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088 その六の真実
しおりを挟むぷるぷる揺れている。
おおきな緑のこんにゃくゼリーみたいなのが。
「これはスライムかな?」
「まぁ、そんな感じのモンスターですが、正しくはスーラですね」
わたしの質問に即答するルーシー。
「こう見えて実はすごく強いとか」
なにせこのパーティーの前に姿をあらわすぐらいなんだもの。
呑み込んでなんでも消化しちゃうとか、にょろんと伸びてギュムギュムしちゃうとか、変幻自在にて美少女に化けちゃうとか、まぁ、そんなことを想像してみたわけだ。
「最弱だとおもったら、じつは最強」とか最近の流行らしいし。
けどルーシーさんは「いえ、なんでも食べますが、基本バカです」ときっぱり言い切った。
スーラ。
歩くこんにゃくゼリーみたいな雑食モンスター。
色とりどりで、ちょっと美味しそうに見えるが食えない。
たまにゴミ捨て場とかにいて清掃活動に協力している。
ちなみに食べる物で色がかわる。
話を聞いて興味を覚えたわたしは、ちょいと試したくなった。
おいでおいでと手招きすれば、よちよち寄って来る。
意外と人懐っこいと撫でれば、ずぶりと半透明な体に手首が収まる。やわらかそうにみえて、ちょっとぶりんぶりんしている。ちょうどゼリーと寒天の中間ぐらいの固さかな。そして何やらシュワシュワと細かい泡が立って、手首がなんともこそばゆい。気分は甘いメロンソーダに沈むチェリー。もちろんアイスリームが添えてあるやつ。
「なんだおまえ、意外とかわいいヤツじゃないか、なんならうちの子になるか?」
「いえ、それはケモノでいうところの本噛みにて。全力全開にて喰う気まんまんですから。もっともリンネさまのお体は健康スキルのせいで、そんな消化活動、まるで屁でもありませんけど。ふつうであれば、とっくに皮がただれて肉と骨がむき出しに」
ルーシーの言葉を受けて、わたしは「てぃ」とウデをふり、緑のスーラを壁に投げつける。
ぺちゃりと潰れたス―ラ。
ねとねとの緑色の液体が、壁を伝ってゆっくりと床に落ちていく。
そしてまたぞろ元の姿に。
バカだけど丈夫だな、スーラ。
そして勇敢じゃなくって阿呆の類であったか。
とはいえ、色がかわるのは見てみたいので、改めてエサを与えてみることにする。
「さて、では何をあげようかなぁ……と。おっ、これなんかいいかな、もう用ないし。じゃあ、コイツをお食べ」
ガサゴソとルーシーの亜空間内にある物置を漁り、わたしがとり出したのは光の剣。
といっても、その残骸だ。
かわいそうに、ギャバナで交流試合のどさくさに紛れて拉致された光の剣くんは、そのままルーシーのマッド研究所に運び込まれて、お人形さんたちや白衣を着たセミどもによってたかって拷問まがいの研究分析を徹底的に受けて、「もういらん」と解放されたときには刀身は三枚におろされてバラバラだった。
天下の名刀もこうなっては役に立たない。しかも鉄みたいに気軽に再利用もできないから、処分に困っていたので、ちょうどよかった。
手ずから光の剣の残骸をつかみ、スーラに与える。
緑の体をうねうねさせてソレを呑み込みモゴモゴ。
いい感じでしゅわしゅわ消化すると、ほんのりと体がひかり出す。
面白がってわたしが更に残りも与えると、突如として、ピカッ! とスーラがまばゆい光を放つ。
これを見たルーシーが言った。
「もしや、これは! あんなのでしたが元はいちおう女神のギフト。となれば残骸にも神のチカラが宿っていてもおかしくはありません。スーラが神のチカラを吸収して、超絶進化を遂げる?」
いったい光の中から何が生まれるのか。
その時が来るのを固唾を呑んで見守る一同。
美少女か? ついにロリロリでツルツルな美少女ヒロインが登場するのか? もしくはエロエロなお姉さんでも歓迎する。でも美少年とかだったどうしよう……。リンネお姉ちゃん困っちゃう。
まばゆいのだけれども、どこか温もりを感じさせる。
そんなステキな白色光を前にしたら、まぁ、誰だって期待するよね。
でも忘れることなかれ。
ここはノットガルド。数多の異世界渡りの勇者たちの夢と希望と期待を打ち砕き、奈落の底へと叩き落としてきた、ないない尽くしの絶望の大地だということを。
やがて光がゆっくりと収束していく。
そして姿をあらわしたのは、真っ裸の黄色いオッサンだった。
しかもめっちゃダルそうにて、こちらをチラリと見るなりタメ息。
裸族のオッサンは黄色いナニをぷらぷらさせながら、気だるげにつぶやく。
「ワレおもうゆえにワレあり。ばんぶつコレみなヒカリあれ。ゆいがどくそん」
おぅ、……なんかヘンなの出た。
言葉の意味もよくわからん。
うん、興味本位で考えなしに行動するのはよくないね。さすがにコレを飼う気にはとてもなれない。
わたしは学習した。おおいに反省もしたよ。
ルーシーのもの憂げな青い瞳がこっちを見上げてきたので、わたしは黙ってコクンとうなずく。
するとお人形さんは亜空間から火炎放射器をとりだし、轟ファイヤー。
改良版らしく炎がとっても青くてステキ。
黄色いオッサンはたちまち溶けてドロドロになる。
それでもまだピチピチ生きている。千度を耐えるとか、とんでもなくタフなモンスターだ。
しようがないのでオービタルクィーンたちがダンジョンの床にズドンと一撃をかまし、大穴を開けて、そこに放り込んでしっかり埋めておいた。
これでもうダンジョン内を黄色い猥褻物が動き回ることもないであろう。
「さて、気を取り直して先へ進むか」
わたしの合図で一同、気分を入れ替えて歩き出す。
も、すぐに立ち止まる。
ちょっと開けたところに出たら、そこにうず高く積まれていたのは宝物の山。
これはいったいなにごと?
