライン。ゆえに一歩も引くわけにはいかない。
敗軍の将が、らしくなく強気なのは、よくわからにうちに負けたから。いまいち実感が薄いのである。
勝軍の将が、いまいち強気に押し切れないのは、おんぶに抱っこで勝ったことへの後ろめたさがあるがゆえに。
双方、内にモヤモヤを抱えている状況にて、どうにも話がかみ合わない。
「まぁまぁ、お二人ともそんなに興奮しないで」
にらみ合う両者の間に入って、なだめているのはシルト・ル・リスターナ。
かつては外交でならした美中年だが、自国のことならばともかく他国同士の交渉の仲介となると、いささか勝手がちがう。今回は巻き込まれた被害者意識も強く、いまいち乗り気になれない。どうにも気合が入らないのだ。
ことの解決を急ぐあまり、終戦直後に会談の席を設けたのもよくなかった。
まだまだ興奮冷めやらぬから、頭に血がのぼっており、いまいちカッカッしている。
これではまとまる話もまとまらない。
美中年は内心にて「どうしてボクがこんな目に」と思わずにはいられない。
こんな感じでえらい人たちが悪戦苦闘している裏では、勇者ツバサへの尋問が行われていた。
鬼メイドを従えたわたしの前に引っ立てられたツバサくん。
地面に正座をさせられて、八体ものビスクドールに囲まれて縮こまっている。
おとなしそうな眼鏡男子にて、とても天空の覇者を目指すような人物には見えない。
態度はおどおど、口調もおずおず。
試しにルーシーの分体たちが一斉に首をぐるぐる回したら、「きゃー」と悲鳴をあげた。
続けて「ケケケケ」と人形たちが寄声を発したら、もう一度「きゃー」と鳴いた。
悪ノリした分体たちが、ブリッジにてエクソシストポーズで周囲をシャカシャカ練り歩いたら、「きゃー」と見事な金切り声。
頭を抱えてガタガタふるえだしたので、さすがに気の毒になったから止めさせた。
ふむ。動いてしゃべるお人形さんを前にしたら、これが正しい反応だよね。
ノットガルドの連中ってば、種族がいろいろいるせいか、ちょっとぐらいヘンなのがいても「あー、そういう種族なんだ」とやたらと寛容なところがあるのだ。
どうしてその度量の広さを世界平和に活かせないのか、わたしはつねづねふしぎである。
で、肝心のツバサくんなのだが、蓄えている知識はたいしたもの。
ギフトのシュミレーションなんて歩くコンピューターみたいだし、スキルの風力操作もいろいろと有益そうだ。
せっかくこんなおもしろそうな勇者を賜ったというのに、派遣先の国はよくもあっさり放出したものである。ベリドート国に流れ着いたタワーマスターのリュウジくんの扱いといい、えらい人たちの考えることって、よくわかんないや。
「それで侵略するのはリスターナが初めてで間違いない? 途中でプチっととかしてない?」
わたしの問いかけに、勢いよくブンブンと首を縦にふるツバサくん。
どうやらゼロ戦部隊を揃えて、いざ出陣! の第一発目がリスターナだったよう。
これを聞いてわたしは「そっか、命拾いしたね」とにっこり微笑む。
だってもしも通りすがりで無差別爆撃とか蹂躙とかやらかしていたら、カーボランダムの本国にペンシルロケットの雨を降らせるつもりだったから。
身内に甘々、敵にはしょっぱい塩対応で有名なリンネさん。
べつに正義の味方を気取って戦争の是非を問うつもりはない。けれども外道をのさばらせるほど寛容でもない。というか目の前に飛んで来たらふつうにパチンと潰す。視界の中に入ってもやっぱり潰す。そばをチョロチョロされても捻り潰す。向かってきてもゴリゴリ潰す。主に自分の平穏のために。
そんでもって今回は初犯の未遂ということもあり、許してあげちゃおう。
ただしゼロ戦の残骸はすべて没収します。どのみちぐちゃぐちゃのスクラップだから、当方にて適切に処理して再利用します。限りある資源、とっても大切。
なおツバサくんには自力にてゼロ戦を飛ばした功績を称えて、ルーシーから一冊の書物が進呈された。本の中身は小難しい航空理論やら図面やらがビッシリ。渡す前に少し見せてもらったが、わたしは二ページ目でパタンと本を閉じた。でもツバサくんは本を高らかに掲げて小躍りしてよろこんでいた。
これだけ見れば夢を追う若人を応援する、いいお人形さんのようにルーシーが映る。
だがあの青い瞳の奥にはちがう思惑が潜んでいることを、わたしは見逃さない。
あれはキチンと損得勘定をしている目。「いまはそれを読んで、更なる精進をしなさい。そしていずれは自分の役に立て」みたいなことを考えているのにちがいあるまい。
フラグはすでに立っている。
それは本の背表紙。そこにはナンバリングがしてあった。つまり続巻があるのだ。
小躍りするほどよろこぶ本の続き……、いずれ彼はきっと欲しくなる。ガマンできなくなってルーシーを頼ることになる。
知識と経験にて丸まると太った子豚ちゃん。ノコノコ近寄ってきたところで、サクっと狩られちゃう。
視える、わたしには視えるよ。
あの亜空間の研究所にて、ヨレヨレの白衣を着て、栄養ドリンク片手にブラックな生活を送っているツバサくんの未来の姿が。
なんてこったい。いままさに一人の若者の運命がねじ曲げられようとしているよ。
そんなことを考えていたら、ふいにルーシーさんがこちらを向いて「何か?」と首をかしげたので、わたしは「べつに」と答えておいた。
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