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079 楽園のタロウ
しおりを挟む「こっち見んな、ブタタロウ」
「くせーんだよ、ブタタロウ」
「じゃまだ、どけ、ブタタロウ」
そんな理不尽な言葉を周囲から投げかけられるようになったのは、いつからだったのだろう。
気づいたらそんなことになっていた。
最初に言い出したのは誰だったのかもわからない。それぐらい昔からのこと。
たしかにボクは小さい頃から太っていた。
でもそれはボクだけのせいじゃない。母親も父親も太っていた。親戚たちの大半も太っていた。そういう家系、そういう体質の両親のもとに産まれ、そういう環境で育てられれば、誰だってそうなるしかない。
だというのに世の中は理不尽だ。
理不尽といえば、ボクよりも太っているヤツもいたというのに、なぜだかソイツには誰も何も言わない。それはソイツの背が大きかったからだ。
相撲取りのような体型の相手には何も言わず、へらへらと媚びへつらうくせに、すこし小柄でおとなしい相手だとわかると、とたんに居丈高になる。
そんなくだらない連中ばかりが大手を振って道を闊歩し、青春を謳歌し、いい目を見て、どうして人畜無害なボクがじっと耐えしのんで生きなくてはならないのか? ずっと疑問だった。
教師にたずねても耳をふさぎ目を逸らすばかり。
なぜなら大人の世界でも似たようなことが平然とまかり通っていたから。
社会はキレイでご立派な建前と、陳腐で醜い真実で成り立っている。
たとえ学校を卒業しても、その先でも同じような景色が延々と続いている。
なぜならすべてが等しく同じ世界での出来事なのだから。
すべては繋がっていることなのだから。
ある日のことだ。
気づけば見知らぬ白い部屋の中にいて、目の前に影人間が立っていた。
まるで黒い折り紙から切り出したかのような人型がゆらゆらしている。
ふしぎとボクは恐怖は感じなかった。
ソイツがボクに「ノットガルドという異世界に行って勇者にならないかい?」と言ってきた。あと「お願いをきいてくれたらプレゼントを選ばせてあげる」とも。
ズラリとならぶのは勇者に与えられるというギフトなる異能のリスト。
それっぽいモノから首をかしげるようなモノまで、じつに様々。
あまりの多さにボクが戸惑っていると、影は言った。
「これなんかオススメだよ」
示されたのは「魅了の瞳」というギフト。
「女の子にモテモテになれるよ。みんなキミの魅力の虜になるのさ。どうだい? これさえあれば、もう誰もキミをバカにしたりなんかしないよ。そうそう、キミは忘れているみたいだから教えてあげるけど、キミを最初に『ブタ』呼ばわりしたのって、幼稚園の頃の幼馴染みの女の子なんだ。家ぐるみのつき合いで仲良くしていたのに、幼稚園にあがったとたんに、態度を豹変させたんだ。まったくヒドイ話だよねえ」
影の言葉で、遠い忘却の彼方へと押しやっていた記憶がよみがえる。
あぁ、ボクはあまりにも辛くて悲しくて、だから自分であの日の出来事を思い出さないようにしていたんだ。
だというのに、急に蘇った記憶によって、あの時感じた恥辱が噴出して、あまりの気持ちわるさに立っていられなくなり、ついにげぇげぇと吐いてしまう。
そんなボクの背中をやさしくさすりながら切り絵の影はささやく。
「ずっと見てたんだ、キミのこと。とてもかわいそうだと思っていた。けれども神は自分の担当する世界にあまり関与してはイケない決まりでね。だからこそずっと悔しくてね。でもついにチャンス到来さ。さぁ、このチカラを手にしてこれまでの無念を晴らすがいいよ。キミは自由だ。勇者の使命とかいうのは建前さ。べつに放置でもかまわないだろう。どうせ他の誰かが頑張ってくれるさ。これまでだってそうだったんだから。だから辛い想いをした分、キミはあちらの世界で幸せになるといいよ」
じんわりと胸の奥に染みてくる影の言葉にウソはない。
でもそこに善意だけがあるわけじゃないのには、とっくに気がついていた。
伊達に物心がついた頃から、周囲から虐げられ続けてきたわけじゃない。だからこそわかってしまうんだ。言葉の裏に潜む悪意みたいなものを。
こいつはボクをそそのかそうとしている。
堕落させてあちらの世界に混乱をもたらそうとしている。
こいつはきっと神は神でも邪神の類だ。
でも、それがどうした? これまで散々に理不尽な目にあってきたんだ。だったらボクが周囲にそれをやり返したところで問題ないだろう。だって世界はそういうものなのだから。
だからボクは影の提案を受け入れたよ。
すると影の顔の辺りに、真っ赤な口腔が切り分けたメロンのように浮かぶ。
影が笑ったんだ。
「いい子のキミにはボクからもう一つサプライズを用意しておいた。せいぜいあちらでいい夢を見るといいよ」
サプライズとは「絶対防御」というスキルであった。
ボクが勇者として降り立ったのはノットガルドの小国ハマナク。
きれいな女王さまが治める国。周辺には凛々しい女騎士や美人の女官なども多くいて、おもわず目移りしてしまう。
でもまずはするべきことがある。
それは邪魔な存在の排除。
ボクとともに召喚されたのは他に男女二名の勇者たち。
女勇者は手駒として使えるけれども、男勇者に魅了の瞳は効かない。
とはいえ相手もまた勇者なので、二つの異能を持つ存在。焦ればことを仕損じる恐れがある。そこでまずはしばらく様子を見ながら外堀を埋める作業を開始する。
女王をはじめ、女勇者や女騎士たちを次々と篭絡していき、支配圏を広げつつ、表面上は何ごともないかのようにして過ごす。
もしもこの男勇者がいいヤツだったのならば、ボクも計画を実行するのに躊躇したかもしれない。けれどもコイツはかつてボクをバカにしてコケにしていたヤツらと同類だった。
だからボクは最後のトリガーをためらうことなく引けた。
そういった意味では、コイツもまたボクにとっては価値ある存在であったのかな。
夜中にこっそり女王さまが呼び出せば、ホイホイ鼻の下を伸ばしてやってきたところを取り押さえて、目の前でたっぷりと憧れの女とボクとの痴態をおがませてやった。
歯ぎしりして悔しがっているところを女勇者にトドメを刺されたときの、あの男の顔ったらなかったな。
こうして完璧に国の実権を握ったボクは、次に自分の視界からすべての男どもを排除することにした。
もちろん抵抗はあったさ。でも誰もボクを止められない。なにせ絶対防御のスキルがあるから、剣も魔法もまるで通用しないからね。
そして女たちはみんなボクの言いなりになる。
ついさっきまで愛情で繋がっていた恋人が、語り合っていた妻や娘が、ボクの命令ひとつで豹変し刃を向けてくるんだから、たまらないよね。
悔し気に引き下がる連中のマヌケ面ったらなかったよ。
こうしてボクは楽園の主人となったんだ。
そのままだとじきに国が亡ぶ?
べつにかまわないだろう。
そうしたらまた別の場所へ行って、新しい楽園を手に入れればいいだけのことなんだから。
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