はっ! もしや金銀財宝にて目くらまし、うっかり近寄れば宝箱型モンスター的なヤツが出現とか、ふらふら近寄ったら落とし穴にドボンでトゲトゲで串刺しとか、天井がズドンと落ちてぺしゃんことか、あるいは欲に駆られてコインを盗んだらとんでもない呪いがかけられちゃうとか。
「いえ、たぶんダンジョンからのお願いでしょう。『これあげるから、あんたらもう帰って』との意志表示かと」
ここでルーシーさんから明かされるダンジョンの真実。
ダンジョンってば、それ自体がとってもおおきなモンスター。
つまりここは彼のお腹の中というわけ。宝物とかで獲物をおびき寄せて、パックンしちゃうのだ。出没するモンスターはわたしたちの体でいうところの白血球みたいなもの。だから殺られちゃっても、自分の中に戻るだけだから再利用が可能。狩っても狩ってもいなくならない無限湧きの正体がコレ。
またせっかくとり込んだ獲物を逃がしてしまっても、体内にいる間にちびちび魔力とか生命エネルギーみたいのを吸い取っているから、それなりに元は取れる仕様らしい。
リピーターになってくれるし、他に客も連れて来てくれるし、いい宣伝にもなる。
つまり、アレだな。
食べ放題商法みたいなもの。
バイキングとかって、けっこう頑張って食べても、まずふつうの客では元がとれないように料金設定がされているモノ。そうしないと赤字連発ですぐにお店が潰れちゃうからね。
それと同じで、一見すると儲けた気になって満足している客。
でもしっかり料金は徴収されていると。
そしてわたしたちはお店にとって、まっこと迷惑な客以外の何者でもない。
大食いチャンピオンやらお相撲さんとかプロレスラーがぞろぞろ連れだって、まとめて来店したようなもの。
こんなのに本気を出されたら、さすがにお店がヤバイ。
だから丁重にお断り。
店主自ら全力で土下座をされては、どしようもあるまい。これでゴネたらこっちがモンスター。
だからわたしたちは、宝物をせっせと亜空間に運び込んでから、ダンジョンをあとにした。
わたしたちが出るなり、ゴゴゴと音がして入り口がバタンと閉じる。
よっぽど迷惑であったのだろうか。
でもこういうのって地味に傷つくからやめてほしい。
「じゃあね」と外に出たとたんに、間髪入れずにガチャリとドアの鍵をかける人とかいるでしょう? アレと同じ。防犯意識が高いのはいいことだけれども、やられた方は「あれ、おじゃまだったかしら」とか「ひょっとしてきらわれてる?」とか考えさせられちゃうから。
かくしてノットガルド八不思議がその六「ダンジョン、そのふしぎロマン」は解明された。
今回の冒険を経て、わたしの総括としては「ダンジョンってすげえモンスターだけど、むちゃくちゃものぐさ」というものであった。だって基本的には大口を開けてエサが来るのを待つだけなんだもの。
それに対してルーシーさんはこう言った。
「完成された生物ほど無駄な動きはしないもの。ほら、ハイボ・ロードたちだって、ほとんど引きこもり状態だったでしょ」
より優れた存在を目指す進化の果てに待つのは自己完結。
完全体に近づくほどに他者は不要。接触も必要最低限となっていく。
その末路は案外と寂しいものなのだなぁと、わたし、しみじみ。
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