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093 魔法騎士の国
しおりを挟む魔法騎士という言葉の響きから、剣と魔法を巧みに操る騎士っぽい職業を連想するかもしれないが、実態は魔法主体で戦う兵士といったもの。なかには剣や槍などを手にする者もいるが、大部分は武器を所持せず、魔法がメインでの戦闘となる。
敵を目の前にして、杖を片手にのんびり詠唱とかはあまりせずに、より実践に即した魔法の運用を極めた存在、それが魔法騎士。
武闘派の魔法使いとでも考えておけばわかりやすい。
これを名乗るには国の認可が必要とのことから、実力は折り紙つき。
ノットガルドに数多ある国の中には、魔導研究にチカラを入れているところが少なくない。しかしその中でも対戦闘のみを想定し、これに特化しているとなると非常に稀だ。
ふつうは国家運営における魔法の有効利用とか、他の使い道なんぞをいろいろ考えてしまい、ついつい研究の枝葉が四方八方にのびるもの。
ラグマタイトのように国レベルでの一点突破主義に至っては、他に例がない。
そんな国にて開催される五カ国連盟による国際会議に出席するために、ゆるゆる宇宙戦艦「たまさぶろう」にて空を征くリスターナの一行。
「リリアから話には聞いていたけど、これはいいねえ。なにより移動時間がほとんどかからないのが素晴らしい。一杯ひっかけているうちに到着なんて夢のようだよ。リスターナからラグマタイトに地上をまともに行ったら、往復で二ヶ月はかかっちゃうんだから。飛竜船でもあればもっと短縮できるんだけど、あいにくうちにはないからねえ」
展望ラウンジにて雄大な空の景色をながめながら、グラス片手にそう言ったのはシルト王。
初めてのたまさぶろうへの乗艦にたいそうご満悦。
でもそれ以上に、余計なことを口にしないのが美中年の特筆すべき点だと、わたしは考えている。
ふつうの権力者であれば、これだけのモノを見せられたら欲しがるか、囲いたがるか、恐れて警戒するか。
なのに彼はあえて何も言わない。
こちらがいろいろやる分には鷹揚。かといって何も考えていないわけではなくて、国にとって益となるかどうかの見極めはきちんとしている。それを踏まえての寛容さ。
信頼して任せると口で言うのは簡単だけど、実際に行うとなると、これがなまなかなことではない。
ぞんがい部下の手柄や名声に嫉妬する上司って多いもの。後輩の手柄を妬む先輩も多い。なかには自分の地位をおびやかす敵と認識して、排除へと動く性質の悪い輩もいる。大会社とかだと肉親同士で足を引っ張ったりといった話もあるらしい。
誰だって心に大なり小なり闇を抱えている。
それはきっとシルト王も同じ。でも彼はそれをきちんと理解し制御している。
その上で過度に接触してくることもなく、適度な距離感を保ってくれている。
ついつい、なあなあになりそうでならない。
わきまえているなどと言うと、いささか上から目線が過ぎる物言いだが、つまり彼はそれだけ「大人」だということだ。
プライベートでは散々な目にあっており、家庭人としてはさっぱり信用がないけれども、それ以外ではかなり信頼がおける人物にして、よき隣人。
それがアマノリンネの中のシルト・ル・リスターナという男である。
今回の国際会議、リスターナは王さま自らが使節団を率いてのご出馬。
いろいろムズカシイ話もあるらしく、さすがに娘に丸投げはできなかった。
そしてわたしが同伴している理由は、国際会議に際して、「各国一人だけ勇者を持参すること」とお便りに書いてあったから。
ぞろぞろ連れて来られてはトラブルの素だからとは表向きの理由だが、これは完全にわたしを狙い撃ちしたもの。
リスターナってば六名の勇者をトラブル続きにて相次いで失くしている。
最後の一人であったカズヒコを倒して、しれっと後釜に座っているっぽいわたしは、要警戒対象というわけ。
あちこちでちょいちょいやらかしているし、ギャバナ国での交流試合ではいちおう優勝もしている。これまでの過程で何人か勇者を抹殺しているし、泣かしてもいるし。
まぁ、警戒されてもしようがないかな。
なによりラグマタイトの炎の魔女王さまは、シルト王に本気惚れだという話だから、彼の身を案じてのことであろう。
