わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝

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099 ひがみちゃん

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 舌の根も乾かないうちにやってしまったよ……、うちの子たちが。
 通信端末ごしにルーシーとやりとりをしていたら、向こう側からドドンと物騒な破壊音が鳴った。

「ちょっと、何ごと!」わたしがあわてれば「おや、どうやら女に気づかれたようです。じりじり包囲網を狭めていたんですが、急に自分の周囲から人の姿が途絶えたのを不審がられたようですね」

 巻き込み防止のためにと、ターゲットの身柄を抑えるまえに、邪魔になりそうな一般人をせっせと排除していたのが仇となったらしい。
 そりゃあついさっきまで参拝客でガヤガヤしていたのに、急に誰もいなくなったら不信がられるわ。
 というか、もはや悪夢のホラーワールドだよ。

「いきなり教会の屋根を吹き飛ばすとは大胆な……、あっ、女が屋根の上へと。かなり動きがいいですね。きちんと鍛錬を積んだ者の動きにて、これはリンネさまの妄想その二が遠からずといったところでしょうか」

 ルーシーの実況中継により、ナゾの女凄腕スパイ説が濃厚に。
 ただし現時点では教会との繋がりは不明。
 躊躇なく建物を壊しているし、関係ないのかな?

「女が建物の屋根から屋根を渡って逃走中。うん? あれは糸でしょうか。なにやら手の平からそれっぽいモノを出しては、あちこち素早く移動しています。どうやらこれがターゲットの能力のようですね。それにしてもなんと機敏な。お魚をくわえてとんずらするときのカネコ並みの動きの良さですよ。えっ、なんですか? セレニティ。『付近ごと吹き飛ばしていいか?』ですって。そうですね、いいんじゃないですか。ジャニス女王からは勝手御免の許可を得ていますし」

 通信の向こう側から何やら物騒な会話が漏れ聞こえてくる。
 なにシレっと許可してくれてんのよ。
 街中で無闇に発砲とかダメだから。
 女王さまが許してくれたのは、あくまで軽犯罪までであってそれ以上は怒られちゃう。
 当然のごとくわたしは即座に「やめて! メスライオンにどやされる」と止めた。

「あー、もうまどろっこしい。声だけじゃなくって映像をちょうだい。素人の実況はなんだかモヤモヤする」

 わたしの要請を受けて通信がライブ中継に切り替わる。
 映し出されていたのは、屋根の上を怪盗のごとく軽快に移動していく女の勇姿。
 風にたなびくは黒に近いダークブラウンのブルネットの長い髪。
 躍動するごとに、ぶるんと揺れるバストとぷりんと跳ねるヒップ。
 ローブ姿にもかかわらず隠し切れないカラダのライン。
 おおかたわたしの妄想その二のとおり。
 だがなぜだろう、予想通りだというのにちっともうれしくない。
 いや、むしろ若干のイラ立ちを覚える。その感情に呼応するかのようにして、何者かが心の奥底よりゾロリと這い上がってくる。これはいったい……。

 青い瞳のお人形さんによれば、それは「ひがみちゃん」というものらしい。

 ひがみちゃんの家は五人家族。
 彼女には二人の姉がおり、長姉ねたみ、次姉そねみ。
 ひがみちゃんは三姉妹の末っ子。
 お母さんは焼きもちやきがたまに傷のジェラシー。
 お父さんはとっても働き者の羨望。
 ジェラシーは留学先の大学にて、羨望と出会う。
 それは運命の恋だった。
 二人は卒業と同時に国際結婚。
 つまり、ひがみちゃんはハーフ。でも外国語がまるでダメで、容姿もいまいち。いわゆるガッカリハーフというやつだ。それに比べて二人の姉たちは当たりハーフ。
 だからいろいろあるけれど、ひがみちゃんはめげずに毎日がんばっている。
 これはそんな彼女のスクスク成長物語である。
 なおこの物語は、だれもが自由に視聴可能。しかもいつでもどこでも完全無料で見放題。
 ご視聴方法は自分の胸に手をあてて、キーワードを念じるだけでいい。
 さぁ、みんなで「ガッデム」と念じよう。
 すると、ほら。ひがみちゃんが笑顔で手をふり、元気よく出迎えてくれるから。

 ひがみちゃんに笑顔で「おいでおいで」をされたわたしはキーワードをブツブツつぶやき、そっと席を立つ。
 そしてジャンクフードに夢中になっている面々を尻目にこっそりと控室を抜け出すと、ただちに現場へと急行する。
 だって心の中でひがみちゃんがとっても爽やかな笑顔で言うんだもの。

「さぁ、狩りの時間だよ! リンネちゃん。あんな女、ひんむいてピッチピチのぱっつんぱっつんのライダースーツを着せちゃえ! そしてチャックの上げ下ろしをムダにくり返して、セクシーちらちら遊戯としゃれこもうよ。ガッデム!」
「わかったよ、ひがみちゃん。ついでにチャックで駄肉をはさんで、泣かせてやるぜ。ガッデム!」
「いや、それはさすがにひどすぎるとおもうの。……ガッデム」

 新たに得た見えないお友だちを、やや引かせつつもわたしの勢いは止まらない。
 おそらくノットガルドにきてからはじめての全力疾走にて、アマノリンネは風どころか雷光となりて、ラグマタイトの主都を横断。
 なにせわたしってばレベルがすごいからね。詳しくは知らないけれども。
 たちまち調子にのってブイブイ逃亡中の女スパイの前方へとおどりでた。


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