そんなことをつらつらと考えているうちにも、はやラグマタイトの領内へ。
ここからはいつものごとく馬車の旅へと切り替え。
で、ガタゴトとお尻をゆられて街道をゆく。
景色は、まぁ、ふつうだ。
野があり、森があり、山あり谷あり川あり、そして畑やら村やら街やら都やら。
のどかな田園風景がやや多め。
あとは人間種以外の種族の姿もちらほら。
下半身がクモな人がのしのし歩いてるよ。あと半魚人みたいなのも見かけた。
ルーシーによれば、アラクネっぽい種族がイモク。
半魚人っぽい種族がザラメ。
なおノットガルドには、おっぱいモロ出しバインバインのエロスな人魚はいない。すべてがこの魚人タイプとのこと。
そりゃあ、人魚よりも魚人の方があきらかに利点が多いんだから、そう進化するわな。
だって水陸両用なんだもの。
「へー、大国でもないのにいろんな人たちがいてにぎやかだねえ」
わたしが馬車の外をながめながら感心していると、シルト王さま「ここは昔から他種族の受け入れに積極的でね。ジャニス女王の代になってからは、それがいっそう増したという話だよ」
「それに紛争を嫌って、北方からこちらに流れてきた民も大勢いるみたいですよ、リンネさま」と王さまの言葉を引きついだのは、わたしの膝の上のお人形さん。
「となれば、今回の会議ではその辺も議題になるかもね。食糧支援とか、難民の受け入れとか」
「たぶんね。もっともいまのリスターナはリンネちゃんのおかげで、どちらも余裕があるから、ある程度は引き受けるつもりだよ。なにせ各国にはいろいろ迷惑をかけちゃったしねえ」
シルト王さま、このへんのことはあらかじめ想定していたらしく、事前に宰相のダイクさんと協議の上で、ある程度の明確な数字で提示する準備を整えているらしい。
そんなことを話しているうちに、わたしたちの乗る六頭立てのラホース馬車の前方に見えてきたのは、ラグマタイトの主都。
ずんぐりむっくりとした中途半端な高さの円柱が平野の中にポツン。
塔と呼ぶにはあまりに直径が太く巨大にて、そのわりには背が低い。
しかし大きい……。
ひょっとして主都そのものが一つの建物の中にすっぽり収まっている?
「なんともかわっているなぁ」
ポカンとわたしが眺めてたら、そのずんぐりした巨大建造物から、なにやら真っ赤な隕石みたいなのが飛んできて、そのまま一行の前方にドカンと落ちた。
衝撃にてびりびり地面がふるえる。熱せられた空気が焼けてむわんと膨らみ、まるでサウナの中にいるような息苦しさに、おもわず顔をしかめる。
突然のことに混乱したラホースたち。ヒヒンと鳴いて暴れそうになるも手綱を必死にあやつり、どうにか御者が馬車を止めた。
今回の外遊、警護の人員はリスターナの自前にて、うちのハイボ・ロードたちは上空にいる宇宙戦艦「たまさぶろう」にて待機中。
さすがはゴードンさんがビシバシ鍛えているだけあって、警護の兵らはすぐさま陣形を整え王の乗る馬車を守り、警戒体制をとる。いい動きだ。
念のためにルーシーもショットガンを手にとった。
わたしもいつでもぶっ放せるようにと、左人差し指マグナムを用意。
緊迫した空気に包まれた現場。
そのわりにはシルト王さまだけは一人、とくにあわてる素振りもなく泰然自若。
はて?
落下の衝撃にて地面よりもうもうとあがる土煙。
これをブンと乱雑な腕のひと振りにて消し飛ばし、なかからのそりと姿をあらわしたのは白銀の甲冑姿の金髪の女性。
デカい、ゴードンさんと同じぐらいも背があるぞ。
整った柳眉、くっきりとした目鼻立ちにて、全身から気焔がみなぎっており、甲冑姿にも関わらず、ひと目でわかる出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいるダイナマイトボディ。
わたしはかつてギャバナの第一王子イリウム・ル・ギャバナを、金色の獅子と称したことがあるけれども、こちらはまるで金色のメスライオン。
しかもその身にまとう猛々しさはイリウムなんて小僧、目じゃねえ! それこそ背後に炎の大軍勢を率いているかのような錯覚をおぼえる。
主都目前にて、まさかの炎の魔女王、降臨す。
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